テンプレ回避のテンプレ的行動(B面)
― 我が友、ゆきちゃんにこの短編を捧ぐ ―
「シレジア=ウィースハルト、貴様との婚約を破棄する!」
マッシュルームヘアのうらなり王子がドヤ顔で宣言した。
相手はプラチナブロンドの美人令嬢。
だが、彼女が何か言う前に、重く響き渡る声が周囲を沈黙させる。
「ほう・・・」
人々が声の主に注目すると、そこには秀麗な偉丈夫とでも言うべき人物がいた。
最近噂の、【戦神】ギルスレム伯爵だ。
たった一人で敵兵一万を威圧して押し返し、下級魔人の軍勢を独りで撫で斬りにし、中級竜や不死の王の単独討伐でも名を知られた王国の『護剣』。
その功績により伯爵に叙せられたが、以前の経歴は不明。
謎の多い人物で、やたらとモテることでも有名だ。
「殿下、シレジア嬢が何か粗相を?」
「ふん、ギルスレム伯か。そこの娘は、学園でエリスをいじめていたのだ!」
周囲は白けきってしまった。
ぼんくら王子の手綱をとり、何とか善導しようと奮闘するご学友達の苦労話は社交界でも有名だったからだ。
エリスなる娘へのいじめなど存在しない。
平民あがりの男爵家養女が、社交のルールを守らず好き放題しているため、侯爵家以下の令嬢達が苦言を呈していたのが実態である。
分かっていないのは当の王子とエリスだけ。
「いじめでございますか。どのような内容か教えて頂けますか」
「良かろう」
やたらと上から目線で語った内容は、ほぼ言いがかり。
ノートを隠した、教科書を破った、暴言を浴びせた、階段から突き落とした。
まるでいじめの用例集でもあるかのような内容だ。
だが、それらは既に学園側が正式に否定している。
記録の魔道具で全て無実が明らかにされ、王国上層部に報告済みだ。
「僭越ながら、それらは既に国王陛下御自ら無実だと認めておられます」
「あ?父上が?」
さすがのぼんくらも陛下の名を出されると戸惑うようだ。
その背後にいた小動物的小娘が不審そうな顔をしてギルスレム伯爵を見る。
「殿下、今一度確認させて頂きますが、本当にシレジア=ウィースハルトがそのようなことを為したと仰有るのですね?」
「くどい!その通りである!」
「なら、そのご令嬢は無実ですね。彼女はシレジア嬢ではありません」
「えっ・・・」
周囲のざわめきは消え、真実静寂が支配した。
それはそうだ。
王子は自分の婚約者の顔も知らずに他人に罪を着せて罵倒したのだ。
大失態である。
「失礼、殿下、私アイリス=ウィースハルトと申します。従姉シレジアに代わり、王妃様の命によりエリス嬢に諫言すべく学園に在籍しておりました」
「ななななな、なんだと・・・」
プラチナブロンドの美人令嬢がやっと自己紹介でき、肩の荷がおりたという表情になる。
「殿下はシレジア=ウィースハルトとの婚約を破棄するとの仰せですが、国王陛下もお認めになっておられます」
ギルスレム伯爵が続ける。
伯は一瞬で王子の脇に移動した。
誰もその瞬間が分からなかった。
「私からも」
ギルスレム伯が拳を握りしめた。
「申し上げることが」
部屋の空気が変わった。
とんでもない圧。
闘気が辺りを飲み込み、弱い者は腰を抜かしてへたりこみ、強い者でも脂汗を流して動けなくなる。
「ございます」
ギルスレム伯はにっこり笑い、王子の襟首を掴んで持ち上げた。
「殿下との婚約、こちらこそ願い下げでございます」
「は?」
思わぬ告白に呆けた表情をした王子の顔面に、ギルスレム伯爵の右ストレートが叩き込まれた。
殴る直前に襟首から手を離していたため、顔に半分くらい拳がめり込んだ後盛大に吹っ飛び、王子は壇上から物理的に退場した。
その後を簡単に付記しておく。
社交界はギルスレム伯爵の正体に騒然となり、その年の話題を浚った。
ぼんくら王子は件のエリスなる小娘と共に東の王家直轄領で療養中である。
ちなみに凹んだ顔は元に戻っていないらしい。
エリスは衛兵に連れ出されたのだが、その際に訳のわからないことを叫んでいたそうだ。
「隠しキャラのギルスレム伯爵って、女性だったの!?っていうか、悪役令嬢が隠しキャラってなんなの!?」
「運営出てこい!」
「私はヒロインなのよ!」
なお、ギルスレム伯爵は後に異世界から呼ばれた女癖の悪い勇者を袋叩きにした後魔王を討伐し、ダメ勇者を呼び込んだ愚女神をぶちのめして自分が神になってしまうのだが、それはまた別のお話。
いや、暴力女って意味じゃないからね?
凛々しくて格好いいゆきちゃんが・・・
ちょ、その拳は何?
いやアアアア、暴力反対イイイイ!