尋問
オイヴァに続いて部屋に入った麗佳に向かって、鋭い攻撃魔術が放たれた。
麗佳がそれに対処する前にオイヴァがそれを防ぎ、お返しに強い魔力封じの魔法をかける。
侵入者は魔法封じの檻に入れられている。それで麗佳にもどうしてこんな事になったのか分かった。
その直後に見えた侵入者の変化で麗佳の疑念は確信となった。
机の上には何故か怪しげな魔道具が二つ置かれている。侵入者が持っていたものを没収したのだろう。
「よくも、私の可愛い妃を攻撃してくれたな」
オイヴァは侵入者を厳しい目で睨みつけた。『魔王』の恐ろしい目に射すくめられ、侵入者はがたがたと震えている。
侵入者のその様子を見て、オイヴァは興味をなくしたらしく、隠密に目を移す。彼らにも注意する必要があるからだ。
彼らの名前を麗佳は知らない。呼ぶときは役職で呼ぶのだ。
「お前たち、魔力封じは相手を確認した上でかけろ。万が一、王妃に当たっていたら責任取れるのか?」
「申し訳ありません。国王陛下、これは全て私の責任です。王妃殿下、恐ろしい目に遭わせてしまって申し訳ありませんでした」
「大丈夫よ。でも、これからは気をつけて頂戴ね」
「はい」
隠密の長がオイヴァと麗佳に最上級の礼を取った。
他の者がオイヴァの命令に従い、彼を『魔王陛下』と呼ぶ中で、この長だけは彼のことを『国王陛下』と呼んでいる。元来頑固な男なのだ。
「国王……だと?」
侵入者が呆然としている。オイヴァは冷たい調子で小さく笑った。どう聞いても侵入者を嘲笑っている声だ。
それにしてもきちんと簡易の王冠までかぶっているのに、今まで気づかなかったのだろうか。
「そうだ。私はこの国の国王、オイヴァ・ヴェーアル。以後お見知り置きを」
わざと丁寧な調子で挨拶をしている。そういえば、麗佳との初対面でも同じような挨拶をされた事を思い出す。
「なんで……魔王が……」
「私が出てこないとでも思ったか? 愚かな」
「お、愚かだと!? 女まで連れて! 自慢か!? 見せつけてるのか!?」
侵入者がヴィシュ語で話し始めた。途中から日本語に聞こえたのは、麗佳と隠密に聞かせるために、オイヴァが通訳魔法でも使ったのだろう。
オイヴァが横目でちらりと麗佳を見る。『ほれ見ろ』とでも言われそうな雰囲気だ。
「自慢ですって? 陛下が狙われているのに、王妃であるわたくしが大人しくしていられるわけがないでしょう? ですから同行させていただきましたの」
ふふっ、と楽しそうに笑う。もちろんわざとだ。
「それで? あなたは人間なのね」
次の麗佳の言葉に侵入者と新入りの隠密たちがギョッとした顔をする。ただ、オイヴァと熟練した隠密達はあまり驚いていない。先ほど彼がヴィシュ語で話していたのもあるので気づいていたのだろう。
「な、何言ってるんだ! 人間はお前だろう」
「ええ、わたくしは人間ですわ。あなたもでしょう?」
「そんなわけないだろう!? この目が何色に見えるんだ!」
侵入者は勝ち誇った顔でそんな事を言う。だが、麗佳にはそんなものは通じない。彼が『魔術』を使ったと気づいた時点で彼の幻影は麗佳には全く効かなくなっている。
「わたくしには……茶色に見えますわね。ダークブラウン、と言ったほうがわかりやすいかしら?」
さらりと現実を突きつけた。侵入者がうろたえる。その隙に彼の魔術を解いてあげた。
「ひ、妃殿下。これは……」
一番の新入りという隠密が呆然としている。状況の分かっていない侵入者に手鏡を見せてあげると顔色を青くした。
「こ、これが解けるわけ……」
「残念ながらわたくしは『人間』ですわ。そう言うということは魔法対策はしていたのね。本当に残念だこと」
思い切り見下してやる。これで王妃らしく見えたら嬉しい。心の中ではあっかんべーをしているのだが。
この男はきっと元々はアーッレ王の手下か何かだったのだろう。そして、彼と手を結んでいるプロテルス公爵に預けられた。そうして魔王城に送られたのだろう。プロテルス公爵はこの国の筆頭貴族だったのだ。抜け道くらい知っているのだろう。
そう考えると、とても腹がたつ。
「それで? この男の名は聞いたのか?」
「はい、『ウティレ』だそうです」
「苗字は?」
「それが……答えないのです。『自分は平民だ』と言って」
「そうか」
どうやらこの男は嘘つきのようだ。先程魔族に化けていた事といい、警戒が必要だろう。
「お前は本当に平民なのか?」
オイヴァがウティレに尋ねる。
「ああ、そうだ」
「その割には発音が平民のそれではないな」
「なんだと!? お前らは何なんだ! 俺を疑いまくって!」
「仕方がありませんわ。先程からあなた嘘ばかりついているんですもの」
さらりと言い返す。ウティレの顔が赤くなった。
「お、俺の目を見ろよ、王妃様! これが嘘ついている目か?」
「……色からして嘘だったくせに」
思わず日本語で出てしまった突っ込みにウティレがさらに真っ赤になる。オイヴァが思い切り噴き出した。 隠密の何人かも肩を震わせている。
「それで? お前は何者だ?」
オイヴァが冷たい声で聞く。さらりと空気を変えるところはさすが国王だと思う。
「え、えっと……」
ウティレが口をつぐんだ。どうやって嘘を吐こうか考えているようだ。
「早く答えなさい、ウティレ!」
麗佳も厳しい声で追い打ちをかけてあげた。
「えっと……お、俺は……」
突然しくしくと泣き出した。そんな事をされても反応に困るだけだ。ウティレは一体何がしたいのだろう。
「レイカ、反応するな。あれは嘘泣きだ」
オイヴァが隣からそっとささやいてくる。
つまり、魔王妃の同情を買おう作戦なのだろう。かなりあざとい。というか女々しい。いや、情けない。
「泣いても逃がしてはやらんぞ」
隠密の長が呆れ顔で言っている。
「お、俺は……確かにヴィシュ人です。でも、悪い魔族に騙されて奴隷扱いをされているんです」
「そうなのか? それで今日は何をしに来た? この者の話では私達の寝室に侵入しようとしていたみたいだが」
オイヴァの質問に、ウティレは一瞬言葉につまり、また嘘泣きを始める。つまりこの嘘泣きは、嘘発言を考える為の間なのだと分かった。
そういうものは事前に準備しておくべきだ。この刺客は馬鹿なのだろうか。いや、間違いなく馬鹿なのだろう。
「ウティレ、泣いていてばかりでは何も分からないでしょう? 最初からゆっくり本当の事をお話しなさい。そうでなければわたくし達もどうしたらいいのか分からないわ。あなたの問題を解決する事も出来ないの」
穏やかに聞こえるような声でうながす。尋問には鞭以外に飴も必要だと教わった。気はすすまないが、飴役には自分が最適だろう。
まあ、その飴役も味方ではないのだが。
「今日は……その……その魔族に頼まれて……えっと……偵察に」
「こんなものを持ってか?」
そう言って隠密が指し示したものは二つの魔道具だった。これは麗佳も先ほどからずっと気になっていた。一つの中身は空っぽで、もう一つには何やら液体が満たされている。何かの魔法薬だろうか。
「なるほど。これは……」
ささっと一つの魔道具に入っている薬を解析したオイヴァがつぶやく。そしてちらりとウティレの方を見る。
「し、痺れ薬!? 何の事でしょう? 俺はただこれを悪い魔族に渡されただけで中身は……」
何も聞いていないのにペラペラと喋りだした。これは先ほどまでのやり取りで考えるに嘘なのだ。それ以前にオイヴァはまだ中身については何も話していない。
「あら、これは痺れ薬なのですか?」
さらりと指摘してやると、『しまった!』とでもいうような顔をした。このドジな男は口とは違い顔は素直だ。隣のオイヴァが見せつけるように、にやりと笑った。
「誰に使うつもりだった?」
「だ、誰にも……あ、いや、見張りに……えっと……」
もごもごとごまかしているウティレを見て、オイヴァが不機嫌そうに舌打ちをする。
「こうすれば素直に話してくれるか?」
次の瞬間、ウティレが悲鳴を上げる。彼の周りにはアニメなどでよく見る電撃が舞っていた。
こういう電撃は、こちらでは雷魔法と呼ばれる。電気のない時代に発明されたからだ。
あまりにも痛そうなその光景に耐えられなくなり、麗佳はそっと持っていた扇子を開く。そうしてそっと視界を狭めた。
何故かウティレがこちらをみて『ひぃ!』と声をあげた。麗佳は何もしていないのに失礼な男だ。
そんな事を考えていた麗佳には、扇越しに笑いをこらえていると勘違いされている事など想像もつかなかったのだ。
たっぷりと攻撃を受け、ウティレはやっと素直に自分の背景を話し出した。
彼はとある伯爵家の末っ子で後妻の子だと言う。おまけに後妻の力が弱く、精神的にも弱い女性だったため、ウティレを生んですぐに死んでしまった。
その後、前妻の子供に虐げられていたらしい。ウティレが他の子供より魔力を持っている事でやっかみの対象にもなっているようだ。おまけに父親も庇ってくれない。
そして、その境遇と魔力の多さに目を付けたのがアーッレだったらしい。
何と駒にしやすい背景だろうと麗佳は逆に感心してしまう。
死んでも自分には何の影響もなく、貴族の令息という事で魔族も責められる。正直ヴェーアル王国側には面倒くさい身分だ。
これはヴィシュに返すわけにはいかない。
「それで? お前はどうしてプロテルス公爵の所へ? さっき言ってた『奴隷』ではないんだろう?」
「似たような境遇でしたけどね」
ウティレがぽつりとつぶやいた。どうやらかなり冷遇されていたようだ。
ウティレが話したのは先ほど麗佳が予想した通りの話だった。それでも人間だというのが公爵には気に入らないらしく、ひどい扱いを受けていたと言っている。
魔道具はアーッレ王が用意したらしい。それでオイヴァの血を抜き取ってやるつもりだったようだ。それも痺れ薬で動けなくした上で。
ついでに、寝室に他に誰かがいたら、その者にも痺れ薬を投与して、もし魔王が抵抗した時の人質にする予定だったと言う。
つまりそれは麗佳の事だ。
それを聞いたオイヴァの眉が潜まっている。
「我が妃を人質にする、と?」
「い、いや、その……人間がいるなんて思ってもみなくて……。陛下はそんな事言ってなかった!」
「魔族ならいいと言うのか!」
どうして怒っているのかはよく分かる。リアナがいた可能性があるからだ。リアナは今のところは王位継承第一位にいる。重要な話をするために魔王の部屋で話し合いをする事もある。
もちろんそんな大事な事を口にするほど、魔王夫妻は軽率ではない。でも、腹立つものは腹立つのでしっかりと睨みつける。
オイヴァが静かに真実を話しだした。その『血』が何に使われるのか、彼は知らなければいけないのだ。知っていたら許すつもりはない。
「そんな……まさかそんな非人道的な……」
どうやらウティレは血の用途は知らされていなかったらしい。呆然としている。
だったら彼はどう考えていたのだろう、と気になって尋ねる。ウティレはもし魔王が邪悪な力を持って王都を滅ぼそうとした時に、その血を使って彼の魔法を食い止める魔術を使うのだと思っていたようだ。
邪悪な力って何よ! と怒鳴りたかったが我慢しておく。
これにはオイヴァが納得したような表情をしている。『あの魔術か』とつぶやいたところを見ると、心当たりがあるのだろう。後で聞いてみるつもりだ。
「それにしても、どうしてあなたがたはそんな大事な事を知っているんですか。憶測ではないのですか?」
「実物が城にある。まさに『勇者』から没収した物が、な」
そう言ってすごむ。ウティレは真っ青になってがたがたと震えている。
勇者から魔剣を没収した。そう聞けば、その勇者は殺されているか投獄されていると思うのが自然なのだろう。実際には寝返ってここにいるのだが。
「ウティレ、お前は隣国の国王の殺害に手を貸そうとしていたんだぞ」
隠密が静かに真実を告げる。隣にいる麗佳は、そっとオイヴァの手に自分の手を重ねた。そして不安そうな表情で自分の夫を見上げた。
それだけでウティレは罪悪感に苛まれたようだ。無理もない。麗佳達は『この王は臣下や家族に大切にされていますよ』というアピールをしたのだから。
「それであなた方は私をどうするおつもりですか? やはり殺すのですか?」
自業自得の可哀想なウティレはびくびくと怯えている。オイヴァはそれを見ながら冷たい笑みを見せる。
「血は、あちらに送ろう」
彼の思いがけない言葉に、その言葉を発した本人以外がぎょっとする。
「いや、ちょっと何言ってるの!」
つい日本語が飛び出してしまう。
「落ち着け、王妃」
そう言われても落ち着けるものではない。とりあえず後で文句は言うつもりだ。
「おいおい、この魔王、正気かよ」
ウティレがぽつりとつぶやいた。それはこの部屋にいる全員の気持ちだったのだろう。
「正気だよ」
オイヴァが得意そうに言った。そうして隠密の手から魔道具を取り上げる。そうしてゆっくりとウティレに歩み寄り、彼の服の袖をまくった。
それでみんなには魔王が何をするか分かった。
部屋のどこかで息を飲む音が聞こえる。麗佳にも全ての動きがスローモーションに見えた。
次の瞬間、ウティレの悲鳴が部屋全体に響き渡った。




