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勇者による召喚勇者救出大作戦  作者: ちかえ
第2章 魔王の妃として
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愚かで弱い王

 もう、元の世界の人間には戻れない。後戻りなど許されない。


 オイヴァのかける『魔力増幅の儀式』の魔法を浴びながら麗佳が思った事はそれだった。


 これからはオイヴァの側で彼の妃として生きていく。それが自分の新しい人生なのだ、と。


「ゆっくり歳をとっていくって、なんかエルフみたいねぇ」


 結婚記念舞踏会、いわゆる『披露宴』の席でオブメーラ酒をかたむけながら姉の早紀がしみじみと言った。こういうとんでもない事をさらりと受け入れる自分の家族はすごい、と麗佳は素直に感心する。


 今、姉が飲んでいるお酒は幼なじみの隼人が注いだ。給仕以外がオブメーラのお酒を注ぐ意味を知った彼が嬉々として姉のグラスを満たしたのだ。隼人は幼い頃から姉一筋だったから無理もないのだろう。


 ちなみに隼人の行動は、周りの人には生暖かい目で見守られていた。『若いっていいわねえ』などとイシアル王国の王妃が言っていたのを麗佳は聞いてしまっていた。身内の事なので少し恥ずかしい。


 ちなみに隼人が姉に惚れているのは加藤家では周知の真実だったので、彼は麗佳の身内同然なのだ。


 他の家族は、今、ミュコス国の人たちとお喋りをしている。ミュコス人と日本人は顔が結構似ているのでとけ込みやすい。横目でちらりと見たところでは気が合うようだ。今はスマホを手に何やら話をしている。この世界の人間にはスマートフォンというものは珍しいのだろう。


 それにしてもエルフという単語が姉の口から聞けるとは思っていなかった。麗佳の本棚にあるファンタジー小説でも読んだのだろうか。


 この世界でもエルフは知られている。ただ、架空の生き物としてだが。麗佳も国語の授業で子供向けの詩や物語を暗唱させられたのでよく知っている。


「私、耳は尖ってないからね?」

「何だ、尖らせたいのか? 魔法を使えば出来るけど」


 いきなりオイヴァが話に入り込んで来た。


「もうオイヴァ様ったら。今、お姉さまとお話ししておりますのに……」


 苦言を言いながらも拒否する雰囲気を出さないのは仲良しアピールの為だ。そしてさっと言葉を魔族語に変える。


 ちなみに、公式の場ではオイヴァの事は様付けで呼んでいる。大体の女性の王族が配偶者の事をそうやって呼んでいるからだ。ただ、様付けを忘れたとしても、イシアルの王妃あたりに『若いっていいわねえ』と微笑ましそうに言われる程度なのだが。


「それで? 何の話だ?」

「『魔力増幅の儀式』のお話ですわ」


 素直に答える。


「それで『エルフ』か。何の話かと思ったよ」


 その言葉だけでオイヴァが理解してくれるのはとてもありがたい。


 『魔力増幅の儀式』というのは、人間の体を魔族の魔力に合う体に作り替える魔法だ。同時に魔法をかける相手の魔力を大量に受け取る――自分の新しい魔力のベースになる――ので『魔力増幅の儀式』と呼ばれる。


 同時に長寿の魔法もかけてもらったので、今、麗佳の体は姉の言った通り、エルフのようになっている。まあ、こちらの世界ではエルフではなく魔族と似たような歳の取り方になるのだが。


 この魔法をかけなければ麗佳はオイヴァの子供を産めない。体が魔族の魔力に負けてしまうのだ。結果、自分も子も死ぬ事になる。そんなのでは結婚した意味がないし、自分自身も嫌なので儀式を受ける事にうなずいたのだ。


 元々は、魔族の魔力を受け継ぐ人間から、その魔力を奪い取り、普通の魔力だけを持つ人間か、魔力なしの人間の体に作り替える魔法が主になっているらしい。それは麗佳が受けたのとは逆に『魔力消しの儀式』と呼ばれる。


 この『魔力消しの儀式』をやっているのはアイハ王国だ。どうやらこの国は魔族との婚姻で得た魔力を外に出したくないらしい。なので、王女が嫁ぐ時に儀式をするのだそうだ。


 初めて聞いた時には『そこまで独占したいのか』と思った。だが、アイハの王族に現れる副作用を知って納得した。どうやら魔力が上手く混じらず、何故か負の心に引きずられ、凶悪な性格になる王族が何人かいるらしい。


 実際、オイヴァの従兄だという昔のアイハの王も同じように苦しみ、その子供たちによって葬られたと聞いている。


 そこまでして強い魔力が欲しいのかと呆れてしまう。他国の事なのでいいが、もしそれにリアナを巻き込むのなら許すつもりはない。とは言っても『長老陛下』がリアナを呼ぶ事に反対しているので大丈夫だろう。


 ちなみに先ほど『長老陛下』には二人で挨拶をしてきた。『長老陛下』はいわゆる好々爺だった。だが、話を聞く限りでは敵にまわしてはいけない人物なので礼儀には気をつけるつもりだ。


「普通の民から、それも異世界から王家に入るには並大抵の苦労ではすまないが、頑張った分得るものはたくさんある。わたしも海の向こうから応援しているよ、ヴェーアルの若き王妃殿下」


 ただ、もらったその言葉は嬉しいものだった。間違いなく彼は賢王だったのだろう事がその言葉だけでよく分かった。


 そんな事を考えながら姉と夫と談笑する。主にこの世界に生きる生き物の話だ。エルフは架空の生き物で子供向けの本によく出てくるという話から、南半球には獣人がいるという話までした。姉は興味深そうにそれを聞いている。


「麗佳はその獣人に会った事あるの?」

「ないよ。獣人さんはこっちまで来ないもん。南の方には行った事ないし」


「じゃあ、いつか連れて行ってあげるよ。ネコ科の獣人達にはある程度顔がきくから」


「まあ! 本当ですか!? ありがとうございます、オイヴァ様!」


 猫と聞いてつい興奮してしまう。猫は大好きだ。その時の麗佳はネコ科には猫ばかりでなく、ライオンや豹などがいる事をすっかり忘れていた。


 行けるのは勇者問題が解決してからだろう。それでもとても楽しみだ。


 そのワクワクしている気持ちが伝わったのだろう。オイヴァがまた頭を撫でてくれる。最近なんだかその手が心地よくなってきた。


「ずいぶん仲がよろしいのですね、魔王ご夫妻」


 そんな楽しい気持ちを嫌な声が一瞬でぶち壊した。オイヴァがすぐに麗佳を背に庇う。


「これはこれは、アーッレ陛下。初めまして、と言えばよろしいですか?」


 このオイヴァは、麗佳が会ったばかりの頃のオイヴァだ。麗佳には後姿しか見えないが、ハンニの言うところの『冷ややかな笑み』を浮かべている事はすぐに分かる。


 俺様王の名前はアーッレというらしい。麗佳は初めて知った。かなり特徴的な名前だから一度聞いたら忘れないはずだ。つまり彼は麗佳の召喚時に名乗らなかったのだろう。


「それにしても、まさか魔族の首領であるあなたが勇者を誘惑するとは思いませんでしたよ。彼女も可哀想に。遊ばれたあげく、いずれ捨てられる運命だとは」


 わざと大きな声で嘘を風潮する。おまけに各国の王族がいる前で。


「何を言ってるんです? 私は彼女の心の清らかさに惹かれて妃にしたのですよ。捨てるなんてとんでもない。一生大切にしますよ」


 私の心のどこが清らかなのだろう。


 麗佳はその言葉を心の中だけに留めておく。言ったら、アーッレ王がまたごちゃごちゃ言ってくる気がしたのだ。


「それから、私はこの国の『国王』です。お間違えのないよう」


 冷たい声が広間に響く。当たり前だ。


「そういえばアーッレ陛下は、レイカに、この国を『魔王領』と説明したそうですね。勇者時代のレイカから聞いて驚きましたよ。あなたがそんなに無知だとは」


 そう残酷に言い放つ。さすがだ。言いたい事はただ一つ。『あなたみたいな愚か者によく『国王』が勤まりますね』だ。


 これに関しては麗佳も同感だ。まあ、まんまと騙されていた麗佳も相当間抜けなのだが。


「アーッレ陛下はずいぶんこの国に対して不満があるようですね。あなたさえよければ『王族同士の決闘』で決着を付けてもいいんですよ」


 『魔王』が冷笑と共に口にした言葉に広間はざわめいた。


 間違いなくこれは挑発だ。それもアーッレ王が絶対に乗れないもの。オイヴァ(魔王)がアーッレ王より強い事はここにいるみんなが知っていた。


 『王族同士の決闘』というのは、その名の通り、魔力持ちの王族同士が国をかけて魔術で戦う決闘だ。互いの国の民を巻き込まないようにとの配慮から生まれたものだ、と授業で習った。


 確か最後にその決闘が行われたのは三百年以上も前だったはずだ。世界史でさらっとやっただけなのでうろ覚えだが、少なくともオイヴァが生まれるよりは前だ。

 その珍しさと、ついに『魔王』がキレた、という事で広間は騒然となっている。


 観客側なら『うわぁ。すごい迫力だなぁ』ですませる事が出来るのだが、今の麗佳は当事者だ。


 黙って一歩進み、オイヴァの隣に並ぶ。そうして無言でアーッレ王を睨みつけた。


「この裏切り者が!」


 アーッレ王は今度は麗佳に噛み付いた。つい、びくっ! としそうになるが、オイヴァが背を撫でて宥めてくれる。それで少し冷静になれた。


 だが、オイヴァのその行為はアーッレには挑発にうつったようだ。麗佳とは逆に興奮している。


「貴様! おれを馬鹿にしてるのか!」

「何を言っているんですか? あなたが私の妃を脅かしたのでしょう。可哀想に、こんなに怯えてしまって……」


 そんな芝居じみたセリフを言いながら労るように麗佳を引き寄せる。別にびっくりしただけで怯えてはいないのだが、こういう時はそういう事にしておいた方がいいのだろう。これもラブラブ演技の一環だ。


 だから気にしてはいけない、と言い聞かせる。


 だが、そんなものを見せられた方はたまったものではない。アーッレは拳をぷるぷると震わせている。


「貴様……」


 だが、アーッレ王はそれ以上声を出せなかった。オイヴァの口角がゆっくりと上がったからだ。


「決闘、してもいいんですよ?」


 おまけにだめ押しの一言がついてくる。この場での勝敗はそれで決まった。


「決闘などしません。あなたを倒す者はまだたくさんいますから」


 そう言ってくるりと踵を返す。でも逃がすつもりはない。


「また誘拐するのですか?」


 冷たい調子で言った言葉は麗佳の思惑通りアーッレ王の足をこの場に縛り付けた。


 アーッレ王は不機嫌そうに振り返って麗佳を見る。


「裏切り者が偉そうに」


 そう吐き捨てた。彼はそれ以外、麗佳に言う事はないのだろうか。段々腹が立ってくる。


「もし……」


 麗佳本人もびっくりするほど低い声が出た。落ち着け、と自分に言い聞かせる。


「何だというのだ」

「もし、本当に魔族がヴィシュに侵攻していたのなら、平和への橋渡しくらいはするつもりでいましたよ」


 今思えば、あの時の麗佳はかなり甘い考えを持っていた。話し合いで侵略が止まるのなら最初からそんな事はしない。


 もし、本当に魔族がそんな残忍な種族だったら、麗佳は今、生きてはいない。


 だが、そんな事は言ってやらない。彼が知る必要もない事だ。


「オイヴァ様に会って、先代陛下にもお会いして、わたくしにはあなた達のためにやる事は何一つないと分かったのです。今後もあなた達の為に動く事は未来永劫ないと思っていただけるとありがたいですわ」


 静かに、静かに現実を突きつける。そして最後に、にっこりと笑いかけた。もちろん嫌みだ。


 アーッレ王は鼻を一つ鳴らしただけで去って行った。麗佳はしばらくオイヴァと一緒に彼の後姿を睨みつけた。


 ふと、アーッレ王がとある一角を見た。そしてぎくりと身を縮こまらしている。


 麗佳もそちらを見て納得した。加藤家のみんなだ。麗佳の両親、祖父母、未来の義兄がアーッレ王に鋭い怒気を放っていた。おまけに家族の側にいるミュコス国の人達も一緒にアーッレ王を睨んでくれている。


 カムフラージュをしてくれているのだろうか。彼女達の行為はとても嬉しいものだった。


「レイカ、そろそろ移動しようか。今日は珍しい飲み物も用意してあるんだよ。一緒に飲もうか。お前も疲れただろう」

「ありがとうございます、オイヴァ様。是非いただきたいですわ」


 それで次の行動は決まった。麗佳とオイヴァは姉に挨拶をしてから飲み物の給仕のところへ向かう。ミュコス人の男性がすぐに気づいて姉に話しかけてくれたので任せる事にする。ただ、お礼はちゃんと言った。


 隼人が不満そうな顔をしているのが見えて笑ってしまう。おおかた『早紀ちゃんはオレのだ!』とでも思っているのだろう。


 もう先ほどの嫌な出来事は綺麗さっぱり忘れる事にする。今は楽しい楽しい披露宴なのだ。


「ところで、それはどんな飲み物なの?」

「南の方の国から取り寄せた果物で作ったジュースだよ。結構甘めだからレイカは気に入るんじゃないかな」

「素敵! 飲むのがとても楽しみですわ」


 麗佳は心からそう言って夫に微笑みかけた。

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