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はじめまして



「……知ってのとおりではあるが」

 また案内のために歩きながら、大野が口を開く。

「衛生管理部は、その名の通り人間の衛生管理にまつわる部門だ」

 大野は二人と視線を合わせない。伊織は、まるで企業博覧会の案内ロボットと接しているような印象を受けた。

「その業務は多岐にわたる。都市内の衛生を保つための清掃や、公共物の汚損への対処。パッシブセーフティの開発。その他、数え切れないほど。この都市では先進医療部に注目が集まり、そして代表のような顔をしているが、先進医療部よりもむしろ範囲は広く多くのことに関わっていると言っていいだろう」

「……」

 伊織も堂本も口を開かない。ただ、廊下の長さとそこから繋がる扉の多さに圧倒されていた。

 

 廊下には、所々に緊急時用の隔壁がある。黄色と黒の縞模様は、この時代であっても注意を促すために使われている。

 行き交う人間は白衣と作業着の者が半々といったところだろう。そして誰もが、私語などすることもなく黙って廊下を歩く。あちらこちらの扉から、出たり入ったり、せわしなく動き続ける。

 それを見て伊織はなんとなく、からくり時計の人形劇を頭の中に思い描いていた。


「そして、この第25衛生管理部の主な業務は、機械による人の補助だ」

 ゴクリと伊織は唾を飲み込む。

 ついにきた。このときが来た。

 心臓の鼓動が強く速くなる。当然だろう。あの日、宣伝用ガイノイドを見た日から、伊織の勉強の全てはそのためにあったのだから。

「産業機械の開発やメンテナンスに、清掃ロボ自体の清掃。他、人の関わる機械に関しての多くに携わる。人工知能の設計も行っており、現在世界の多くで使われているセールスマン巡回問題の解のアルゴリズムは、この管理部の開発課で作られたものだ。……ここまでで、何か質問は?」

「……ありません」

 伊織は首を横に振る。道順さえ覚えていれば、他は既に知っていることだ。

 就職活動に、企業の調査は必要不可欠。それは、横にいる堂本も同じだった。


「そして君たちが配属されたのもその開発課。ちょうど少し前にスタートしたプロジェクトの私の仕事の一部を担当する人員として、君たちはしばらくの間、その人工知能の()()に携わってもらう」

「育成、ですか? 作成ではなく?」

 堂本は胸の前でキーボードを打つジェスチャーをする。伊織も戸惑った。

 伊織も堂本も、プログラミングやそれに必要な情報技術を学んでいる。二人とも、その二人がまとめられたということは、そういうものに携わるのだと思い込んでいた。


 その問いには答えることなく、大野は一つの扉の前で立ち止まる。『第五実験室』という部屋。そこで、初めて大野は振り返った。

「ここだ。この部屋は掌紋認証だけで開く」

 横の端末に手を当てると、短い電子音の後スライドドアが開く。

 その大野の肩越しに中の様子を見た伊織は、中の不可思議な様子に思わず声を出しそうになった。



「水拭きから乾拭きまで、アレルギー物質の一粒までも残さず取り除く! 全自動室内掃除機、今なら何と二万八千ポイント! ……」

 その部屋を見て、伊織はニュースや何かのスタジオを想像した。

 前室と言えばいいのだろうか。入ってすぐの部屋には白衣の研究者が数人歩き回り、モニターを見つめて波形とプログラムのようなものを観察しながら、キーボードを叩いている。

 壁や天井、床を這う太い配線は分岐や統合を繰り返しパソコンや何かの大きな機械へと伸びている。その線が繋がる観測機械らしき物体は、今時珍しいパンチカードのような紙を延々と吐き出していた。そこだけ切り取り見れば、研究室といえなくもないだろう。


 しかし、その奥が問題だ。

 並ぶパソコン。白衣の研究員たち。その奥には、大きなガラス窓があった。

「ホクベイ大陸から輸入された伝統家具、こちらの使い心地は……」

 テレビの音はそこから聞こえてきていた。その窓の向こうからの音をマイクで拾い、研究室中で共有しているように見える。

 しかし、その目的はテレビの鑑賞ではないだろう。そう、伊織はすぐに察することが出来た。


 大野は床の配線を踏まないよう、大股でその奥に歩いていく。誰も彼も、研究員はその大野の姿を見ても何の反応も示さなかった。

「今は平常時の反応実験中だ。中に入るのは少し経ってからだな」

「あの、質問いいですか」

 おずおずと、伊織は申し出る。思っていたのと少し違う中の様子に、戸惑いを隠せていなかった。

「なんだ」

「えっと、彼女は……」

 伊織は中にいた女性を指さし、そう大野に尋ねる。

 大野は微かに頷き、伊織と女性を交互に見ながら答えた。

()()が、人工知能培養体1717号。君たちの育成する人工知能だ」

 

 伊織の視線の先にいたのは、伊織と変わらない年代の女性。

 彼女は大きなガラス窓の中に作られている一般的な女性の部屋ともいうべき空間で、ただ椅子に座りテレビを見つめていた。


「人間……じゃないんですか?」

 人工知能培養体。その聞き慣れない言葉に伊織は首を傾げる。堂本もまた、頭を掻きながら大野の言葉を待った。

「人間ではない。あれは体の全てを一から作り上げたガイノイドだ」

 ガイノイド。アンドロイドの女性体。その言葉を聞いて、また伊織の心臓が跳ねる。

 そうだ。それを扱う仕事がしたくて、ここまできた。


 しかし、それが。

「動力は基本的には電力。一部有機体を分解して燃料とする計画も進んではいて、多分そろそろ実装できるだろう。皮膚はシリコン製の人工皮膚。筋肉はアクリル製の人工筋肉。体表の皮膚の柔性を保つために、潤滑液を管を通して循環させている。こちらも有機体から体内で合成できるよう実験中だ」

 つらつらと大野が解説をしていく。そんな解説を聞いても、伊織はそれがガイノイドだとは思えなかった。


 テレビを見つめる横顔は整っており、光学レンズの瞳が濡れて輝いて見える。

 蛍光灯の明かりが反射し、天使の輪すら現れて見える流れるような金の長い髪。それは羊毛などとは比べものにならないほどの滑らかさが見て取れた。

 まるで人形のような、とは彼女にとっての褒め言葉にはならないのだろう。だが微動だにせずテレビを見つめている彼女の横顔は、人形といってもいいほど美しいと思った。


「で、あの、育成というのは……」

「それについてはこちらで話そう。会議室が開いている」

 大野はまた部屋の隅に目を向ける。二人は、それに従った。




「基本的には、仕事は人工知能培養体とのコミュニケーションとなる」

「コミュニケーションっすか。コーディングとかではなく?」

 両手を机の上に出し、堂本はそう聞き返す。だんだんと、口調が気やすくなってきている。この男の悪い癖だった。

 しかし大野はその口調は全く気にせず、堂本に答えた。

「そうだ。二人とも『エワルドの壁』は知っているな?」

「はい、でも……」

 伊織は反駁しようとする。その理論は、もはや形骸化しているはずだ。

 伊織の言いたいことを察し、大野は軽く首を横に振った。

「未だにそれは存在するんだ。私たち科学者に与えられた、永遠の課題として」


 正式名は、実存接近障壁。それは、それを提唱した科学者の名前をとり、通称『エワルドの壁』と呼ばれていた。

 

「しかし、それはもう解決されているはずでは……」

「いや、未だに解決できていない。擬似的に解決しているため、誰ももはや問題にしないだけで未だにしっかりと残っている。キューブリックはそんなもの存在しなかったと結論づけているがな」

 アリシア・キューブリックは人工知能開発の権威である。このエデンではなく、かつて北米大陸と呼ばれていた大陸にある都市で活動しているが、それでもその名を知らぬ研究者は世界でもいないといっていい。

 その功績は計り知れない。彼女が発表し配布した人工知能の雛形により、世界の人工知能の研究が五十年進んだと言っても過言ではないのだ。

 彼女がいなければ、伊織が研究者を志したあの日のロボットが、今でも世界の標準となっていただろう。

「事実、この研究室でも何度もそれは確認されている。それを真に解決しなければ、真の強い人工知能は作れないというのに」

「俺たちが接していた人工知能は……」

「まがい物……とは言わないが、このエデン社で発表されている人工知能は、未だ弱い人工知能だよ。まあ、少なくとも私はそう思っている。誰かが新しい論文でも発表すれば、それも覆るかもしれないが」

 大野は溜め息をつく。そこで初めて、伊織は彼に人間味を感じた気がした。


「エワルドの壁は未だに攻略できていない。そこで君たちは……」

「あの、すんません……」

 大野の言葉を遮り、堂本も小さく手を上げる。瞬きを何度も繰り返し、居心地の悪そうな顔で。

「話を切って申し訳ないんですが、エワルドの壁……ってのは……」

 ほんの少しだけ眉を顰め、大野は伊織を見る。

 不勉強だ。そう責めているのを正確に読み取り、それから伊織に向けた視線の意味を察した。


 伊織は、堂本に向けて解説をするべく口を開く。

「ええとさ、戦争後に兵器なんかに使われていた人工知能が民間に出回って、そこで人工知能は発展してきたんだけど……」

「それはさすがに知ってるよ」

 聞いている立場である。本来は黙って聞いていてもいいはずだが、堂本はそれも遮った。

 ならば、と唇を結んでから、もう一度伊織は言葉を選ぶ。

「……強い人工知能と、弱い人工知能は……?」

「一応。自分で考えられる人工知能と、プログラミングされたことしか出来ない人工知能だろ?」

 人工知能に関わる科学者として、そこは一応では駄目だろう。

 伊織はそう言いたい気持ちを堪えて、続けた。仲の良い友人だったら、文句の一つもいってやるのに。

「その、強い人工知能を作る際の問題だよ。というよりも、その強い人工知能を実装する際の問題だけど」

「ん……、あ、何となく思い出してきた」

 堂本も勉強をしていないわけではない。伊織の言葉に、徐々に学生時代の記憶が蘇ってきていた。ついこの前まで学生だったのに、それを忘れてしまうというのが一番の問題ではあるが。

「強い人工知能らしきものを作っても、入出力装置が限定されている状態にしかそれは維持できない、だっけ」

「そうそう。技術者とキーボードで交信しているときとか、音声入力に限っているときとかはまだいいんだけど、いざ何かの機械に実装するとかすると必ず誤作動を起こす」

「悪く言えば、今までの強い人工知能は机上の空論というのに近いわけだ。開発は出来ているかもしれない、しかし実用化が出来ていない」

 大野が補足する。だがやはり、伊織には納得できなかった。


「その誤作動を起こす部品やプログラムは決まっていない。勿論予想などは出来るようになっているが、それでも原因の特定には至っていない」

「俺、教科書でそれ自体は見たことある気がするんですが、たしか事例とかは載ってなくて……。具体的に、例えばどんな誤作動が?」

「それも色々だが、例えば恒温装置がついたものはほとんどが狂う。温度センサーが正常に働かなくなったり、冷却装置が機能しなくなったり。油圧ポンプやグリス輸送管などに圧力をかけるモーターが暴走することもある」

 折り曲げた指を唇に当て、記憶を辿りながら大野はつらつらと述べる。全て、大野が関わってきた研究で見たことがある事例だった。

「プログラム面では、ロボット三原則に従わない命令違反が目立つようになる。プログラムの改ざんなどをせずにそれを行うというのも未だに不思議なことだが……。他にも、特定の要素……顔認証などにおける処理に不具合が出ることもあった。若干珍しいが、多分これは発見できていないだけだろうな」

 その人工知能の主観によるものは、外部に出力されたプログラムからはわかりづらい。なので、当時はその処理のどこで不具合が出ているのかすらわからなかった。

 当初の発見は実験対象からの申告によるものだったが、テストを繰り返してようやくその要素を特定できたときには珍しく大野も栄養ドリンクで祝杯を上げたものだ。


「で、その原因は……」

「不明だ。その特定のためにも、この実験室では強い人工知能の開発が繰り返されている」

 一息吐き、大野は実験室の様子を窺う。そろそろ今の反応実験が終わるだろう、そう当たりを付けながら。



「ということは、あの……」

 伊織は大野に問う。エワルドの壁が未だに残っているということは……。その原因が未だにわかっていないということは……。

「これはもしかして、機密事項では……」

 つまりエデン社製のアンドロイドやガイノイドには、強い人工知能が搭載されていないということだ。全世界に輸出されているエデン社製のロボットは、自律思考を持つとされ、家族やペットのように愛されているところもあるというのに。

 それが、実際には思考していないということは、それはとてもとても重要なことで……。

「いいや。これは機密ではない。エワルドの壁自体は残っているが、その実在自体を疑問視する声もある。強い人工知能と弱い人工知能も、チューリングテストに引っかからなければ特に区別する必要もない」

「中国語の部屋、ですか」

 それは、古典の問題だ。

 入力に対し、正しい出力が返ってくれば、中の処理自体はどうであろうと構わないとする思考実験。

「そうだ。幾万通りの要素と幾万のパターンの組み合わせによる、億を超える挙動だけを見て、その強い弱いを判断するのは普通に使用するのであれば難しいからな」

 その言葉は正しいのだろう。

 けれど伊織は、何故かそれが酷く寂しい気がして、何か残念な気がした。



「さて、長々と話してしまったが、本題に戻ろう。ひとまず君たちの仕事についてだ」

「そういや、そんな話でしたね」

 堂本は軽い口調でそう返した。自分がその脱線を引き起こしたのだということを、まったく気にしない口調で。

 大野も、それについては咎めずに二人に一度視線を巡らせた。

「君たちにしてもらうのは、人工知能培養体のコミュニケーションによる教育だ」

「エワルドの壁を突破するために、ですね」

 伊織の言葉に大野は頷く。そこまでは、さきほど話したところだ。


「試み的には些か古いものだ。プログラミングによるものは初期教育まで。そこから先は、カメラとマイクなどを使った入出力装置を使い行う」

「しかし、以前からされているのであれば成果などないんじゃ?」

 机の上に置いた両手をパタパタと動かしながら、堂本は茶々を入れる。本人は、真面目な質問のつもりだったが。

「以前はコンピューター上で人工知能を動作させていたのだ。しかし、ここで行う実験では人工知能培養体……それも人体を模したガイノイドに実装した状態で行うというのが違うところだな」

「その入出力装置が、彼女自身、というのが違いだと」

「……そうだ。エワルドの壁の原因で最も有力な説が、教育を行ったコンピューターと、実装された身体の入出力装置の違いによる細かなバグの積み重ねだ。それを回避するために、実機で教育し、量産された同型機で運用する」

「その教育項目とかは決まっているんですか?」

「ああ。1717号は、男性慰安用という名目で開発がされている」

「男性慰安……?」

 聞き慣れない言葉に、伊織はそのまま聞き返す。意味は何となく読み取れる。けれど、不確かで確認をしなければいけなかった。

「そうだ。古来より、最新技術は軍事と性風俗によって生まれてくる。今回は主に男性の……一部女性も含まれるが、彼らの精神衛生の保全という名目でスポンサーを集めて予算を配分されている。それを聞けば、大体教育項目はわかるだろう」

 ヒュー、と堂本は口笛を鳴らし囃し立てる。もはや、上司の前だということも忘れていた。

「しかし、まずは一般的な教養からだ。それから、それに伴う情動面の発達。それらをクリアして初めて、本来の目的に進める」

「……ということは、あの見た目はつまり……」

 人形のような、と内心表した外見を思い出しながら、伊織はそう言葉に詰まる。それはもしかして、本当に彼女にとっては褒め言葉でも何でもなく……。

「ガイノイドに関しても、一応最新技術が結集している。手触りのいい素材、舐めても良い安全性の高い肌、違和感なく動く静音性の高い関節……、そうだな、その技術は機密といえるだろう。設計図の閲覧自体は許可されるが、流出させることは厳に慎み、リバースエンジニアリングなどは考えないように」

 淡々と情報を告げていく大野に、伊織はただ頷きで応えていった。



「初めての出社であるし、今日のところは挨拶だけでいいだろう」

 その大野の言葉に従い、伊織と堂本は研究員たちに挨拶をしていく。みなそれぞれの仕事があるため、集まり顔をあわせるということはなかった。

 挨拶をしても、モニターから目を離さずキーボードを叩き続ける職員や、逆に彼女の有無や家族関係などを事細かに聞こうとする職員に辟易しながらも、伊織たちは順調に挨拶を続けていく。

 

 そして、彼女の番が来た。



 実験室内の液晶の表示が止まる。暗転した液晶に、人工知能培養体1717号の瞳が微動だにせず映り込んだ。

 それから彼女は、椅子から立ち上がる。そのままくるりと回転し、大きな窓の方を向く。

 視線の先には、それを観察する職員たち。それも、彼女の瞳に正確に捉えられていた。

「テレビの観察を終了しました」

「お疲れ様、1717号。感想は?」

「特にありません」

 端的に尋ねられた質問に、1717号が無表情で答える。美しい肉体に、調整されたクリアな声。そんな完璧な肉体であるはずなのに、伊織にはまるで生物には見えなかった。

 金の髪の毛が揺れる。ガラス窓越しの風景に、見慣れない職員を発見した1717号は、滑らかな動作でそちらに目を向けた。


「お客様ですか。初めまして」

「客じゃないよ。今度、1717号の教育係になる牧原研究員と堂本研究員。待ってて、今扉開けるから」

 オペレーターがコンソールを操作する。

 不用意に実験体が逃走しないよう、鍵のかけられた実験室の強固な扉がガチャリと音を立てた。

「今日は挨拶だけだけど」

 オペレーターは顎で伊織たちに扉にはいるよう促す。それを素直に受け取った二人は、半開きの扉を押して彼女の部屋へと足を踏み入れた。



 伊織は、正面から見るだけで、圧倒された。

「初めまして。牧原研究員、堂本研究員、登録」

 吸い付くような肌。濡れた瞳。その美しさは、伊織の人生で初めての衝撃だった。

 その衝撃に一歩引いてしまった伊織の様子を全く気にせず、1717号は伊織たちを特定する要素を内蔵メモリーに書き込んでいく。

「牧原研究員、身長、成人男性の平均値。黒髪。中肉中背。やや腕が長い」

「1717号。そういうのは、口に出さないでって言ってるでしょう」

「……了解しました」

 オペレーターの声に、1717号はパタリと口を閉じる。しかしその目は二人を忙しなく捉えており、未だ作業を実行中であることが読み取れた。

 

 直前まで美しい少女だと思った。けれど、その様子を見て再確認する。

 彼女は人間ではない。人間と似た、別のものだ。


 伊織の心は落ち着きを取り戻す。

 その心が乱れた原因についてはよくわからなかったが、それでも、それが落ち着いたことは自分でもわかった。


 右手を差し出す。

 握手。友好の挨拶。それは、この時代にも確かに残っていた。


「1717号。よろしく。俺は牧原伊織」

「よろしくお願いします。登録内容を修正、追加。名称牧原研究員、もしくは牧原伊織……」

 握られた手は温かい。柔らかな質感は人間と変わらない。


 遅れて堂本も同じように握手をする。

 堂本は変わらぬ様子だったのが、伊織には少しだけ不思議に思えた。


 だが、それ以上に、伊織はふと思う。

 彼女は人工知能培養体。その彼女の教育は、確かにアンドロイドの研究なのだろう。

 けれど、自分はこれがしたくてこの会社に入社したのだろうか。本当に、これが。


 簡単な挨拶を済ませ、二人は部屋を後にする。

 伊織は思う。

 自分の思っていた仕事と違う気がする。そう、心のどこかに澱みが生まれた気がした。




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