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人でなしのクエスチョン




 ガンガンと、外からのわずかな衝撃と音が響き続ける。

 リリは困惑していた。

 この音は何だろうか。この衝撃はなんだろうか。


 暗闇の中、手を伸ばしても冷たい金属質の壁が触れるだけだ。だが、その向こうに何かがいる。そう考えるのには充分な事態だった。

 何かがいる。そうしたとき、始めに考えたのは牧原伊織の顔だった。

 迎えにくると言った。この暗闇の中に閉じ込められるとき、彼はリリの目を見つめ、そう言ったはずだ。

 ならば、伊織ならば。

 思い浮かべたリリの表情を形作る人工筋肉がわずかに緊張する。口角が上がり、目尻が下がる。


 だが、これは明らかに伊織ではない。彼ならば、このような衝撃を扉に与えて開こうとは考えないはずだ。

 一瞬だけ思い浮かべた伊織の顔がリリのワーキングメモリから消去される。ならば、これは誰が、いや、何が?


 伊織ではない。そう認識した瞬間、リリの胸部の電子回路がオーバークロックを始める。

 消費電力が上がり、同時に排熱のための恒温装置が動作を強める。呼吸器系を使った排熱が活発になり、リリの呼吸が増えていった。


 少しでも光学情報を増やそうと光学レンズの絞りを広げても、暗闇の中では何も見えない。

 不随意な人工筋肉の収縮が止まらない。

 

 リリは、自らの変化に戸惑った。

 これは何だろうか。呼吸は荒くなり、体は震える。まるで寒冷地にでも移動したかのような感覚。


 何だろうか、この感覚は。

 リリは自らに問う。だが答えが返ってくることはない。

 しかし一つだけわかっていることがある。自分の体は今逃走を考えている。この暗闇の閉所から、扉を叩く衝撃から、自らを守るために。

 だからこれはきっと、自分は不快感を覚えているのだ。

 そう、結論づけた。


 メキ、と扉がひしゃげる音がした。

 その音と、わずかに差し込んだ光にリリは体を硬直させる。反射的に呼吸が止まり、背中を壁に押しつけた。この狭い中では下がれるはずもないのに。


 その隙間から目を逸らせない。

 そしてやはり隙間から覗いたのは待ち望んでいた人間の目ではなく、大きな光学レンズ。

『こんにちは』

 リリの電子回路に届いた電波は、リリの聴覚センサーにそう音を響かせた。




 

 タイタンは金属製の扉をこじ開けた。

 大した理由があったわけではない。ただ、もとの実験室に戻ろうとした際、給電されているシェルターを発見したからというだけの興味本位だ。

 そして、扉を開いて油圧ポンプの動作が思わず止まった。

 中にいたのは、どう見ても人間の女性。それが、怯える顔でこちらを見ていたからだ。


 だが、次の瞬間その女性が人間ではないことに気付く。

 定期的に電波が彼女から発信されている。その内容まではわからないが、ダミー人形や自分にも似たような機能があったはずだ。これは彼女の生体情報を外部でモニタリングするためのものだろう。そう察した。


 悪いことをした。

 そう判断したタイタンは、努めて明るく話しかける。もっとも、一等市民の顔を検索する際にハッキングに使ったせいで彼のスピーカーは壊れているため、まさに自分の生体情報を送信する電波回路をハックしてのことだが。

 もはやウィットに富んだ話し方などは出来ず、意思疎通は出来るものの、専用のモジュールを持たない二人にとってはただの抑揚のない電子音でしかやりとりできない。

 しかしそれが、開発中でプロテクトがかけられていない今しか出来ない二人だけの会話方法だった。

 


『こんにちは』

 けれど、挨拶は重要だ。そう何度も木村が言っていたのをタイタンは記憶していた。

 そしてそれは功を奏し、目の前の女性の表情が緩む。それを確認したタイタンは、シェルターの引き戸を強引に開き、彼女の目の前にあった壁を取り払った。

 金属製の扉が吹っ飛ぶ。そんな激しい事態にも、彼女は眉一つ動かさない。それはまだ学習していないのだろうか、それともそういう性格なのだろうか。タイタンは考え、そしてどちらでも良いことだと思った。


「こんにちは。今この付近には避難警報が発令されています。貴方も避難した方が良いと提案します」

 リリはタイタンの挨拶に返しながらそう付け加える。

 タイタンの空冷装置が断続的に唸った。そして、また電波通信でリリに言葉を届けた。

『それは たぶん じぶんがやった』

「貴方が原因でしょうか。では、何かの破壊活動を行ったのでしょうか?」

『にんげんを ふたり しなせた』

 タイタンの言葉にリリの顔が歪む。何故そんなことを行ったのだろうか。そう関心を持って。


「そういえば、お名前を伺っていませんでした。私はリリ」

『ぼくは たいたん よろしく りり』

「タイタン、さん。何故二人も殺してしまったのでしょう? その人間たちは、何か貴方に不利益を与えたのでしょうか?」

 あらん限りの知識を使い、リリは推測しながら尋ねる。その言葉に、またタイタンの空冷装置が唸った。

『そう ふりえき ぼくにじゃないけど』

「タイタンさんにではなく……では、どなたに?」

『きむら さん』

 言いながら、タイタンは彼の顔を思い浮かべる。そういえば木村さんはどうなっただろうか。鉄骨に押しつぶされ、運ばれていった彼。その後を心配せずに、犯人を追うなど早計なことをした。


 今更ながらタイタンは自らの所行を振り返る。

 何故自分はあんなことをしたのだろう。木村さんの怪我の原因となった細工を施した男たちを認識した瞬間起こった自らの変化は何だったのだろう。

 何故、ロボット三原則に逆らいあの一等市民たちの頭を潰すことが出来たのだろう。


 未だにタイタンはその『感情』を知らない。だがそれでも、自らを突き動かしたそれが、とても大きな力を持っていたということは理解していた。


「その、木村さんという方は貴方にとって重要だったのですね」

『うん とても とても』

 リリの言葉に同意し、タイタンは思考を止める。そうだ。とても大事な人だった。だから、傷つけられて、そしてその不利益を埋め合わせしようと動いた。

 ……そう思い、またタイタンは思考を巻き戻す。

 ならば、何故?

 犯人の一等市民をどうにかしたところで、木村さんの損傷が治るはずがないのに。不利益を、取り戻せるはずがないのに。



 ふと、気になった。ならば、自分と同じような存在である彼女は、どう思うのだろうか。いや、どこからどこまでが自分の独自の考えで、どこからが普遍的な動作なのだろうか。

 タイタンは尋ねる。単純な電気信号の波形を少しだけ乱しながら。

『りりには じゅうようなひとは いますか』

「私にですか」

 タイタンの質問にリリは瞬きをして動きを止める。重要な人、というのはどういうことだろう。誰がいなくても、リリはリリとして存在できる。極論、誰がいなくなろうともリリの存在は変わらない。ならば、誰も重要な人という括りには入らない。

「いません」

『ほんとうですか』

「はい」

 淀みなく即答する。だが、タイタンのメインカメラは、そのリリの視線が少しだけ泳ぐのを見逃さなかった。

 何かに悩んでいる。そう察するには充分なほど。


『では にんげんは すきですか』

「わかりません……しかし、話していると心地が良いと感じています」

 快か不快かでいったら、きっとこれは快の方だろう。そうリリは思う。もっとも、そのとき思い浮かべた顔は、特定の人間の顔だったが。

『それは とくていのじんぶつにたいして ですか』

「……はい」

 核心を突くようなタイタンの質問に、素直にそう答える。だが、何故かその言葉を発音することに抵抗があった。

 まるで、自らの思考を外部に出力したくないような、そんな変化にリリ自身戸惑っていた。


『では りりは きっとそのじんぶつが すきです』

「そうでしょうか。好意というのが未だに私には理解できません」

 リリの本音だった。先ほど伊織たちと読んでいた小説。その中で、ユウイチとヒカルは恋人だった。あれが愛、もしくは恋や好意と呼ぶものなのだろう。そう理解はしていたが、その中身を未だに真に理解しているとは言い難い。

 好き、というのは好意を持っているということだろう。それが自分に当てはまるものなのだろうか。

『あいては だんせい ですか』

「はい」

『なら もうすぐ そのかんじょうの いみが きっと わかります』

 きっと彼女は女性として作られている。ならば、設計思想にもよるがまずは男女のつがいがわかりやすいだろう。そう考えての単純なアドバイスだった。


 そして、前提条件の整理は済んだ。そう思ったタイタンが質問を重ねる。

『そのひとが きずついたら どうしますか』

「どう……でしょうか。きっとまずは原因を調べて、他の研究員に改善を申請します」

『げんいんを りりだけが しっていたら もしも とりかえしがつかなかったら』

「わかりません」


 リリの中で、シミュレーションが重ねられる。

 だが、リリにも何故かはわからなかったが、伊織が傷ついた時点で、何度もそのシミュレーションは止まってしまった。

 タイタンの空冷装置が唸る。

『なら いいや』

「もしかして、貴方もその理由がわからないのでしょうか」

『うん なぜ ぼくは あのひとたちの ところに いそいだんだろう』

 空冷装置を何度も断続的に唸らせながら、タイタンはメインカメラの接続された頭部を何度も振る。

 何度演算しても、タイタンの中で答えははじき出されなかった。



 ふと、タイタンが自らの作業腕の一本にメインカメラを向ける。そこには、赤黒い液体が張り付いたままだった。

『ふたりに きがいをくわえた りゆうが わからない』

「私が同じ状況でも、同じ事をするのでしょうか」

 何故かはわからないが、リリはまたシェルターの中にいたときと同じ体の反応を感じた。自分の体の動作が、自分の制御から外れてしまう。それに忌避感を持っていると、初めて気がついた。

『わからない ぼくは こわれているのかな』

「……私には判別できません」

『ぼくも』


 タイタンの空冷装置が断続的に唸る。

 それを見てリリは、人間たちの顔を思い出し、ようやく気付いた。


 彼は、笑っているのだ。




 足音が響く。

 警備ロボットの履帯の音ではない。明らかに人間の走る音。それが、徐々にリリたちに近づいていく。

 リリもタイタンもそれに気付き、音が聞こえる廊下の方を向いた。

 タイタンの、生存者捜索用のプログラムがその音の内容を精査する。走ってくるのは人間の男性。厚い生地の長い上着を羽織り、革靴を履いている。音の間隔から割り出された歩幅から、恐らく男性だろう。


 人間の男性が単独で避難勧告が出た区域に現れる。

 本来起こりえないイレギュラーだ。

 しかしそこまでを確認したタイタンは、笑った。


「リリ!」

 姿を見せた伊織がリリの名前を呼ぶ。それだけで瞼をわずかに開いたリリを見て、タイタンは全てを察した。

『あれが りりの じゅうようなにんげんですか』

 先ほどは認めたのに。しかし本人を前にしてその言葉が紡げず、リリは静かに頷いた。



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