籠の鳥の訴え
「どういうつもりだ、リアナ」
オイヴァが心底不機嫌そうに腕を組みながら尋ねる。その冷たい目にジャンが怯えている。
とばっちりで可哀想と思いながらも、分かっていながら着いて来たんだし、という気持ちもある。だからフォローはしない。
「ちょうどいいから連れて来ただけです。いいでしょう?」
「我が儘もいい加減にしろ! 勇者殿に迷惑だとは思わなかったのか?」
「ワガママじゃないわ! ジャン様もあたくしの意見に同意していたもの!」
「……と、言っているのだが、どうなんだ? ジャン」
「えっ!?」
問いかけられてジャンは慌てる。
この反応ではほぼ『巻き込まれた』で正解だろう。義妹が勝手な事をしてごめんなさい、と言いたいが、オイヴァが二人に追求しているので麗佳は傍観する事にする。
「リアナ、勇者殿にも『迷惑』という感情があるんだ」
「ジャン様はそんな事言ってなかったわ! ねえ、ジャン様?」
これでは堂々巡りだ。
「ホウルラ、一体全体何があったんですの?」
リアナに付き添っていた侍女のホウルラ・スオメラに小声で尋ねる。彼女はスオメラ公爵の娘で『純粋にリアナを慕ういい魔族達』の筆頭だ。だから麗佳も安心して話が出来る。
ホウルラは、麗佳がオイヴァと婚約を結んだばかりの頃、麗佳がオイヴァを利用して魔王城を内側からめちゃめちゃにしようと企んでいるのではないかと心配していたらしい。でも、ちょうどリアナのいじめ問題を調べていた麗佳と話し合いの場を設けて理解し合ったというわけだ。
だから、麗佳はホウルラをしっかりと信頼しているし、ホウルラも多分麗佳をある程度は信用してくれているだろう。
「実は……」
ホウルラも小声で答えてくれた。
どうやらリアナは当事者である勇者をほったらかして、麗佳達だけで解決しようとしている事をよくは思っていないらしい。これではジャンが可哀想だ、と考えているようだ。それでホウルラが、先に麗佳に話した上で、オイヴァへの緩衝剤になってもらおうと提案したということらしい。
それでここに来る途中に同じくもやもやした気持ちを持っているジャンに出会い、ちょうどいいから二人で不満を訴えようと同行させたという。
「勝手な事を提案してしまって、そして王妹殿下の暴走を止められなくて本当に申し訳ございません」
「気にしていないわ。そういう事情なら大体理解出来るもの」
でもこの調子では口を挟めなさそうだ。わーわーと喧嘩する魔王兄妹と、それに挟まれあわあわしている勇者を見ながら麗佳はため息をつきたくなった。
「レイカ、何を高みの見物をしているんだ」
矛先がこちらに向いた。麗佳はため息をそっと飲み込み笑顔を作る。
「高みの見物などしておりませんわ。でも肝心のリアナが陛下と喧嘩をしているんですもの。ホウルラに聞くしかないではありませんか」
ちくりと刺しておく。
「原因はわたくし達の説明不足でしょうね。隠密の事で慌てていたとはいえ、リアナやジャンの気持ちを放っておいた上に、その理由の説明もしていなかったんですもの。二人の不満がたまるのは当然ですわ。ごめんなさいね」
「説明不足?」
首を傾げているオイヴァに麗佳は先ほどホウルラに聞いていた事を簡単に説明する。
それでもオイヴァは不満顔を崩さなかった。
「リアナが気にする事ではない」
ダメだこりゃ、という言葉を飲み込む。その代わりに溜めていたため息が口の中から出て来た。オイヴァが責めるような目を向けて来る。
「少しは二人の話を聞いた方がいいと思いますわ、オイヴァ」
「あのな。ジャンは昨晩、『みんなには迷惑をかけられない!』とか言って城を抜け出そうとしたんだぞ。お前達が味方したら今晩もまたこっそり出て行こうとするかもしれない。そうなったらどうなるか分かっているんだろう?」
その結果は麗佳にも分かる。そうなったらアーッレ王の手によって、すぐさまジャンは始末される。そうしてそれはオイヴァと麗佳の仕業にされるのだ。
でも、それは説明もしないで閉じ込める理由にはならない。麗佳は今の今まで知らなかったのだが、ジャンが昨夜本当に抜け出そうとしたのならなおさら説明する必要がある。
ジャンの横で彼に付けた侍女のドリスがうなずいているのは見なかった事にした。
それにしてもこんな大事な話は教えて欲しかった。きっと麗佳にいらぬ心配をかけないためだろう事はよくわかっているのだが。
「わたくしは勝手に行かせろ、とは一言も申しておりません。説明をしたらどうかと提案をしているだけですわ。このままではリアナとジャンが理由も分からないまま不満を溜めていくでしょう。だから昨日もそんな結果になったのです。ジャンがヴィシュに行く事の危険性を二人はまだ知らないのですから」
「危険? モンスターでも出るんですか? それとも追いはぎとか? 行きは何もありませんでしたよ」
ジャンが目を丸くしている。
「行きに何もなかったのはわたくし達に貴方を攻撃する気が全くなかったからですわ」
「それはどういう……」
「あの絵を見たでしょう?」
麗佳が力を込めて言うと、ジャンは辛そうな顔をした。それほどあの絵はインパクトがあるのだ。勇者限定、だが。
「それはどういう事? 義姉上」
「『魔王を殺さない勇者』など、ヴィシュ王国には邪魔でしかないという事よ。その邪魔者を彼らがどうするのか……。分かるわね? リアナ」
重い話にリアナは唇を噛む。ジャンが可哀想だが、どうしていいか分からないというような反応だ。
「行ったら僕は殺されるんですね」
ジャンが苦しそうにつぶやいた。麗佳は静かにうなずく。
「そうですね、ほぼ間違いなく。良くて人質です」
そうしてヴェーアル王国は勇者の危機を知っていた上でわざと敵地に出した、と諸外国に責められるのだろう。
「マリエッタ、酷い目にあっているんじゃ……」
心底辛そうに言うジャンに、オイヴァが同情の目を向けている。これからしばらく麗佳と離れなければいけないオイヴァにはとても共感出来るのだろう。
それに、ジャンの言葉には『そうだね……』としか返事が出来ない。どんな状態かは知らないが、プロテルス公の手下に脅されているか、アーッレがつけた見張りに恐ろしい話を聞かされているかのどっちかしか想像出来ないのだ。
アーッレに目をつけられたマリエッタが異世界生活を満喫しているとはこの部屋にいる誰も思えなかった。
ジャンがうつむき拳を握る。『やっぱり僕が……』などと不穏な事を言うジャンを見て、オイヴァがそっとため息をついた。
「では王妃に着いていくか?」
「え?」
オイヴァの爆弾発言に、その場にいた三人は目を丸くした。
「ここにいる我が妃レイカは、近々プロテルス公爵を罰しにヴィシュに行く。それに同行するかと聞いているんだ。きっちり守られつつ、マリエッタ嬢の解放だけすれば良い。それならばお前のマリエッタ嬢の恋人としてのメンツも保たれるだろう」
「いいんですか?」
「一人勝手に抜け出されて勝手に殺されてしまうより、よほどいいからな」
それもそうだ。ついでに王妃である麗佳に着いて行くという事は、その護衛がそっくりそのままジャンを守るということだ。それなら少なくとも『野放し』ではない。
「どうだ? レイカ」
「そう……ですわね。それなら多少は安心かもしれませんわね。勝手に抜け出されるよりは」
一応、ちくりと刺しておく。だが、ジャンは、ぐさりと刺されたかのように落ち込んだ。自分でも迷惑をかけたという罪悪感があるのだろう。
「それが出来ないのならこの城に留まっているといい。そなたの女は我が妃が必ず連れ戻す」
先ほどまで心配だ心配だと言っていたとは考えられないような態度だ。魔王らしい威厳があると言えばそうなのだが、普段のオイヴァを見ているぶん、どこかおかしく感じるのだ。
「ご迷惑では……?」
躊躇しているように見える。それでもジャンは行きたいようだ。すがるような目を麗佳に向けている。
「いいえ。同行者が一人増えるくらい何でもありませんわ」
安心させるように笑顔を見せる。念のために変装でもさせた方がいいだろうかと考える。多分、ヴィシュ側にジャンの面は割れているだろう。
麗佳と違ってジャンはこっそり連れていかなければならない。そうしなければ間違いなく彼は暗殺対象になる。同行者が決まったら、彼らともすぐに相談をしなければ、と考える。
「ジャン。もしレイカに手を出したらいくら保護対象の勇者でもただではおかないからな」
「僕はマリエッタしか見えませんから安心してください」
「あ、そう」
男達が変な事を言っている。それがおかしくて麗佳はリアナと顔を見合わせて笑ったのだった。




