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勇者による召喚勇者救出大作戦  作者: ちかえ
第2部 第3章 引き裂かれた勇者たち
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困った者たち

 またオイヴァが怒りに震えている。最近はよく見る光景だ。

 オイヴァに呼び出されて執務室に来た麗佳はため息をつきたくなった。


「オイヴァ、どうなさったの?」

「ああ、レイカか」

「『レイカか』ですって? オイヴァがわたくしを呼び出したのでしょう?」


 呆れた声で言い返してしまった。オイヴァは困ったような顔で麗佳を見つめている。


「ヴィシュの王から手紙の返答が来た。当事者だからレイカにも話しておこうと思ってな」


 封筒を振りながらそんな事を言う。こうやって魔術や魔法を使って手紙を瞬時に送れるのはメールみたいで便利だ。


 ウィリアムとの話が終わった後、オイヴァはすぐにアーッレ王に手紙をしたためた。


 表向きにはヴィシュ王家はマリエッタの件に関わっていない事になっている。


 プロテルス公爵がマリエッタを攫った上で、ヴィシュ王宮の離宮の一つに立てこもっている。表面ではそういう事になっているのだ。


 だから、プロテルス公爵の事を詫びた上で、そちらで対処するのは怖いだろうから、こちらから使いの者をヴィシュに送って罪人を回収したいのだと提案した。


 勿論、『回収』するのはプロテルス公爵一味だけではない。『保護』という形でマリエッタもヴェーアルに連れて行くのだ。


 勿論手紙にはそんな事は書かない。これでマリエッタを隠されでもしたら困るからだ。


 マリエッタには悪いが、彼女には『餌』のままでいてもらわなければならない。


 でも、これは屈辱だ。

 ポーズとはいえ、どうしてこちらが頭を下げなくてはいけないのだろう。

 麗佳でもそう思うのだから、オイヴァの屈辱感は相当なものだろう。


 実際手紙を書いている時に彼の手は怒りに震えていたし、ペンも一本折れてしまった。


「そうですか。それで何て?」

「『その「使者」は王妃にしろ』だと」


 吐き捨てた言葉に呆れた目しか出来ない。


「それは……」

「『レイカ』とも『王妃』とも書いていなかったが、要約すればそういう事だ。あの男はどうしてもお前をヴィシュに来させたいようだな」


 どう見ても不機嫌ですと分かる表情でそんな事を言う。


 でも、そんな事は、オイヴァもとっくに分かっているはずだ。ジャンがプロテルス公爵からの手紙を持って来てから二日経つのだからそろそろ落ち着いて欲しい。


 そうやんわりと伝えてみるが、オイヴァの眉間のしわは消えない。おまけに無言で手紙を差し出して来た。これを読んで一緒に怒れ、と言っているのだ。


 手紙はヴィシュ語で書いてあった。

 戦いに関しての単語や看板によく使われる文字は勇者時代にハンニに教えてもらったが、それだけではこの手紙は読めない。なので翻訳魔術を使う事にする。


「う、うわぁ……」


 そうして、そうつぶやいてしまう。馬鹿馬鹿しくて怒るに怒れない。


 どうやらアーッレ王はそろそろオイヴァが麗佳に飽きている頃だと思っているらしい。そうして『いらないもの』同士をトレードしようと提案している。先ほどのオイヴァの要約はかなりオブラートに包まれていたようだ。


 正直『馬鹿』と言ってやりたい。言っても大丈夫だろうか。


「どうした?」

「アーッレ陛下は愚かだと思っていただけ……あ……」


 オイヴァの無意識の誘導尋問に釣られてしまった。困ったように苦笑した麗佳を見てオイヴァがおかしそうに笑う。


「確かに『愚か者』だな」


 麗佳の言葉で少し溜飲が下がったようだ。先ほどよりは穏やかな表情になっている。


「別にオイヴァが怒る必要はないと思いますわ」


 そう言うと、オイヴァから無言の睨みが飛んで来た。麗佳はため息をつく。


「だってアーッレ陛下がこれ以上なく怒っているではありませんか」


 ほら、と手紙にあるインクのシミを指差す。


「この内容はただの悪あがきですわ。わたくし達は堂々としているべきです」


 正直、麗佳としては、わざと『不法侵入』をさせようとしたアーッレ王の企みを阻止出来た事に対して喜ぶ気持ちしかない。


 それにしてもインクのシミはいわゆる書き損じだ。それをそのまま出すのはヴェーアル王国を舐めてかかっているというしるしだ。


 怒りのインクのシミならオイヴァも最初の手紙を書く時に何度か作っていた。それでも、それを認めるたび、新しい便せんに書き直していた。それがマナーなのである。


 つまりアーッレ王は『マナーのなっていない愚か者』とヴェーアル王家の者に笑われても文句は言えないのである。


 イシアル王家からも噂話にしてもらうべきだろうか。あの国からなら世界各国の王族、貴族にこの話が広まるだろう。そしてアーッレ王は世界中から馬鹿にされるのだ。

 それは少し面白いかもしれない。


「オイヴァ?」


 それでもさっさと麗佳を差し出せという言葉はオイヴァには重いようだ。辛そうにため息をついている。


 実際には神殿にも認められたオイヴァの正式な妃である麗佳を『いらないもの』と侮辱された事に対してオイヴァは屈辱を感じていたし、アーッレもそれを分かってあの文面にしていたのだが、麗佳にはまだそこまでは理解出来なかった。


 オイヴァが顔を上げた。そして悲痛な声を絞り出す。


「レイカ、お前、本当に……」


 本当に行くのかと尋ねたかったのだろう。でも、その声はノックの音に遮られた。


「誰だ?」


 オイヴァが警戒心たっぷりで聞く。


 相手はリアナの侍女の一人だった。どうやらリアナが麗佳に会いたがっているらしい。


 何で麗佳なのだろう。この部屋にはオイヴァもいる。麗佳にしてみれば、『やさしいやさしいシスコン兄上』に甘えればいいと思ってしまう。


 オイヴァを見たが、彼も分からないようで首をかしげている。


「リアナがどうかしたのですか?」

「なんでも妃殿下に相談したい事があるようで」

「相談? レイカにか?」


 オイヴァが露骨に不機嫌になった。はぶられている気分なのだろう。


「そんなに怒らなくてもいいでしょう、オイヴァ。きっと女同士でしか出来ない話でもあるのですわ」


 フォローしてみるが、オイヴァの機嫌は直らない。きっと麗佳のヴィシュ行きも含めて何もかもが気に入らないのだ。


 ごめんね、オイヴァ、と心の中だけで言う。


「オイヴァ、リアナとお話ししても構わないでしょうか」

「では私も同席する」


 またオイヴァが無茶を言い出した。この介入は麗佳かリアナのどちらに干渉するためだろうか。どちらにせよ呆れてしまう。


「かしこまりました。王妹殿下に確認してまいります」


 かしこまりましたじゃない! と怒鳴りたいが黙っておく。リアナも困ってしまうだろう。


 だが、オイヴァは国王で、麗佳は王妃。どちらの意見を使用人が尊重するかは分かりきっている。

 それでも納得はいかないのでオイヴァに非難の目を向けてみる。


「何だ?」

「先ほど『女同士でしか出来ない話もあるかもしれない』と申しましたわよね?」

「それでも最終的には私の耳に入るのだろう?」

「オイヴァに言う必要のない事ならわたくしも報告はしませんわ」

「何だと?」


 素直に言ったら機嫌を損ねられてしまった。


「だってそうでしょう? プライベートな事なら優先すべきは本人ですわ」


 何でこんな当たり前の事を言わなければいけないのだろう。


 ただ、オイヴァに報告すべき事ならきちんと話す、と言い添える。これは魔王の臣下として当たり前の事だ。


「でも、リアナが私を排除するとは……」


 そんな事を言っているオイヴァの周りから魔力の気配がする。何をしようとしているのか大体分かった。


「オイヴァ! 盗聴するのは……!」

『兄上のバーカ!』

『姫様!』


 止めようと思った瞬間にリアナの暴言とそれを叱る彼女の侍女筆頭の声が聞こえて来た。つい吹き出す。


 恨みがましい目で見られたが、今のはオイヴァが悪い。


 そしてリアナは『それでもいいから会う』と言っていた。それならそこまで隠す事でもないのだろう。そうならなおさら麗佳を巻き込む意味が分からなくなるが。


 オイヴァはテレパシーを使ってリアナの侍女達にリアナを連れて来るよう命じる。そうして盗聴も切った。ほっとする。


「お前はリアナに甘いな」


 この言葉は余計だ。麗佳はため息をつきたいのを我慢する。


「オイヴァもでしょう」

「私は最近怖くなったって直接言われたからな」


 つまり王太子時代にべたべた甘々に可愛がっていたのだろう。でも王という立場になってそれでは許されなくなった。


「オイヴァも大変ね」

「そうだな。『危機感もなく敵地に突入する』なんていう無茶をしようとする妃もいるし」


 無茶、と言われて苦笑する。でも麗佳は危機感がないわけではない。これからの未来を生きる上で避けられない事だと分かっていて行くのだ。

 麗佳の意見を聞いてオイヴァが辛そうにうつむく。


「分かってるんだよ、私も。私もお前の立場だったら同じ選択をするだろう。でもそういう事じゃないんだよ、レイカ」


 そんな事を言われても困る。


「まあ、私に出来ることは周りを固めてお前をしっかり守りきる事だな」


 麗佳は無言でうなずく。オイヴァが寂しそうにしていると麗佳も寂しくなってしまう。何しろ数日後からしばらく離ればなれになるのだ。


 その時、その静寂を破るようにノックの音がした。リアナが来たのだろうかと考え、顔をあげる。義妹に心配をかけてはいけない。オイヴァも同意見らしく、元の厳しい魔王の表情になっていた。


 だが、入って来たのはリアナの侍女だった。

 どうやらリアナはここに来る途中で勇者のジャンに会い、同行させる事にしたという。


 リアナの突拍子もない行動に魔王夫妻は頭を抱えるしかなかった。

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