3話
俺の自己紹介に二人は眉をひそめた。
「兄上、この男は名を田中といい、賊に襲われていたところを拾いました。
遠縁の一族かと思いましたが、訛りが酷いのか、所々わからない言葉を使います。しかし、大体理解できます」
田横が説明してくれる。
そう、俺は元々中国語をわりと話せたがここは古代中国、現代中国語と違いがあった。
しかし何故だかしっかり通じる。
たまに日本語が出てしまうので理解不能な時があるようだ。
因みに薄々感づいているけど、この人達は歴史に名を刻んだ人物達だ。
「田中よ、お前はどこから来たのだ?」
従兄さんが訊ねる。
「えーと、遠い東の島からです」
日本は今何時代だ?この人達が俺の推測通りなら弥生時代か?
お兄さんが思案しながら、
「東ですか…。斉は湣王の時代、楽毅率いる五ヵ国の連合軍に攻められ、ほとんどの城や邑が奪われました。その時、多くの田氏が方々へ散りました。
遠く東の島まで逃げた者もいるでしょう。
それから八十年足らず、その地で世代を重ねていても不思議ではありませんね」
おお、確かに弥生時代には鉄器文化が普及してきたはず。大陸から逃れ、鉄器や稲作を伝えた子孫が再び大陸へ。
あり得ない話ではない。
俺は納得顔で答える。
「そうかもしれません」
残念、正解はタイムスリップでした。絶対当たらんわ。
「島からどうやってここまで?」
「船で海を渡ろうとしましたが途中嵐に会い、気がついたら海岸に一人でした。」
「海を渡った目的は?旅をするには軽装のようですが?」
お兄さん、尋問みたいです。怖いよ。
「新しい技術や文化を学ぼうと。荷物は大半が流され、残りは農村で食料と交換してもらいました。それも尽きて、今は着の身着のままです」
「ふむ、難渋したようだな。まだ名乗っていなかったな。我の名は田儋。この狄の田一族の頭領だ」
従兄さんは田儋。
「私は田栄。田横の兄で分家の主です」
お兄さんは田栄。
そして俺の隣にいるのは田横。
俺の予想通り、この三人は斉の王の末裔。
秦末期の戦乱の中、斉の国を復活させ、独立不羈を守り、最後の最後まで劉邦に抵抗した田氏一族だ。
とはいえ劉邦や項羽に隠れて全然目立たない。知っているのはそのくらいだ。
俺が物思いに耽っていると、
「私達を知っているのですか?」
俺の様子をみて、田栄が訝しむ。
あ、ヤバ。
『はい、知ってますよ!貴方達お三方は王になって斉を復活させますよ』
なんて言えるわけない。
胡散臭過ぎて追放、いや斬られても可笑しくない。
「あ、いえお兄さんが貴方様で?」
「ああ、兄上ではなく従兄と俺が兄弟に見えるか。よく言われるのだ」
田横が苦笑いで応える。
「栄は一見繊細に見えるが、一族の中でも一番肝が太い。剣もよく使い、知恵もある。正に狄の田氏の男だ。
しかもこの見た目だからな。若い女の噂の的だ。
我や横には男か年寄りしか寄ってこんのになぁ」
苦笑いで田儋が肩を竦める。
「まぁ一番の剣の使い手は横ですがね」
田栄が微笑む。
「ところで従兄と兄上は何をお話されていたのか」
田横が話題を変えてくれた。
助かった。
用語解説
湣王
斉の王。宋を滅ぼし燕・楚を攻めて支配下に置いた。秦と共に2強時代を生み、東帝を名乗るが、燕の楽毅に斉が滅亡寸前まで追い詰められ、最後は部下に殺された。
楽毅 (がっき)
中国戦国時代の将。中山国出身で祖国滅亡後、燕国の昭王の招きに応じ、仕官した。
当時秦と並び最強国であった斉に対抗するため、韓、魏、趙、秦の連合軍を率いて即墨と莒の二邑を残し斉全土、七十余の城を攻略した。
政治感覚も優れた春秋戦国時代最高の武将の一人。