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70話

新成人の方おめでとうございます。

(ちゅう)、帰って来たな」


 謁見の間を出た俺は、田横(でんおう)に呼び止められる。その隣には蒙恬(もうてん)田広(でんこう)がいる。


 後は田突(でんとつ)が居れば(てき)咸陽(かんよう)臨淄(りんし)、その間の旅路。長く同じ時を過ごす仲間達だ。

 俺にとって特別な存在と言ってもいい。


「道中、難事もありましたが、なんとか使命を果たせたようです」


 俺は苦笑いで応える。

 田横は破顔し、


「退屈とは無縁の旅だったようだな。慰労も兼ねて、俺の屋敷で旅の話を肴に小宴(しょうえん)を開こう。皆に声を掛けよう。もちろん蒙琳(もうりん)殿もな」


 そう言って、笑顔を作った片眉を上げた。

 そんな悪戯な少年のような表情が、旅の直後で謁見、議論といった俺の自覚していなかった緊張を解きほぐしてくれた。


 しかし蒙琳さんのことを思い、少し胸が痛む。

 会いたいなぁ、蒙琳さん。あの恥ずかしそうにはにかむ笑顔が見たい。

 会うくらいなら……うん、いきなり会わなくなるのは不自然だよな。少しずつ疎遠に……はぁ、我ながら未練がましいなぁ。


 取り繕うように俺は田横に問う。


「ありがとうございます。横殿は屋敷を構えられたのですか」


「まぁ一軍を率いる将になったのだからな。狄の頃のように兄上の居候では格好がつかん。ああ、お主も俺の客ではなく、正式に外務担当兼、俺の補佐として斉の臣下となる。邸を構えるといい。それまでは俺のところへ住めばよい」


 おおう、そうなのか。とうとう俺も給金が出る身に。脱ニートか。

 田氏に味方すると決めて以来、いつまでも田横におんぶにだっこじゃ心苦しかったが、これで一つ肩の荷が下りた。


 今度は、責任という名の荷がかかったけど。

 ま、まぁサラリーマンに戻ったと考えれば……やってることも営業みたいなもんだしな!

 命懸けっぽいけどな!


 ……

 …………

 ニートの方がよかったかな…………?



「そうそう、実は今ちょうど彭越(ほうえつ)も来ている。あの時の報酬を受け取りにな。奴も呼ぶとしよう」


「え、彭越殿が?ご自身で来られたのですか」


 安邑(あんゆう)の大義賊の頭領、彭越。

 蒙恬が、咸陽での処刑のために護送されるところを急襲し、救い出すために手を借りた。

 蒙毅(もうき)の家財を前金に、残りの報酬は後で取りに来ると言っていたが随分遅くなっていたようだ。


 彭越の名が出て、顔をしかめる蒙恬。

 助けてもらった恩もあるが、仕えていた元太子扶蘇(ふそ)の自死を悪く言われ、一触即発な場面もあった。

 複雑な心境だろう。


「臨淄での潜伏中に呼ぶ訳にもいかんかったし、その後も慌ただしかったからな。彭越自身も、各地を回って情勢を探りながら来たようで、先日臨淄に来たのだ」


 彭越自身で来たのは……。


「なるほど。反乱が頻発し、目まぐるしく変わる各地の現状を頭領自ら確かめ、尚且つ新たな斉がどれ程か、様子を探るため。ってところですかね」


「うむ、そうだな。流石に(しん)の厳しい目を掻い潜り、義賊を続けてきた男だと思うよ。大賊の(かしら)だが腰が軽い」


 田横が少し感心したように微笑む。


「あやつが来るならわしは遠慮する」


 蒙恬が言う。

 あらら。


「あの時の事を根に持っている訳ではないが、忘れてもいない」


 まぁそう言わんと。


「まぁまぁ蒙恬殿。水に流せとは言いませんが、せっかく私が初めての外交を終え、その慰労の会を横殿が催してくれるのです。私に免じて、ね?弟子の(えん)なのですから、師が来て下さらないと。私達の面目が立ちません」


「誰が師じゃ」


「私も横殿も軍学の弟子ではないですか。それに彭越殿には、助けてもらった礼もまともにしておられないでしょう?天下の蒙恬将軍が義に欠けますよ」


 はぁ、と長くため息を吐き蒙恬は、


「全くもってよく回る口だの。弟子の初仕事を祝うのも師の責であり義か。あの盗賊に礼を言うのもまた義かの……。仕方がない、義のため伺おう」


 そう言って力なく笑う。

 はぁ、全くもって頑固な爺さんだ。



 ◇◇◇



 田横の屋敷は、城に程近く、狄の田儋(でんたん)邸よりもさらに大きく、豪奢な造りの大邸宅であった。

 何でも秦から派遣されていた上級役人の屋敷であったらしい。


「俺は独り身であるし、こんな豪華な屋敷は要らんのだがな。まぁ王の親族で将でもある。それなりに外面も整えねばならん。部屋はいくらでも空いている。好きな所を使ってくれ」


 確かにこの豪奢な感じ、田横の趣味ではないだろうな。かといって一から造らせるのも、金と時間の無駄と考えたのだろう。

 上役には上役の気苦労があるようだ。


 家僕(かぼく)に案内され一室を借り、腰を落ち着ける。


 俺も早めに家を買わんとなぁ。

 しかし仕事的に外交、田横の補佐となるなら各地を転々と出張ばかりの気がする。

 ……家いるかな?いやまぁ、このまま田横の世話になる訳にもいかんし、いるのはいるけど。

 借りる?

 この時代に借家ってあるのかな? あるよな?


 そんな益体もないことを考えながら寛いでいると、部屋の入り口に人影が現れた。


 引き締まった体に、長く太い腕。

 油断のない鋭い目に、顔の下半分を覆い隠すような髭。

 今はニヒルな笑みを湛え、柔らかな表情だが、一見して堅気ではない雰囲気が漏れている。


「よう、久しいな。絶望殿よ」


「彭越殿」


「お主が帰ったと、知らせを受けてな。宴を催すと聞いた。只酒(ただざけ)なら呑まねばならんだろう」


 人を食ったような物言いで、遠慮もなく部屋に入り、腰を下ろす。


「彭越殿もご健勝何よりで。その節はお世話になりました。報酬を受け取りに来られたそうで」


 彭越は顎に手をやり、髭を撫でる。


「なかなか取りに来いと連絡が来んのでな、青二才が踏み倒す気とは思わんが、遊覧(ゆうらん)がてら催促にな。まぁ、奴も色々と忙しかったようだな」


 よく言うよ。遊覧というか視察が主な目的だろうに。

 しかし、相変わらずの青二才と絶望呼びか。


「そうですね。斉が復興し、この臨淄を首都として構え、ようやく一段落したというところです」


 彭越はニヤリと笑う。


「ところで絶望は(ちん)に行っていたのだろう?反乱軍の頭はどうだったんだ、お主のお眼鏡に適うような傑物か?」


 なんで知ってんだよ。田横が国家の仕事を教えるわけないし。

 ああ、各地に人を置いているって言ってたな、陳にも間者(かんじゃ)がいたんだろう。


「お眼鏡かどうかは別として、あれだけの人を集めているのです。大きな流れを感じましたね。各地に軍を出すようでしたよ。安邑も飲み込まれるのでは?」


 安邑は元魏の国だったな。陳勝配下の周市(しゅうふつ)が派遣されるはずだ。いやもうされてる頃か?


 ふむと息を吐き、少し考えるように髭を擦り、彭越は応える。


「残金は頂いたし、大体は見て回ったしな。そろそろ帰ろうとは思っておる。まぁ俺達はただの漁師だ、上が替わろうと従うだけさ。……表向きはな。カカカッ」


 そう言って鋭い目を、さらに鋭くして笑う。


 はぁぁ……。

 やだなぁ、この人。怖えぇよう……。

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