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美味しさ

 



 湯気が香る熱いスープが麺に絡みつく。醤油味の濃い茶色に黄色い麺が映える。そしてそこに大量にかけられた胡椒が食欲をそそる刺激的な匂いを放っていた。

 麺を箸でほぐせばまた新たに湯気も立ち、伊織たちの鼻をくすぐる。


「しかし、幸運だったんじゃね。あの事故が食事機能の実装の後だったなんて」

「不幸中の幸いってやつだよな。おかげでリリも電力不足にはならなかったし」

 タイタンの起こした事故で、無線給電のデバイスは故障している。修理を急いではいるし、機材さえ揃えばまた問題なく使えるのだが、大野の提案でリリのアルコール摂取による充電は続いていた。

 カリカリと金平糖のような結晶をリリは囓る。伊織に視線を向けられたリリは、不可思議そうに首を傾げた。

「でもさ……」

「どうした?」

 リリに、そして堂本に視線を向けて言葉を濁した伊織は、また周囲を見回して溜め息をつく。これでは味などわからない。堂本はどうして無心でいられるのだろうか。

 伊織は言葉を選び、続けた。

「これは……食べづらいよなぁ……」


 視線の先には、前室でこちらをモニタリングしている研究員たち。そしてここは仮住まいではあるが、リリの実験室。

 三人はリリの教育のために、研究室で集まり昼食をとっていた。


 無感情な視線を受け流し、堂本は堂々と麺を啜る。リリも無表情で金平糖を咀嚼し続けた。

「いいんじゃね? 実験経費ってことで昼飯代も浮くしさ」

「俺、金払うから一人で食いたい……」

 正確には、こちらを注視する人間のいない場所で。

「けっ、ブルジョワ野郎が」

「給料は変わんねえだろ」

 同期入社で仕事も同じ。ならば同じような給料をもらっているはずだが。

 伊織は思う。堂本の場合は毎晩の飲み会で消費しているのだろう。それが無駄でないことはわかっているが、少し減らした方がいいのではないだろうか。

 そう言うが、堂本はどこ吹く風で受け流す。

 スープの表面に浮かんだ油を箸で集めて遊ぶ堂本は、大きくなった油の玉をレンゲで掬い吸い込んだ。

「お二人は普段どういったものを食べているのでしょう?」

「お昼ご飯はいつもこんな感じかな。大体二人で定食屋いったり、ラーメン屋いったり」

「弁当も高いからなぁ……」


 伊織が意識的に麺に目を向けたまま答えると、堂本もそれに続けた。

 この時代の都市民は、手料理など最高級の嗜好品となっていた。故に弁当を自分で作るということもなく、市民が食事として使うのは専ら売られている弁当や定食屋、もしくはマイトキューブなどの携帯栄養食である。

 そしてほとんど差はないものの、弁当は配達されるため定食屋などよりもほんの少しコストがかかる。まだ平社員で薄給の二人は、昼食は食べに出ると決めていた。


「しかし、牧原研究員のラーメンは具がほとんどなく、炭水化物過多のように思えます」

 リリは伊織のラーメンに目を留める。たしかに伊織のラーメンには具がほとんど乗っておらず、一枚のチャーシューと数本のメンマとネギのみだ。堂本は野菜炒めが乗っているというのに。

「いいじゃん、俺、具が大量に乗って味が濁るの嫌いなんだよね」

「しかしそれでは、摂取すべき栄養分が足りないのではありませんか」

「言ってやれ言ってやれ」

 笑いながら堂本は麺と一緒に白菜を頬張る。タンメンのようなものだったが、堂本はこれが嫌いではなかった。ほとんど食べることもないが。

「堂本だって同じようなもんだし。今日は経費だからって高いやつ頼みやがって」

「たまにはこういう贅沢もいいもんだな」

 はは、と堂本は笑う。堂本の場合は、いつも値段の関係で具を乗せないだけだった。



「……こういう場合は、実際はどのような会話をすればいいのでしょうか?」

「そのときによって違うけど、基本的には共通の時事の話題かな。仕事仲間だったら、直前にした仕事に関しての情報交換だとか、愚痴とか」

「家族であれば」

「その日起きた嬉しかった出来事とか、悲しかった出来事の共有が多い……と思う。もしくは食事中に一緒に見ている娯楽の感想とか」

 そういえば、と伊織は今更ながらに気付く。大野の提案で急遽行われているリリとの食事会ではあるが、テレビの電源すらつけていなかった。三人で黙々と食べていては、なんの教育にもならないのに。


「情報の交換、共有が主な目的ということですね」

「そうだね。食事にかこつけた情報共有だよ」

 言ってしまえばそうなのだが。伊織はその言い方に、一抹の寂しさを覚えた。サラリーマンにとっては、昼食の時間は心を休める重要な時間でもあるというのに。

「しかしそれでしたら、毎日顔をあわせて食事を共にすると、話題が尽きてしまう恐れはないでしょうか」

「……まあ、同じ相手とばかり食べていると最終的には愚痴の言い合いになるとも聞くけどね」

 リリの指摘に、伊織と堂本は顔を見合わせる。まだ自分たちは大丈夫なはずだ。そう、頷き合って了解しあった。



 話題が途切れて、一瞬静かになった室内。

 そんな中でも構わず、リリの細い指が結晶を唇の隙間に押し込んでいく。カリカリと無表情に噛み砕き嚥下するが、ふと飲み込んだリリの表情が緩んだ。


「他者と共に燃料補給をするのは初めてのことですが」

「うん」

 何を言うのかと、伊織は麺を啜るのを止めて続きを促す。その表情に何かを感じて。

「食事とは、こういうものなのですね」

 最後のアルコールの一欠片を口に含み、器用に口の端に寄せてリリは口角を上げる。


「この一週間、こうして燃料補給をしてきましたが、今日の燃料はきっと美味しいのだと思います」


 そして笑顔で、リリはゴクリと最後の一口を飲み込んだ。



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