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衝動




 伊織が駆けつけたときには、状況は切迫して見えた。


 前室の奥、リリの部屋の中にいたのは、一見蜘蛛のように見える金属製のフレームが露出したロボット。伊織たちよりも大分大きく、メインカメラだろう、蜘蛛のような体から上に突き出した人間の上半身様の頭部にあたる箇所につけられたカメラはリリを向いている。

 シェルターの扉は消失し、リリはやはり外に出ていた。

 扉を、と探せばそれは今伊織の目の前に転がっている。引き戸を乱暴に剥がされたかのように歪んだその扉は、核シェルターをも破壊する目の前のロボットの膂力を容易に想像させた。


 前室を通り過ぎ、リリの部屋に足を踏み入れる。

 近づいたのはハッキングのためだ。知られずに近づくのが一番と思いながらも、既にリリの様子に叫んでしまっている。もう遅い。

 伊織の持つ携帯端末が、目の前のロボットの電子回路への侵入経路を探し出す。

 検出された電波からその発信源を特定し、脆弱性を探る。

 結果、恐らく音声情報のインターフェイスからではあるが、とりあえず干渉できるモジュールを見つけることが出来た。


 だがその前に、やってみることがある。

 科学者である伊織は、科学技術にある程度の自信を持っている。故に、まずその手段を脳内に浮かべることになった。


「止まって、壁まで下がれ」


 人間による命令。音声が認識できる人工知能であれば必ず効果はあるはずだ。

 それは、この場にいる三者が全員理解している。

 だが、タイタンはその命令に反した。

 携帯端末が電波を検出しノイズ音を立てる。急造のプログラムであるタイタンの電波通信は、人間の扱える規格ではなかった。

 そしてゆっくりとタイタンは歩き出す。ただし、伊織に向けて。


 実際には伊織に向かっていったわけではない。

 ただ単に挨拶しその場を立ち去ろうとした。その行動を、伊織には理解できないと知っていながらも。

 伊織は体を固める。正体不明、だが関節各部の油圧ポンプやサイズに、明らかに出力の高いロボットだとは読み取れる。そんな正体不明の存在が自分の言葉に逆らい近づいてくるのに、本能的に恐怖を感じた。

 竦み上がった足が、自動的に伊織の体を壁際まで下げる。

 その体に当たらぬよう、作業腕や駆動腕を器用に動かしながら、タイタンは素通りをしようとした。

 

 しかし、それがいけなかった。

 予期せぬ事態は予期できない。それがこの場で起こるとは、タイタン自身予想だにしていなかった。


 伊織に当てないよう、振り上げた作業腕が天井に当たる。金属製のアタッチメントが薄い天井を突き破り、天井裏に這っているケーブル類を切断する。

 携帯端末に大きなノイズが入った。

 衝撃が部屋に走る。

 激しいわけではない、だがその衝撃に部屋全体が震えた。


 

 緩んでいた蛍光灯が、外れて落ちる。たまたまその下にいたリリをめがけて。



 あ、と思ったときには伊織の体は動いていた。

 固まっていたはずの足が力強く動く。端が斜めに傾きつつある蛍光灯がやけにゆっくりと見える。

 既に落ちてくることを認識しているリリが顔を上げるより前に、リリの体に伊織の手が到達する。運動不足のふくらはぎが軋む。だが、そうもいっていられない。

 リリを突き飛ばすような勢いで抱き締めて、伊織はリリを庇う。

 頭部に走る鋭い痛み。伊織の視界に火花が飛んだように見えた。



 尻餅をつくように、リリが倒れる。そこに伊織は覆い被さるように崩れた。

 視界の中には伊織の側頭部。それと、後頭部を濡らすような赤い液体。

「牧原研究員!?」

 リリの声の音量が大きくなる。リリ自身、そこまで大きな声を上げる気はなかった。

 だが、叫んでしまっていた。その赤い血を見た瞬間、声量の調節が出来なくなったように。

 弾かれるようにリリは顔を上げる。視線の先には、タイタン。

 この事態は、タイタンの責任は少ないだろう。タイタンに悪意はなかった。その証拠に、天井に手が当たった際に謝っていたのを、リリだけははっきりと聞いている。

 だが、リリの電子回路が急激に動作速度を上げる。ポンプが誤作動を起こし、全身を巡るオイルが彼女の頭部に殺到した。

 

 リリはタイタンを睨む。それに応えるよう、タイタンの油圧ポンプが力強く脈動し、本来の動作域を超えて強制的に曲げられたフレームが破断する。

 先ほど天井にぶつかった作業腕が、肩の部分から千切れて落ちた。


 もはや内部の配線しか繋がっていない自身の腕。タイタンはそれをサブカメラで確認し、空冷装置を断続的に動作させた。



 しまった。

 リリはそう後悔した。今自分がしてしまったことに。

「あ、ごめんなさ……」

 だが、言葉を紡ごうと口を開いたリリの聴覚センサーに入った音で、その言葉は止められてしまった。

 リリの懐で、伊織が頭を捻るように動かす。その手が後頭部をさするように撫でた。

「痛っ……、ってうわ!?」

 そしてその手を確認し、伊織が驚いて飛び上がる。頭部は血管が狭い範囲に集中している。小さい傷だが大量の出血に、伊織は心底驚いていた。


 携帯端末がノイズを拾う。

 リリはタイタンのその言葉に、唇を結んで目を細めた。

「でしたら、何故……」

 リリの疑問に、タイタンは応えない。伊織の傷の程度を読み取ると、命に別状はなさそうだと判断しまた廊下の方を向いた。

 今度は慎重に、壁にぶつからぬように入り口をするりと抜ける。

 それから、力強く足を動かす。破損した作業腕を引きずりながら、静かに歩き出そうとする。


 しゃりしゃりという金属を引きずる音が廊下に響き、そして遠ざかっていく。

 だが、もう遅い。そうリリも伊織もタイタンもわかっていた。


 伊織とリリは、廊下へと出て、タイタンの去っていった先を見る。

 そこで見えていた光景は予想通りのもので、そしてリリは見ないように瞼を閉じる。

 メモリにすら残しておきたくなかった。


 伊織の携帯端末がノイズを発する。しかし、今度のものはタイタン由来のものではない。


 せめて記憶に残しておこうと、伊織は何故だかそう思った。

 視線の先には、伊織の腰ほどしかない小さな、だが多数の警備ロボット。それと、そんな警備ロボットに囲まれたタイタン。


 行われているのは処刑。少なくともロボットに対しての。

 警備ロボットが、搭載された兵器の出力を高めていく。その兵器とは、タイタンに焦点を合わせた電子パルス出力装置。


 やがて速やかに、タイタンの宿る集積回路が、電子パルスにより焼き切られた。

 



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