93話
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追記
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そのころ劉邦は、沛の居室で寝込んでいた。
「うぅ、雍歯の野郎……。ぶっ殺してやる……」
「勘気は身体に毒です。先ずはしっかり休み、病を癒すことお考え下さい」
「くそう、情けねぇ……。こんな時に風邪なんぞ……。あの野郎、煮殺して喰ってやる」
ため息混じりの蕭何の声も届かず、雍歯という男への恨み節がうわ言のように繰り返される。
沛公となった劉邦は、地盤を固めるため近隣の邑へと兵を繰り出した。
しかし泗水郡の官軍を相手に勝ったり負けたりを繰り返し、思うようにその勢力を伸ばせずにいた。
それでも故郷の豊邑で官軍を降し、その勢いに乗り胡陵を落とした。
さらに近隣の邑を傘下に収めるなど、漸く躍進への足掛かりを掴み掛けた時、故郷が裏切った。
昔馴染みの雍歯が豊邑の民を説得して離反し、魏に付いた。
陳王から旧魏の制圧を任された周市は五度の使者の往復による粘り強い交渉で亡魏の公子の兄弟、魏咎と魏豹を平定の進む旧魏に迎え、兄魏咎を王とし魏を復興、独立した。
さらに勢力の拡大を目指す周市は、旧斉の地へ侵入しその版図を拡げようとした。
しかし斉国の領地回復に努める斉王田儋率いる斉軍と戦闘になり、敗れた周市は斉王に使者を送って和平を結び、斉を離れた。
その後、周市は泗水郡に目標を変えた。
ここで周市は先ず各地へ使者を送り恭順を促した。
豊邑へも使者が現れ、劉邦に留守を任されていた雍歯を誘う。
「豊邑は元は魏人が移り住んだ地。今再び魏は興り、数十の城が平定されました。今ここで貴方が魏に降れば侯としてこの豊邑を守らせましょう。降らぬのなら直ちに滅ぶこととなりましょう」
もともと劉邦と雍歯は王陵という男の下で任侠の仲間であった。
――大きな口を叩くが、たいした男ではない
沛の有力な家の生まれの雍歯は劉邦に対しそう思い、見下していた。
賦役の引率となり、道途中で行方を晦ましたと聞いたときは、
――所詮、賊が似合いの小物よ。どこかで野垂れ死ぬだろうさ。
と冷笑した。
ところが突然沛に戻ってきたと思えば瞬く間に県令の座を奪い、沛公などと呼ばれ讃えられるようになった。
雍歯自身もこれに流され従うこととなったが忸怩たる思いは増すばかりである。
従った後も、劉邦が器の大きさを示さんばかりに配下ではなく昔馴染みとして接してくるのも気に障った。
そんな鬱々とした日々を送っていた折に周市からの使者が現れ、雍歯はその言葉に飛びついた。
「今、魏に従わねば豊邑は滅ぼされる」
住民達を半ば脅すように説得し、魏兵の支援を受け入れ劉邦に対して門を閉ざした。
その後、方与の邑も魏に帰順し、いよいよ孤立し始めた劉邦軍は周市率いる魏軍と絶望的な決戦となるかという時、突然魏軍は踵を返し西へと帰っていった。
劉邦たちは後で知るが、この時秦の章邯が陳の城を落とし、魏に向かい軍を進めていた。
周市はこれを国家の危機と見て泗水郡の攻略を中断。魏王の元へ急ぎ引き返したのであった。
そんなことは知らない劉邦はこれを幸いとして領地回復のため、そして裏切りへの報復のため豊邑を攻めるが、そう高くもない豊邑の城壁が抜けず一旦沛へと戻るしかなくなった。
そして沛に戻った途端、病にかかり寝込んでしまった。
「ふぅ……ふぅ、大体なんで大した城壁もねえ邑が落ちねえんだ! なんで豊邑の奴等は俺を裏切る?! 故郷だぞ! 故郷!」
熱のためか、憤怒か、紅い顔で劉邦は喚く。
「魏の残した支援も厚く、民も雍歯の指揮でよく纏まっているようです。それにご自身の今までを鑑みてください」
「なにぃ?」
蕭何の冷静さが余計に苛立たせる。
「仕事はせず、田畑は耕さず、金をせびり、酒を喰らっては喧嘩に明け暮れ、ふらっとどこかの客になったかと思えばまた戻り、やっとのことで亭長の職に就いたと思えば賦役の引率を投げ出し、山で賊まがい」
劉邦は寝床から手を伸ばして、蕭何の言葉を止める。
「最後のは俺のせいじゃねぇ。しかしもういい、わかった……。つまり俺の故郷での評判は……」
「最低ですな」
「くっ……」
「沛の令になってからは、励んでおられると思いますが。人の性根はそう簡単には変わらぬと思っているのでは」
「くそぅ! 豊邑の奴等全員ぶっ殺してやる!」
寝床を飛び起き、部屋を出ようとする劉邦を蕭何は羽交い絞めにして必死に止める。
「お待ちください! 落ち着いてください!」
そこへ夏侯嬰がやって来た。
「お、沛公、病は癒えたのですか? 元気そうだ」
「やかましいぞ嬰! お前も来い! もう一度豊邑を攻めるぞ!」
劉邦が拳を振り上げて叫ぶが、夏候嬰は困ったように頭を掻き、
「沛公、そのことなんだが……。曹参殿や周勃殿とも話したが、やはり兵が足りん」
劉邦の兵は未だ五千に届かず、豊邑という大きくもない邑を取り囲むにも足りぬのが現状である。
「うっ……そうは言われても土から兵が生えてくるわけでなし……。手持ちでなんとかするしかねぇじゃねえか……」
本人も分かっているのか、振り上げた拳を降ろし意気消沈して腰掛ける。
「気が進まぬが一つ案があります」
「曹参」
いつの間にか入口に立って劉邦が落ち着くのを待っていた曹参が話し始めた。
「なんだ。雍歯の野郎を殺せるなら何でもやるぜ」
曹参は劉邦の目の据わり様を見て本気の度合いを知り、提案する。
「隣の県、留県に楚の王がいます」
「楚の王? 張楚でなくか? 陳王は秦軍に呑み込まれた後、行方知れずと聞いたぞ」
劉邦は訝しみ曹参に問う。
「いえ陳王の敗退後、楚王を名乗る者が現れ、 留で広く連携を求めているようです。現状でもそれなりに兵力を有しており、頭を下げれば兵が借りられるかもしれません」
「傘下に入るってことか……」
曹参もそこが悩ましく、どのような扱いを受けるかわからない。
「まぁ、いいか。留へ行く。兵をたんまり借りて雍歯に目に物見せてやる」
劉邦はさして悩まず軽く言い、周囲を驚かせた。
「よろしいのですか?」
「善いも悪いもそれしか手がねえならそうするさ。それに曹参の言葉を聞いている内に病が癒えたようだ。これは吉兆だぜ。留に向かうと何かがある」
そう言って立ち上る。
先ほどまでと違い、顔色は良くなり、目に力を感じる。どうやら本当に回復したらしい。
「さて急いで支度をして、吉兆を拾いに行こうかね」
劉邦は大きく伸びをして、ニヤリと笑った。
そして留へ向かう道中、劉邦の生涯を変える天下の英才と出逢う。
「おっいい女…………のような男かよ!」




