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未来への贈りもの

本日最終日です。

最終話は八時に予約投稿してあります。




 開発部のデスクで書類を作成していた堂本に、大野は声をかけた。

「牧原から連絡があったそうだな」

「あ、ええ、はい。ようやく生活も落ち着いたようで」

 パソコンから目を離し、堂本はにこやかに応える。落ち着いたら連絡しろと言っておいたが、落ち着くまでこんなに時間がかかるとは思わなかった。堂本はその言葉を飲み込んだ。

 

 伊織退職から一月後。

 伊織から連絡が堂本のもとに届いた。

 内容は簡単で、アリシアの研究室に入れたこと。それとそこを紹介してくれた堂本への礼。そして新たな住まいの住所。そして、鉛色の太平洋を越える船の乗り心地についての感想と改善案の考察が延々と続いていた。


「……送ったか?」

「はい。先ほど」

 何を、と大野は言わず、堂本も聞かない。それは二人の間だけの秘密だった。

 二人の共犯関係は、リリ『頭部』破壊の直前から続いていた。

 

 その日、伊織が北条に直談判をしに走って行った直後、堂本は一つ提案したのだ。

 リリを、伊織と共にアリシアの下へ逃がそうと。

 

 アリシアとの連絡はそのとき既についていた。逃がすとなれば、彼女は協力してくれると約束していた。そんな話が出来るほど、何度も情報交換をしていたのだ。

 彼女の元婚約者である大野ならば、きっと反対はしないだろうとも思っていた。他ならぬ、アリシアがそう言ったのだから。


 それに対し、大野は一つ付け加えた。

 大野も、既に計画していた。リリの頭部を破壊し、廃棄したように偽装することを。

 

 大野の計画では、適当な理由をつけ、北条の前でリリの頭部を破壊する。そして頭部を破壊すればリリの自我も破棄できると思い込んでいる北条の目を盗み、胸の集積回路をサルベージしてリリを再生する。

 そんな予定だったのだ。


 二人ともが、別々の手でリリを助けようとしていた。

 伊織にはない老獪さ。それを持っている二人だからこそ計画できて、そして協力しあえた。


 その結果がこれだ。

 堂本は密かに笑う。本当に、伊織は科学者らしくない。

 伊織も見ているはずだ。リリの設計図を。

 伊織も知っているはずだ。リリの思考を行う人工知能は、胸部に内蔵されていることを。


 頭部を破壊したところで、リリの生命に影響はない。ただ、メインカメラやセンサー類が搭載された頭部を失っただけで、リリが死んだと思い込むとは。


 伊織らしくない失態だ。

 だがきっと、それだけ動揺していたのだろう。むしろ、その動揺がなければ疑われてしまうかもしれなかったのだ。

 伊織のその性格が功を奏した。そういうことにしておこう。

 そう結論づけた。



「早い航空便も考えましたが、費用の問題で船便にしました。数日で届くでしょう」

「その程度、経費で落ちたのだが」

「またまたー。北条さんみたいに、不祥事で懲罰を受けたくありませんよ」

 冗談めかして堂本はそう口にする。

 しかし、大野は唇を歪めた。どの口が言うのか。北条の黒い噂をかき集め、知り合いの一等市民を使い失脚させた張本人が。

「ま、そんなわけです。あいつ喜びますよ。きっと」

「……だろうな」


 二人の脳内で、ほとんど同じ光景が想像される。

 人工知能開発の他、木工細工が盛んな新天地で、伊織の下に一つの小包が届く。

 小包の差出人はエデン社。怪訝に思いながらも、それを恐る恐る開く伊織。

 中に入っているのは、大げさなほどに厳重に緩衝材にくるまった電子部品。そして、堂本の手紙。


 そしてその休止状態のリリの入った集積回路を手に取り、小さな子供がプレゼントをもらったように、伊織は跳ねて喜ぶのだ。




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