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71話

 その後も彭越にビビりながら情報交換していると、やがて宴の準備が整い、俺達は広間へと向かう。


「田中様っ」


 広間に入ると、天女の如き美女が歩み寄って来る。

 蒙琳さんだ。


 久しぶりに見る蒙琳さんに、年甲斐もなく胸が弾む。

 はぁぁ……可愛いなぁ。あんな嬉しそうにしてくれて。いかん、徐々に疎遠になると決めたんだ。ここは冷静に……。


「田中様、長旅でのお務め、ご無事のお戻り、心からお慶び申し上げます」


 蒙琳さんが花が咲いたような、一際美しい笑顔を向けてくれる。心から俺の帰りを喜んでくれているのがわかる。


 この笑顔を向けられて、冷たくできる奴がこの世にいるの? そいつに心はあるの? キッツいなぁ……。


「あ、あり、ありがとうございます。蒙琳殿も健やかであられたこと、まことに喜ばしく存じましゅ」


 噛んだ。


 蒙琳さんは特に訝しむ様子もなかったが、その笑顔を憂いの帯びた顔に変え、俺を労るように問う。


「そういえばお怪我をされたお聞きましたが、大丈夫なのですか?」



 不意に伸ばされた蒙琳さんの手を、思わず避けた。



 あ。




「あ、いえ、怪我は大したことは……。そ、それより、まだ帰ったばかりで旅の疲れが取れてないですかね。あはは……」


「そ、そうですよね。私ったら、お疲れのところをはしゃいでしまって、申し訳ありません……」


 出された手が胸の前で握られる。

 花が萎れていくように、その表情がみるみると陰っていく。



 いかん。これはいかんぞ。


「あの、また疲れが取れましたら文字の練習を見て貰えますか? 旅の最中、文を送ったり書簡を出したりと文字を書く機会が多くありまして、やはりまだちょっと不安かなぁと」


 枯れかけた花がまた咲き誇る。


「はいっ、是非」


 笑顔に戻った蒙琳さんを見て、俺はホッと胸を撫で下ろす。って違う。そうじゃないだろ。


 …………次! 次からにしよう!

 今日は俺の慰労の宴だし!いいよね! 今日は無理! 今日はなし!



 俺の葛藤をよそに、皆が集まり決められた席次の前に立つ。

 彭越、田広、蒙恬、蒙琳、田突、華無傷。


 さて斉の臣下となった俺は、この家の主で王族の田横と、本来主従の関係である。

 なので、主である田横の席が南面を向いた北、従である俺は反対側の北面向きの南に座る。

 が、今回は田横の席が東側、俺の席は西側にある。


 これは賓客をもてなす時の席で、今回は主客、というか友をもてなす私的な宴で、今日は主従の関わりない席である。ということを表しているのだ。

 解説はお馴染み田広さんでした。ありがとうございます。このやり取りも久々だね。



 主の田横が現れ、席の前に立つ。


「今日は田中が役目を終え、華無傷、田突と共に無事帰って来たことを祝い、宴を催した。女性もいるし、近しい者達だけだ。礼を気にせず楽しんでくれ」


 田横が言い終えると料理と酒が運ばれ、皆が座り宴が始まった。


 騒がしいほどではなく、かといって静まりかえるでもなく。心地よい歓談の中、宴は進む。


 あぁ、なんかいいな、こういうの。こんな穏やかな雰囲気は久々だな。

 旅も慣れたし悪くないけど、こう、なんか帰って来たというか。

 帰る場所があるから、旅ができるんだよな。


 ……………………。


 ここは居心地いいよな……。

 慕ってくれる人達、面倒くさいが気のいい爺、気のおけない仲間。

 そして年下なのに、兄のような男。


 ここが俺の、……俺の本当の帰る場所なら良かったんだがなぁ。


 帰れんのかな?

 もし、……もし帰る方法がなかったら……。


 不意に俺の頭の中に、光景が広がる。


 ―――


 俺の肩を抱き、いつもの朗らかな笑顔の田横。

 その隣には嬉しそうに何かを語る田広と不貞腐れたように腕を組む蒙恬が。

 後ろには田突と華無傷が穏やかな表情で控えている。


 田横に肩を押され、よろけながら一歩前に踏み出す。

 その先には。


 日差しを浴びて輝く、亜麻色の髪をした美しい女性が微笑んでいて。


 ―――


 俺は頭を振り、その妄想をかき消す。


 時代の違う人間である俺が、いつまでもいていいのか?



 …………今は考えても仕方がないか。


 帰る方法は探す。

 それでも。

 ここが本当の帰る場所じゃなくても。


 この場所は、この人達は、守りたい。


 守るなんて烏滸(おこ)がましいかもしれないが。

 俺が知ってる歴史を変え、この人達が幸せに暮らす未来を見てみたい。


 俺が帰る方法を探すのは、それからだ。



「どうした、随分眉間に皺を寄せて。疲れているのか?」


 俺の様子を訝しみ、田横が気にかける。


「あ、いえ。蒙恬殿が彭越殿に助けてもらった礼を言いたいと仰ってましてね。いつするのかと」


「ぐっ、田中、お主」


 俺の誤魔化しの言葉に蒙恬が唸る。

 誤魔化しついでで悪いけど、さっきからチラチラ彭越の方を見て、モジモジしてたじゃん。

 さっさとお礼言ってすっきりさせた方がいいよ。

 ぶっちゃけ恋する乙女みたいで気持ち悪いから早く済ませて欲しい。


「依頼を受けてしたことだ。報酬も頂いたしな、別に礼なぞよい。只酒にもありつけた」


 彭越が杯を片手に言い、酒を飲み干す。

 その言葉に蒙恬は一度息を吐き、居住まいを正し、首を振った。


「いや、例え仕事でも命を救ってもらったのは事実だ。あの時礼を言わねばならなんだ。今さらだが礼を言わせて頂く」


 そう言って手を組み、頭を下げた。

 彭越はチラリと蒙恬を見、また酒に視線を戻し、自分の杯に注ぐ。


「……わしの信念に関わる故に、あの時の言を(くつがえ)す気はないが、爺さんの主に対し酷なことを言うた。まぁ、手下に自慢するくらいしか使い道はないが、天下の蒙恬将軍の礼だ、受け取ろう」


 そう言って、また杯を呷る。

 一言多いよ!


「ぐぬぬ……」


 蒙恬が酔いとは違う赤い顔を持ち上げる。


(蒙恬殿、酒の席ですし、彭越殿も大分呑んでるようですし!ね、一応彭越殿も謝罪のような、そうでないようなこと仰ってるではないですか!)


 俺は二人の間に入り、蒙恬を宥める。


 飄々と呑み続ける彭越。

 それを睨み付けようとする蒙恬。

 その視線が届かぬよう、身体で阻止する俺。


 そこへ田横が蒙恬へ歩み寄る。


「蒙恬殿、彭越の照れ隠しの憎まれ口です。蒙恬殿に畏まって礼を言われ、照れているのですよ。俺も若い時は一々頭に来ていた。しかし今、言葉を噛み砕きその真意を探れば、その内容は優しかった」


 そう微笑みかけ、確認するように彭越を見る。


「ふん」


 彭越はばつが悪そうに鼻を鳴らし、田横から視線から逃れるように身体を背け、杯に酒を注いだ。


「ふん、素直でないのう!」


 田横の言葉を聞き、蒙恬は睨むのを止めた。そして同じように鼻を鳴らし、大きめの独り言を呟く。



「貴方もね」


 俺の口から思わず出た言葉に、場が笑いに包まれた。




 そんな和やかな宴を過ごした数日後。



 俺は東へ、必死に馬を走らせていた。

お読み頂きありがとうございます。

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