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68話

次の月曜日が大晦日で、多忙が予想されますので本日更新いたします。

この話を持ちまして今年の更新を最後とさせていただきます。

また活動報告へ蒙琳さんのイラスト公開いたします!

 臨淄(りんし)の高い外壁が見えてきた。


 斉の勢力圏に入り、立ち寄った(ゆう)で耳にしたところ、やはり田横達はすでに臨淄を落とし、新たな(せい)の首都となったそうだ。

 田横(でんおう)達なら大丈夫だとは思っていたが、朗報に胸を撫で下ろし帰路を重ねた。



 外門が近づき、旅が終わりを迎える。


田中(でんちゅう)殿、大変な目にも合いましたが、楽しかったです!またどこか行かれるときは、是非俺をお連れください」


 華無傷がはにかんだ笑顔を向ける。


「御者は私にお任せください」


 田突も穏やかな笑顔だ。


 そうだな、独立を手伝わされたり、怪我したり、自慢話を散々聞かされたり、なんやかんやあったけど、この二人のお蔭で無事帰ってくることができた。

 また二人と旅ができるかな? いや、出世して人を動かす立場になるかもな。そうなると難しいなぁ。

 でもまたいつか、そうなればいいな。



 外門に立つ門兵に名を告げる。


「これは田中様、お帰りなさいませ。先触れを城へ走らせます」


 うーん、『様』付け……。


 城へと続く大通りを歩き、城門へとたどり着いた。


「中殿!」


 門では先触れを聞いたのだろう、田広(でんこう)が笑顔出迎えてくれた。


「広殿、お久しぶりですね。といっても三ヶ月弱ですけど、また背が伸びたように見えますね」


「はい!」


 大きくなっても、見えない尻尾を振っている。

 犬のような雰囲気は相変わらずだな。小型犬が中型犬になった。


「旅装を解いたら、すぐに斉王に復命できますか?」


 俺の問いに田広は頷き、


「はい、すでに王へもお知らせしております。間もなく、謁見して頂けるでしょう。潜伏していた元商家から、中殿の荷物は運ばせております。ご案内します」


 あ、そうか。臨淄の潜伏先から(てき)奪取に向かって、その後すぐに旅に出たから荷物は元商家だったな。

 あそこは引き払ったのか、城から遠いしな。


 うーん、大した荷物はないけど、どこか家借りなきゃならんな。というか給料出るよな?

 田横はどこに住むんだろ?また一部屋貸してくれんかなぁ。


 案内された部屋で旅装を解き、田広と旅の話をしながら謁見を待つ。



「田中様、謁見の準備が整いました」


 官吏(かんり)に促され、田広と共に王の元へと向かう。


 門兵もだったが、『様』ねぇ……。たまにそう呼ばれていたし、蒙琳さんもそう呼んでくれてるが、今更ながらなんだかなぁ。

 自分の力でなく、ほとんど名前のお蔭だけで『様』付けだもんなぁ。

 なんか申し訳ないような、居たたまれないような、若干モヤっとするな。

 いや、でも俺も頑張ってんだ。主に口で。というか口だけで。

 今、外交官的な役割は俺に任せてもらってんだ。

 うん、だよな。

 少しくらい自信持ってもいいよな。



 謁見の間で待っていたのは、宰相田栄(でんえい)と斉王田儋(でんたん)の息子田市(でんふつ)、将軍田横、蒙恬(もうてん)

 そして田広。


 三ヶ月弱だが、いつもの顔ぶれに笑みが溢れる。


 帰ってきた。


 自然にそう思えた。

 皆も笑顔を返してくれる。田市は仏頂面だが。


 一人、知らない顔がある。

 上品な雰囲気の人物が静かに佇んでいた。誰?


 俺の疑問に気付いたのか、田栄が話す。


「彼は高陵君(こうりょうくん)。弁知鮮やかで、貴方と共に外向きの交渉を任せることになるでしょう」


 紹介された高陵君は拝手し、頭を下げる。


 おおふ、ついさっき外交は俺が……って思ってたのに、速効で覆された。

 まぁそりゃそうだ、一人で外交全部出来るわけないし、当たり前だよな。


「おこがましくも人からは高陵君と呼ばれております。田中殿は東方の島より来訪した、遠い田一族と田横様等からお聞きしております。その知、明敏(めいびん)。弁、絶巧(ぜっこう)とのこと。どうか宜しくお願いいたします」


 高陵君が、話半分くらいで聞いておいてほしいほどの賞賛を口にする。田広からの話かね?


「あ、ああ、こちらこそよろしくお願いいたします。なんせ島から来たもので諸事に疎く、ご迷惑をお掛けするかもしれませんが、どうかご指導、ご鞭撻のほどを」


 そうだよな。同僚が出来たのは喜ばしいことだ。


 俺は深くお辞儀し、高陵君を見やる。

 彼は視線を落としたままだ。うーむ、シャイボーイかな。


 そんなことを思っていると、斉王田儋(でんたん)がゆったりと現れ、王座に座る。

 おお、旅に出る前より王の風格というか威厳を感じるな。

 この何ヵ月かで王としての自覚が出てきたのか、立場が人を育てたのか。

 町工場の社長から大企業の代表取締役に変わったようなもんだもんな。

 元々の資質もあったのだろう。


「田中よ、遠路大義であった」


 斉王が柔らかな表情で労りの言葉をかけてくれる。


「はい、王も臨淄の掌握、お慶び申し上げます」


「うむ、長旅の疲れがあるであろうが、成果を聞きたい」


「はっ」


 俺はまず(ちん)での出来事から話し始めた。

 張楚(ちょうそ)の建国、王を名乗る陳勝(ちんしょう)、斉が傘下に入らない旨を伝えた時の態度、各地への将の派遣等を語った。


「皆の意見を聞きたい」


 斉王がこの場にいる人達へ発言を促す。


「ふむ、話を聞く限り斉への関心は薄いようですね。他勢力へは傘下に入る、入らないしか興味がないのでしょうか」


 田栄が顎に手をやりながら話す。


「田中が会談した段階では、まだ我らの臨淄奪取を知りませぬ。弱小な泡沫勢力と侮られたのでは」


 田横が言葉を返し、俺を見る。


「何処の者とも知れぬ、勝手に名乗る王が図に乗って!歴史ある斉の王と対等、いやそれ以上のつもりか!」


 俺が話そうとするのを遮り、田市が激昂する。


 田市の怒りも結構わかる。

 それを態度に出すかどうかは別として、ぽっと出の輩に格下に見られたら、何も思わないことはないと思う。

 皆も少なからず、そう思っているのか(いさ)める者はいない。

 張耳(ちょうじ)陳余(ちんよ)はこれを危惧していたんだろう。


 まぁしかし、現実的に臨淄を取った今でも勢力的には格下だ。


「我らを侮っているのは確かですが、それだけの兵力があります。今や三、四十万とも言われ、将に各地攻略を任せ、陳勝は陳に腰を据えております」


 田市は何か言おうとしたが、口を(つぐ)む。

 お、意外と分別あるね。貴賤の差で喧嘩が勝てるものでもないからな。


「初期は秦打倒を掲げておったようですが、今はその地位を固めることへ、興味が移ったように感じました」


 俺は言葉を続ける。


「では陳勝は、秦を倒すことを諦めたのか?」


 蒙恬が厳しく問う。

 爺様の仇は咸陽の宮中にいるもんな。


「いえ、仮王呉広(ごこう)は兵を率いて西へ向かっておりますし、各将で色々考えが違うようです。張楚王ちょうそおう、世間では陳王ちんおうと呼ばれているようですが、その王に不満を持つ者達もおります。王と将兵の意思に溝が拡がりつつあるようです」


 王の将に対する丸投げっぷりと、張耳、陳余の不満話をする。


「なるほど、将に全任か。将の中には独断で、咸陽まで攻める気でいる者もいるということか」


 田横の大きな声が響く。


「張耳や陳余は将ではありませんが、校尉(こうい)の地位にあり、知名度も人望もあります。そして斉に好意的でした。張楚という国自体は別として、彼等のように利が合えば共闘できる軍もありましょう」


 皆が各々肯定の態度を採るなか、今まで黙っていた高陵君が口を開いた。


「されども逆を言えば、各軍の中でこちらに侵略してくる軍もあり得るということ」


 俺は頷き、高陵君の言葉に賛同する。


「その通りですね。そのことには大きな注意を払わなければなりません」


 高陵君は少しこちらを見て、また目を伏せた。


 王が纏めるよう言葉を発する。


「よくわかった。我らはこれから、旧斉の領土を奪還するため西へ東へ奔走せねばならん。張楚の軍と近接することもあるやもしれん。その時は、各軍ごとにその性質を見極めることとしよう。張楚の国全体とは相手の出方次第だ。こちらからは、動くことはしない」


 王の方針を聞き、皆が揖礼(ゆうれい)する。


 その後少し緩んだ空気の中、笑いを噛み殺した田横が発言する。


「ところで田中。お主陳に行く前、沛で何をしていたのだ。劉邦?だったか、独立がどうとか」


 田儋の苦笑いの柔らかな顔。

 田栄の冷ややか視線。

 田市の嫌味な笑み。

 田広の期待に満ちた表情。

 蒙恬の呆れ顔。

 高陵君は俯き無表情。


 ううっ、いや俺のせいじゃないよ!あのおっさんのせいなんだよ!


 ……だよな?

年末の挨拶、書籍化へのお礼など、また後日活動報告へ書かせていただきます。

本年は真にありがとうございました。また来年も変わらず「項羽と劉邦、あと田中」をよろしくお願いいたします。

皆様、よいお年を。

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