破壊
こうなることは予想していた。
相手は麗佳を殺したいのだ。離宮でなく、魔王妃を殺す用意がしてある部屋に引き込むのが一番いいのだろう。
オイヴァの帰還命令が出た時点では対決する必要はないかもしれないと希望を持っていた。だが、そうはならなかった。
向こうはまさに今、魔術で麗佳を連れ去ろうとしている。
でもそんな事はさせない。
——妃殿下! うるさい! 超うるさいです!
思い切り悲鳴を上げていると、ウティレがテレパシー魔術で文句を言ってきた。
——我慢出来ないほどだったらみんなに防音をかけておいて頂戴。わたくしは『混乱している情けない王妃』でいなければならないの。あと、手が空いたらでいいから、わたくしに魔力回復促進の術もかけてもらえないかしら。ここで魔力枯渇するわけにはいかないから。
——……人使い荒いですね、王妃殿下は。
悪態を吐かれてしまった。でも、ぶつくさ言いながらも命令を遂行してくれるのがありがたい。これで敵を油断させないといけないのが分かるからだ。そうして麗佳がかなり魔力を使っているのも知っている。
もうウティレは大丈夫だろう。ひとまず信じる事にする。
部屋の奥の方では魔法使いのステファンが結界でみんなを包んで守っている。
なので、麗佳も安心して魔術に集中出来る。口ではわざと『いやああーーー!』とか、『来ないでぇーーーー!』とか情けない言葉を叫んでいるのだが。
もちろん麗佳の悲鳴は彼女を連れ去ろうとしている魔術の光の向こうにも届いている。そうなるように術を使っているからだ。
この術は出発前にウィリアムに叩き込まれた。きっと彼もこうなる事を予想していたのだろう。最大限に協力してくれるというのはこういう事なのだ。本当にありがたい。
きっと、アーッレ王は魔王妃が錯乱していると考えているだろう。そうして魔力暴走的な事をしていると思っているはずだ。
ただ、アーッレ王の専属魔術師は分からない。彼は麗佳が放つ魔術が、意味を持ってなされている事に気づいているだろうか。
麗佳はそこまであちらの魔術師の実力を知らないのだ。
こちらが放っている攻撃魔術を王妃の仕業だと認識していないという事ならありがたいが、それはない。あの魔術師は老齢なのでそこそこの実力はあるはずだ。だから、今、麗佳がやっている事が故意だという事くらい気づくだろう。故意でなければこんな魔術をぶっ放せるはずがないのだから。
でも、実はポンコツで気づかなかったらいい、とどうしても願ってしまう。
——妃殿下、それでは軌道が正確すぎて魔力暴走に見えません。こちらで補強をしておきます。妃殿下はのまま魔道具への攻撃をお願いします。
ウティレから手厳しい言葉が飛んで来た。
その後で、麗佳が放ったのとは違う箇所に攻撃魔術が飛んでいる。つまり、ウティレがその『補強』をしてくれているのだろう。素直にありがたい、と思う。
ただ、ウティレ本人のではなく麗佳の魔力を拝借しているのが少し気になって聞いてみると、『「魔王妃の魔力暴走」だからです』と即座に答えが返って来た。そこまで計算しての事だったらしい。
確かに、麗佳の魔力暴走なのに、ウティレの魔力が解析で出て来たら仕込みだと分かってしまう。
そのフォローとしてか、命じたのよりずっと強めの魔力回復促進もかけてくれている。なので、魔力枯渇については心配はいらないだろう。
「妃殿下、しっかりなさってください! 私がお守りいたします。どうか落ち着いてください! どうか!」
表向きのウティレはただ、『連れ去られそうになって混乱している王妃を風魔術で必死に守る忠実な専属魔術師』を演じている。
それにしてもアーッレ王達は許せない。
向こうはどうやら麗佳を連れ去り、例の剣作りの魔道具で『魔王妃を殺す剣』を作る計画を立てているようだ。
魔術の気配がした時に術者の場所を探って、その場所を投影させた。
その時に麗佳は見てしまったのだ。例の魔獣を殺す剣を作る魔道具に似た物を。そして、そこにはアーッレ王の姿も見えた。
麗佳を攫い、剣を作った後、すぐに殺すつもりなのだろうか。それとも、麗佳を人質にオイヴァを呼び出し、麗佳に剣を突きつけながら要求を飲ませたり殺したりするつもりなのだろうか。
どちらにせよ、麗佳はそんな事を許すつもりはない。
死体にも未亡人にもなるつもりはないのだ。
だから教えてやるのだ。麗佳が屈するつもりなどない事を。
麗佳の放つ魔術は正確にあちらの魔道具の弱いところ——これもウィリアムに教えてもらった——を撃っている。映像ではアーッレに仕えている魔術師が戸惑っているのが見える。そしてそれをアーッレが『情けない!』と怒鳴りつけていた。
気の毒だ、と少し同情した。ただ、この老魔術師は麗佳の召喚を担当していたのでいい感情は持てない。だが、苦労人だな、とは思う。
それでも止めてあげる気はない。あの魔道具自体がヴェーアル王国の敵だ。
しっかりと狙いを定める。運良く、と言っていいのか分からないが、あちらの魔術も勢いが少し増した。
「きゃああああああっ!」
麗佳は最大級の悲鳴をあげながら、魔道具に向かって止めの一撃をぶっ放した。
***
歴史ある魔道具が豪快に壊れていくのをトムは呆然として見ている事しか出来なかった。
あちらでは何やら誰か女性が騒ぎ立てている。男性の声も聞こえた。どちらも誰かを案じている。
その心配の対象が、先ほどまで悲鳴をあげていた元勇者である魔王妃だという事は検討がついていた。どうやら魔王妃は相当慕われているようだ。魔王妃の『魔力暴走』の最中にも似たような声かけはされていた。
すぐにトムが放った、魔王妃を連れ去る魔術がかき消される。
これらの事がわずか二分足らずでされたのだ。末恐ろしい。
「役立たずがっ!」
王が責め立てて来る。胃がきりきりと痛むのを感じた。
「申し訳……ございません」
それだけしか言えない。他の反論をしようものなら『だったら成功させろ!』と怒鳴られるからだ。
王は舌打ちをする。
それにしても、魔王妃は恐ろしい女だ。本来なら敵になどまわしたくはない。
それでも魔王妃の方は今までの人生をめちゃくちゃにしたトムを怨んでいるだろう。
元々彼女が異世界でどんな暮らしをしていたのかは知らない。でも、あの無垢な目は戦いなど何も知らない様子だった。苦労や苦しみなど知らない中産階級の娘だったのだろう。
それが今やこれだ。相当修羅場をくぐり抜けて来たのだろう。そしてその強くなった少女は今や魔王の味方についているのだ。そうしてヴィシュに対抗している。
ため息をつきたいのをそっと押さえる。
きっとこの国のこれからはそんなに良いものにはならない。それをトムは確信していた。
こんな事をするくらいだ。魔王の怒りは完全に沸点に達している。
一足先に逃げ出したヒューゴがとてもうらやましかった。




