69話
あけましておめでとうごさいます。本年も何卒「項羽と劉邦、あと田中」をよろしくお願いいたします。
書籍版は加筆編集に加え、
閑話「趙高の欲」「田横とひなげし(虞美人草)」「田中と蒙琳、あとヒゲ」。
さらに項羽と劉邦のエピソード各1話の計5話を書き下ろしで2月22日発売です。
「はい、えー……ことの始まりは沛の近くで雨が降り始め、男を拾いまして。というより勝手に馬車に乗り込んできまして……」
俺は劉邦という男が、沛の主となり独自の勢力となったことを語った。
「ふむ、軟禁を仄めかされて協力したと」
田栄がため息と共に吐き出す。
「はい、三人では百余の集団から逃げ出すのも難しく、早く反乱軍のところに向かうためにも、協力した方がよいと判断しました」
「まぁ、そうするしかなかったろうて。結果的に敵対する秦の邑が一つ消え、味方と言わないまでも話の出来る勢力が増えた、ということになりましたな」
俺の弁明に重ね、蒙恬が擁護してくれる。
「その劉邦という男はどうなのだ。お主の文では、かなりの男と書いていたが」
田横が笑みを収めて聞いてくる。皆も緩んだ態度を改めて、耳を傾けている。
「はい、善く言えば豪放で磊落、悪く言えばいい加減で大雑把。しかし、すでに有能で忠節な部下が数名おり、その不足を補い、支えております。
なんと申しますか、なぜか支えたいと思わせるような人を惹き付ける魅力。そして適材適所、人を使う能力に長けております。今頃は沛県全体が支配下に入っていることでしょう」
「随分評価しているようですね」
田栄が形の良い眉をひそめる。
後の歴史を考えるとこれでも低すぎるくらいですがね。とにかく最大限の注意を払っていてほしいのだが。
「一介の小役人が、力だけでなく邑全体の意を得て沛の主となりました。浮かんでは消える泡沫な勢力とは考えない方がよろしいかと」
俺の大袈裟な言葉を真剣に受け止める者、一笑に付す者、様々な反応だ。
「我が父斉王よりも、その成り上がりが王に相応しいとでも言うのか?中、お前もその劉邦とかいう男の惹き付ける力にやられたのではないか?」
田市が侮蔑を込め、嫌味な表情で問いかけてくる。
だよなぁ、信じないよなぁ。
「とんでもない。斉王の器は疑うべくもありません」
確かに斉王、田儋も包容力があって、仁義を重んじる名君の器だ。
しかし頑固というか、やや一族主義、名門主義的なところがあるように思う。無名の者を引き上げるようなことはしないだろう。
記憶では、劉邦は能力さえあればどんな人物でも抜擢したはず。
誰だったか、兄嫁を寝取った奴とか、公金横領しても開き直ってた奴とか。ん?おんなじ奴だったっけ?凄いな、滅茶苦茶な奴だな。
まぁとにかく、有能であればどんな出自、性格であろうと重く用いる度量の持ち主だ。
それが最終的な勝利に繋がったのは間違いない。
その辺りの登用方針が田儋と劉邦の違いだな。
たぶん俺も「田」が付いてなくて、田横の信頼がなければこの場にはいないと思う。
だがまぁ、今この場で言うべきことではないし、未だ田儋との関わりが浅い俺が言えば角が立つ。
そのうち田横を通して、それとなく伝えてもらおう。
現代日本の社畜は、ことなかれ主義なのだ。
とりあえず、田儋を貶めず、劉邦を警戒するよう仕掛けたい。
「私の目には張楚の王、陳勝よりも王としての風格を感じました。何か切っ掛けがあれば勇躍し、歴史に名を残す男となるでしょう」
「ふん」
俺の再度大袈裟な物言いに、田市が鼻を鳴らす。
これだけ言って、どこまで気に掛けるかってとこだなぁ。
勧誘されたことも言うべきではない……かな。いらん疑いを生みそうだ。
「王よ、中の人を見る目は捨てたものではありません。この中にこれだけのことを言わせる男、気にしておくべきかと」
田横が援護してくれる。
この男はどこまでも俺を信じてくれる。
全く、本当に……。
「王よ、我らのやらねばならないことは、領地の運営、国力の増強、旧斉の領地の回復、田假達の捜索など。優先すべきことが多くございます」
田横の発言に高陵君が常識的な意見を出す。
「うむ、劉邦という男がおることは覚えておこう。いずれ出逢う時も来よう。その時改めてその男の器、確かめることとする」
王はそう言い、この話を切り上げた。
はぁ、まぁその程度だよなぁ。斉国内のことが最優先で、大きくなるかどうかも定かでない小勢力に人や時間は割けないか……。
これ以上言っても逆効果だし、まぁ現段階で覚えておいてもらえるだけでも良しとするか。
俺は拝礼し、皆が並ぶ列へと下がる。
「では、目下我らのやらねばならぬことを。王のお言葉にあったように旧斉の領地の回復です」
田栄の言に、皆の顔が一際引き締まる。
「皆が存じている通り臨淄制圧後、募兵し、現在兵の編成と訓練を行っております。その目処が立ち次第、臨淄より東と西で軍を分け、各地の攻略へ向かう予定です」
皆が頷く。
そうなのね。俺は帰ってきたばかりで知らないが兵力はどんどん増えていることだろう。
田栄が皆を見回し、続ける。
「東は横を将とし、補佐として校尉に中。西は王自ら兵を率い、私も参軍し、校尉に高陵君。臨淄の守りは市様、蒙恬殿、そして広。この編成です」
南から帰ったばかりで次は東か……。はぁ、ゆっくり出来んなぁ。
臨淄から東というと、現代の山東半島か。あそこは全て旧斉領だっけか。まぁ周りが海で隣接する勢力がないし、秦からの援軍もないだろう。あまり気を使わなくて済むか。
逆に西は大変だな。秦、張楚、他にも新興勢力がいるだろうし、どこまで領地を拡げられるか。その辺りを加味して、王自らの親征なんだろう。
斉王、田儋が立ち上がる。
「前時代の領地であった地は、この遠征で全て取り戻し、斉国は真の復活を遂げる。そして秦に対抗できる力を手に入れる。皆、心して掛かるよう」
「はっ」
臣下である俺達は、力強い声と共に胸の前で手を合わせた。
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