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勇者による召喚勇者救出大作戦  作者: ちかえ
第2章 魔王の妃として
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解術への道

 ペンを止め、麗佳はふぅ、とため息をついた。


 隣でこれまた資料にまみれて何かを書いていたオイヴァが心配そうに麗佳の方を見る。


 オイヴァが何を書いているのか麗佳は知らない。尋ねたのだが、にっこりと笑ってはぐらかされてしまったのだ。ただ、この勇者に関する事だろうという事は分かる。

 もしかしてオイヴァ視点からの体験記だろうか、と考えたが、そうなると大量の資料の意味が分からない。


「どうした?」

「これ難しいなって。それで、あれだけの量を書いた大月さんってすごいなって改めて思ったの。まあ、蛇足は多かったけど。……イシアル王太后の賛辞とか本当にいらないよね」


 素直に答えると、オイヴァが小さく笑う。


「お前は一から書かなければいけないからな。私とのやり取りを書くときは遠慮なく言えよ。私側の気持ちで話せる事はしっかり話すから」


 そういう事をさらりと言ってくれるのはありがたい。麗佳は素直にお礼を言う。


 ウティレの侵入から十日経った。

 結局ウティレは魔力を封じられた状態で、ヴェーアル王宮の一室に監視付きで幽閉される事になった。もちろん、部屋の窓に脱走防止の鉄格子がはめられている特別な部屋だ。こういうのが貴族用の牢屋だとその時にオイヴァが教えてくれた。


 監視は『殺されないように』というのも含んでいる。

 ヴィシュに贈ったのは彼の血だが、魔王側にウティレを殺させる気は全くないようだ。


 オイヴァ曰く『素直に魔王の血を送ると思ったか? これはお前の国民の血だよ。残念だったな。あはははは!』という目的だったらしい。


 ちなみにこれは笑い声まで含めてオイヴァの言葉そのままだ。


 これを最初に聞いた時は、素で『子供か!』と突っ込んでしまった。当のオイヴァは楽しそうに笑っていたが、その笑い方がどこか痛々しかったのでそれ以上何も言わない事にした。それくらいの嫌がらせをしなければ彼の気はすまないのだろう。


 この事は元パーティメンバーには話してある。どうやらハンニはウティレと友人だったようでショックを受けていた。無理もない。ここに送られるという事イコール捨て駒にされたと思うしかないのだから。

 そのハンニはオイヴァの命令でウティレを寝返らせるための説得役に当たっている。


 麗佳たちは、今、国王夫妻の共同の書斎にいる。そこで朝食後、対面机に座って書き物をするのが、二人が結婚してからの日課になった。これを許してくれるのはある程度信用してくれたという事だろう。素直に嬉しい。


 今書いているのは自分の手記だ。勇者時代の話を書いている。昨日は図書館で会ったオイヴァの事を書いた。今日はあの部屋の話だ。


 重い話だからなのか、麗佳は淡々と書きたいのに、どうしても自分の感情がダイレクトに入って来てしまう。


 そうオイヴァに伝えると苦笑が返って来た。


「いいんじゃないのか? 感情が伝わった方が。その感情って、お前を騙していた召喚国への怒り、あっさりと騙されていた自分の不甲斐なさ、これからどうしたらいいのかという不安だろう? そういうのは伝わるように書いた方がいい。その方が信憑性が上がるだろう」


 ついでに魔王がいかに優しいのかも書いてくれ、と冗談めかして言われる。


「お優しい魔王陛下……。お義父様のことかしら?」

「レイカ、お前な!」


 こちらもふざけて返すと怒鳴られた。


 でも本当に怒っているわけではない。直後に吹き出したのがその証拠だ。つい麗佳も同じように笑ってしまう。そうして二人で楽しく笑いあった。


 ノックがしたのはその時だった。オイヴァはすぐに表情を厳しいものに戻す。そうしてすぐに机の上を片付けた。プロテルス公爵の息のかかった者だったら困るからだ。


「お楽しみの所失礼いたします、魔王陛下。魔導師デイヴィ……いえ、ウィリアム様が陛下にお会いしたいと申しておりますがどう致しましょうか?」


 声はオイヴァ付きの侍僕だった。きちんと信用のおける魔族なので安心だ。


 それでも『お楽しみのところ』という表現が恥ずかしい。それではまるでラブラブ夫婦のようではないか、と心の中だけで文句を言う。これは演技が効いているという事なのでいい事なのだろうか。でも今はまったく演技していない。


 そんな麗佳の様子を見ながらオイヴァの肩が震えている。


「笑わないでよ、オイヴァ!」

「王妃、言葉」


 小声で文句を言ったらやんわりと注意されてしまった。人前では日本語で喋るなと言っているのだ。まだウィリアムや侍僕は入っては来ていないが、麗佳達の話は聞ける距離にいる。


「はい、申し訳ございません、陛下」


 それは分かっているので素直に謝る。オイヴァはいつものように頭を撫でてくれた。


「おはようございます、魔王陛下、魔王妃殿下」


 いきなり声をかけられ麗佳はつい驚いてしまう。麗佳が照れている間にオイヴァが入出許可を出したのだろう。


「ああ、おはよう、ウィル」

「おはようございます、ウィリアム先生」

「まったく。新婚だからってあんまりいちゃつかないで下さいよ」


 ウィリアムがくつくつと笑いながら言う。間違いなくからかっている。ひゅーひゅー的なやつだ。彼はオイヴァの友人なのでそういう風に気さくに話せるらしい。


 ウィリアムはイシアルから来た麗佳の魔術の教師だ。


 彼のフルネームはデイヴィス・ウィリアム・コーシーという。だが、彼自身がミドルネームである『ウィリアム』と呼ぶように魔王夫妻にお願いしたのだ。そうすれば、政治に関係なくここに来ているというアピールにもなるのだそうだ。

 イシアルの貴族は結構そういうミドルネームの使い方をするという。


「ああ。悪い悪い。で? 魔術解析の現状報告か?」


 さらりと謝って本題に入れるオイヴァはすごいと素直に思う。


 それより麗佳が驚いたのがその内容だ。どうやらウィリアムにあの魔剣の解析を依頼していたようだ。魔術解析といえばあれしかないだろう。


「いえ、解析結果を持って参りました」


 その言葉にさすがにオイヴァの瞠目している。


「依頼したのって昨日の夜だったよな?」

「ですから夜中にやりました」


 さらりと言うウィリアムに麗佳もオイヴァも目をぱちくりさせてしまう。


 確か、ウィリアムはオイヴァと同じ二百三十五歳だったはずだ。でも、魔族と人間は歳の重ね方が違う。つまりは麗佳の基準の二百三十五歳だという事だ。いや、元の世界の人間は二百年以上は生きないが。

 夜更かしなどして大丈夫なのだろうかと心配になる。


 オイヴァも苦笑を浮かべる。でも結果は気になるようでしっかりと尋ねている。


「このタイプだと、あちらに付与魔術をつける為の魔道具があるのでしょう。それで安定した魔術式が入った剣を作る事が出来る。込めている魔力量が多いので大量生産は絶対に出来なさそうですが」

「付与魔術……ですか」

「ええ。付与魔術です。前に座学で教えましたよね。覚えていますか?」


 麗佳は黙ってうなずいた。


 付与魔術というのは、その名の通り、物に魔術式を付与して魔道具にする魔術だ。

 実は麗佳はまだ付与魔術を座学の知識でしか習っていない。これは魔術式を覚えるだけでほいほいと出来るものではないからだ。

 というか、普通の人は魔術式をただ暗記するだけで術をばんばん出せるわけではないようだ。いかに魔力を込めるかは魔術式によって違うし、微妙な量の違いで失敗する可能性もある。


 ウィリアムからは、麗佳のようなケースは奇跡のようなものだから、それに頼らずに魔術式がどういう文字の組み合わせで出来ているか、それにはどう魔力を注いだらいいのかきちんと学ぶように言われている。


 これが大変なのだ。


 ただの一種類の魔術を使うなら何も問題はない。


 だが、火と風を組み合わせるなどの場合、暗記だけではどうにもならないのだ。ただ、その法則性が分かれば、いろんな魔術を自分で作れるようになるらしい。


 そして付与魔術も組み合わせの魔術だ。付与する魔術の魔術式、付与する為の魔術式、そして効果を持続する為の魔術式と三ついるという。


 そういう事を思い出しながらウィリアムからの質問に答える。完全に授業モードに入ってしまっている。ウィリアムは結構スパルタ系なのだ。

 ウィリアムは麗佳が大体覚えているのを聞いて安心したように、にっこりと笑う。


「先ほど言った魔道具というのはその付与魔術を一定に付与するための魔道具なんです」

「先ほどのレイカとの話から考えると相当難しそうだな。そんなものが出来るのか?」

「多分、元々は魔獣駆除用の剣を作るものだったんでしょうね。それの対象を一人の魔族に限定して改造し、今のこの魔剣を作っている」

「魔獣駆除用の剣ってだいぶ昔に流行ったやつだよな」

「そうですね」


 ヴィシュ王国は相変わらず魔術レベルが遅れている、とオイヴァとウィリアムは言い合う。もし、新しく設立されたヴェーアル王宮魔術師のメンバーが聞いたら落ち込んでしまうかもしれない。まあ、麗佳もその王宮魔術師の副魔術師長をやっているのだが。


 王宮魔術師団設立当初は『そんなものいらない! 魔法で十分だ』と言ってくる魔族が多かった。


 だが、オイヴァに『ヴィシュ王国や勇者は魔術を使う。その対策だ』と言われ、黙る事になった。数ヶ月前の麗佳の侵入、そしてこの間のウティレの侵入も彼らを黙らせるのを後押ししてくれた。


 麗佳があの国に入る事が出来たのはオイヴァが許可した結果なのだが、大多数の魔族はそんな事は知らない。ただ、城の者達を魔術で眠らせて入り込んだのは真実だ。その中には王宮魔法使いも数人いたらしい。


「王妃殿下はまだその魔道具を知りませんでしたね」


 ウィリアムがそう言って一冊の古い本を見せてくれる。魔剣が主流だった時代に生まれた魔道具らしい。魔力を持った動物、魔獣を駆除するために人間が編み出したもの、と書かれている。


 これはこれで残虐なものだ。まだ幼体の魔獣を捕らえて、血を吸い取り、その種類の魔獣を狩るための魔道具を作る。そしてその幼体は最初の犠牲になるのだ。


 だが、読んでいて疑問が浮かぶ。血はその動物の種類を特定するために使うのだ。魔族全員ならともかく、魔王個人だけを特定するために血がいるのだろうか。


 そう尋ねると、ウィリアムはうなずく。種族というおおざっぱな分け方から血の細かいところまで調べて殺す相手を絞り込む。それだけの改良は出来たようだ。剣はよく出来ている、とウィリアムも認めている。


「それで? 解術の魔術式は出来たのか?」


 オイヴァが肝心な事を聞いた。確かにそれは大事だ。


「出来ましたよ。先ほどきちんと解いておきました」


 それにウィリアムはさらりと答える。その言葉に麗佳もオイヴァもほっと息をついた。でも念のために二人で解析する。その後で、さすがウィリアムだ! と大絶賛し合った。


 しかし話はそれでは終わらなかった。


「気を抜いている場合ではありません、王妃殿下。今回は僕が解きましたが、次からは殿下が解くのですから」

「え!?」


 つい、驚きで声を出してしまった。ウィリアムが呆れたようにため息をつく。


「何を驚いているんです? 当たり前でしょう。魔族が解けないように対策をしてあるんですから。私は対勇者との戦いには関与しませんし、魔力量からいって殿下が一番最適です」


 淡々とした声で厳しい事を言う。


 当たり前だ。勇者を殺すのではなく救うとはいえ、接触は避けられない。そして、剣の効能を無効にしなければ危なすぎて交渉にすら入れない。


「ですから、今日から付与魔術の基礎に入ります。それだけの実力はありますからね」

「はい」

「教える事が増えるのですから、覚悟しておいてくださいね。課題もたくさん出しますから」


 やはりウィリアムはスパルタだった。

 がっくり、とうなだれたいが、そうしてはいられない。


 次の勇者が来る事が現実として見えて来た以上、こちらは万全の構えをしておかなければいけないのだ。


 オイヴァがしっかりと麗佳の方を見てくる。麗佳は一つうなずいてそれに答えた。

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