4.
別名『緑の星』とも言われるヴァレゴナ星系第七惑星は、諸条件が絶妙に重なり、南北の極から赤道まで惑星全部が温帯に属するという珍しい星だった。
地表の六割を覆う〈ヴァレゴナ杉〉がこの星系の特産品だ。その樹高は六百メートルンにもなる。
硬く、重く、歪みが無く、木目が美しく、香りも良い……ヴァレゴナの木材は、建材として、船の内装として、家具として、銀河中の金持ちが大量に消費し、高値で取引される。
しかし、巨木の生長には気の遠くなるような時間が必要だ。六百メートルン級のヴァレゴナ杉の樹齢は軽く一万年を超える。
他には碌な産業も輸出品も無いヴァレゴナ人たちは、銀河標準暦よりも古い巨木を次々に切り出し、宇宙じゅうにバラ撒いて金に変えていた……いずれ資源は枯渇し、緑の惑星が禿げ山になる日が来ると分かっていながら。
* * *
ヴァレゴナ7上陸後、まずは体制側、つまり独裁軍事政権内の人間にインタビューを申し込んだ。
事前に分かっていた事ではあるが、その腐敗っぷりには驚かされた。
収賄にしか興味のない政治家と保身にしか興味のない官僚たちが惑星の資源を食い潰し生産効率を押し下げていた。取材が進むにつれ、私は怒りを通り越し悲しみさえ覚えた。
なるほど、武装蜂起の一つもしたくなる訳だと思った。
反政府武装組織への接触は、さすがに政府への取材のようには行かなかった。
当初、惑星じゅうで同時多発的に蜂起した反政府組織は、血なまぐさい同士討ちを経て、私が到着した時には二つの大きな組織に統合されていた。
政府軍、反政府軍あわせて三つの集団が、惑星全体を戦場にして三つ巴の戦いを果てしなく続けている、というのが当時の状況だった。
首都の安アパートを根城にして半年ほどもコネを探し続け、なんとか二大反政府組織のうちの片方と連絡を取ることに成功した。
ある日の午後、ハッとするような美少年が私のアパートにやって来た。彼は、一方の反政府組織を統率する指導者の代理人だと名乗った。
私は目隠しをされ、中古の浮遊ヴァンに乗せられた。
四時間か、五時間か……長いあいだヴァンで移動し、やっと目隠しを外された場所は、どこかの地下室だった。
暗い地下室の奥に男が座っていた。
男の左右には電撃銃を持った少年兵が数人。皆、美少年だった。
「ようこそ、我が秘密の要塞へ……」
知性と野獣性が複雑に入り混じったその男……反政府組織のリーダー……が言った。
「我々の戦いに興味をお持ちだとか……願っても無い好機だと思い、ご招待しました……我々の正義をバルメン星系の方々に宣伝して頂けるというのなら、喜んで協力しましょう」
報道の中立性を訴えようとする私の機先を制し、彼は続けて言った。
「少数ながら、バルメンにも同志が居ます。もし貴女が腐敗した体制に加担し、私の立場と誇りを傷つけるようなことがあれば……」
彼は、親指で自分の首を搔き切る真似をした。
「我々の正当性をバルメンの人々に広く知らしめると約束して頂けるのなら、ここでの身の安全は保証しましょう」
私は頷くしかなかった。
* * *
その後、私は数ヶ月に渡って彼らと寝食を共にし、取材した。
控えめに言って、反政府組織はゴロツキの集団だった。
湿った穴さえあれば冬眠中のクマにさえ突撃するような、アメーバ以下の知能と寄生虫以下の道徳心しかないケダモノの集まりだ。
惑星ヴァレゴナ7全体を舞台に一進一退を繰り返す前線で、彼らは敵兵だけでなく罪のない一般市民たちを蹂躙し、残虐で非人道的行為を繰り返した。
全く……その酷さは、腐敗しきった独裁政権側の連中が上流社交倶楽部の紳士淑女に思える程だった。
反政府軍の地下基地に居て、私の安全と尊厳が守られたのは、ケダモノ連中にリーダーが厳命してくれたお陰だった。
「バルメン人のジャーナリストには手を出すな」と。
ケダモノどもは、基地内で私とすれ違うたびに脂ぎった目で睨め回しこそすれ、指一本触れようとはしなかった。
当のリーダーがどうだったかと言えば、私に接する態度は……まあ紳士と言っても良かった。部下のケダモノとは違い、確かに彼には知性と教養があった。
周囲に侍らせている美しい少年兵たちを見れば、そもそもこの指導者が女の私に興味を持っていないことは明白だったが……
* * *
数ヶ月後、無事に反政府組織の取材を終え、再び目隠しをされ浮遊カーに乗せられて首都の安アパートまで送り返された。
その後、もう一つの反政府組織への取材も何とか成功させ、私はバルメン星系への帰路についた。
* * *
文明国バルメン4に帰った私は、まずは簡単な報告書を持って出版社へ向かった。
「この指導者を軸に全体のストーリーを作り上げましょう」読み終えた報告書を机に置きながら編集長が言った。「人民を解放すべく、腐敗した政府に敢然と立ち向かう反政府組織のカリスマ指導者! 知性と野生を併せ持ち、美しき少年兵たちに守られた地底の王! いかにも大衆好みのストーリーだ」
その言葉に、私は形だけ反論してみせた。「政府軍にしろ反政府軍にしろ、どちらかに偏るべきではないと思いますが……」
あくまで形だけ、だ。
私の耳には「少数ながら、バルメンにも我々の同志は居ます」という反政府組織の指導者の言葉がこびり付いていた。私の目には、首を搔き切る動作が焼き付いていた。
大衆と、出版社と、あの指導者の望み通り、私は反政府組織に肩入れし軍事独裁政権を糾弾する内容の本を書いた。我ながらエンターテイメントとしては良く出来ていたと思うが、最早ノンフィクションとは呼べない代物だった。
反響は予想以上だった。
出版界のあらゆる賞を総なめにし、重版を繰り返し、出版社には利益を、作者の私には、名誉と、五回生まれ変わっても使い切れないほどの収入をもたらした。
私は上流階級の仲間入りを果たした。
上流階級だけの店。上流階級だけのレストラン。上流階級だけのパーティ。上流階級だけが住む高級アパート。そして上流階級の男……。
一度だけした結婚の相手は、株式売買で利ざやを稼ぐ会社の若き社長だった。
彼との私生活は……素晴らしいという程でもなかったけれど、さりとて不満も無かった。
ある夜、夫は枕元で私に告白した。「不正な株価操作で利益を得ている」と。
一ヶ月以内に『ある銘柄』が異常な高値を付け、直後、暴落する……夫と彼の仲間たちがそのように操作すると、寝物語に聞いた。
私は全財産をその銘柄に賭け、見事、暴落直前に売り抜けた。
五回生まれ変わっても使い切れないほどあった私の財産は、八百長レースの結果、さらにその十倍になった。
直後、私は夫に離婚を切り出した……この男は何時か破滅する。その前に別れるのが得策だと思ったからだ。
離婚して半年後、元夫の会社に監査が入り、彼が逮捕されたことを知った。
夫と別れてフリー・ジャーナリストに戻ったかって?
……まさか。
ジャーナリストなんて一生続けるような仕事じゃない。
私には、五十回生まれ変わっても使い切れない財産がある。
残りは余生。
あとは悠々自適に暮らせば良い。そう思い、その通りに五十歳まで生きた。




