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67話

活動報告にて獅子猿先生の描かかれた書影を公開しました。是非ともご確認下さい。


 木々の紅く染まった葉が落ち始める頃、俺達はせいへの帰路を馬車で進んでいる。


「王達はもう臨淄ですかね?」


 華無傷かぶしょうが後ろから聞いてきた。

 今は俺が御者だ。たまには練習しとかないとな。


「どうでしょうねぇ。斉を出てから二ヶ月くらいですか。順調にいけば臨淄りんしを落としていてもおかしくはないですね」


 手綱を手に言葉を返す。


「斉へ入ったら情報を集めましょう」


 田突が提案する。


「そうですね。しかし臨淄かぁ、どうするかなぁ」


 華無傷が腕を組み、ウンウン唸り出した。


「臨淄に何か問題でも?」


 俺は前を気にしながら、問う。道はいいんだけど、たまに大きな石とか落ちてるんだよな。


「いえ臨淄に問題はないんですけど、俺もたぶん狄から臨淄に移ることになるじゃないですか」


 うん、そうなるだろうね。チャラく見えるけど、文武とも有能だし。心根は真面目で、仲間想いだし、将来の将軍候補だろう。


 そんな華無傷が、自分の頭を()ね回しながらニヤニヤと声もなく笑い出した。

 なにそのキモい動き?


「いい機会だから結婚しようかなぁ。なんて思ったりとかして。グフッ」


 なん、だと……!?


「いやね、俺ね、狄にね、婚約者がいるんですけどね」


 誰も聞いてないのに語り出した。


「今回、狄を結構な期間空けたじゃないですか?それでまた、これから臨淄に移り住むことになったら寂しがると思うんですよねぇ」


 なんかクネクネしだした。


「寂しがり屋さんなんですよねぇ、俺の婚約者。だから連れて行きたいんですけど、それだったらこの機に結婚して、嫁として連れて行った方がいいかなってね!嫁として!ねぇどう思います?」


 馬車から落ちればいいと思います。


「ふむ、そうだな。狄に帰ることは少なくなるだろうし、連れて行くにも結婚した方が相手の親御さんも安心だろう」


 なに真面目答えてるの、田突さん。そいつを馬車から突き落として!

 リア充に制裁を!


「私も長い間家を空けているが、妻子を臨淄に呼び寄せることになるだろう。まぁ、また直ぐどこかへ行かねばならんとは思うがね」


 知らなかった!裏切り者!

 田突にも妻子がいたなんて。


 わざと石に乗り上げて転倒してやろうか。この身を犠牲にしてでも、やらねばならん時がある。


 というか田突はいい歳だし、いて当然か。

 くそっ!田横、貴方だけだよ、俺の心の友は。


 しかし真面目な話、どうなんだろうなぁ。

 以前、訪ねてきた虞姫さんだっけ?

 あの人とは終わった感じだしなぁ。まだ気持ちがあるのかな。

 でも田横も、もうすぐ三十路だろ。そろそろ考えないと、王族になったわけだし。


田中でんちゅう殿はどうなのですか?蒙琳もうりん殿と。結婚するんですか?羨ましい!あんな美人さんと」


 …………。


 蒙琳。

 春の陽射しのような人。


 ……そりゃ、あんな素敵で可愛らしい女性と結婚できたら嬉しい。


 でも、俺はこの時代の人間じゃない。

 いつか俺が帰ることになったら、蒙琳は残されることになる。


 ……ちょっと浮かれて、仲良くし過ぎたな。

 蒙琳さんには他の男に目を向けて貰わないと。


 うぉ……想像しただけで胸が痛いわ。


「ねぇ、どうなんですか?もう手を出したんですか?あ、でもそんなことしたら蒙恬様が黙ってないですね。血の雨が降りそうですね」


 …………。


「華無傷殿」


「はい?」


「華無傷殿は、ここから馬車を降りて走りますか」


「いや、ちょっと何言ってるんですか?なんで?」


「過去最高にキモくてウザかったので。それと沛で私を護りきれなかった罰で」


「キモ?ウザ?いやいや、それ許してくれたじゃないですか!『一緒に訓練して立派な武人になりましょう』っていったじゃないですか!」


「それ言ったの貴方だから。立派な武人になるために走り込みましょう」


「いやですよ!ここから斉までどれくらいあると思っているんですか!?」


「では狄で待つ、寂しがり屋の婚約者さんに『蒙琳さんみたいな美人。羨ましい!』と言っていたと伝え……」


「なんか凄く走りたい気分になってきた!田中殿、お願いしますっ!走るから!馬より速く走りますからぁ!」



 二十キロは走らせたね。



 ◇◇◇



 ここは咸陽(かんよう)の宮中。

 九卿(きゅうけい)の一つである少府(しょうふ)の執務室。


 男が一人、腕を組み、眉間に皺を寄せ、目を閉じて座っている。

 その部屋に背が高く、細面の男が訪れた。

 目を閉じている男は、そのことに気付いていないようで、細面の男は遠慮がちに声をかけた。


「少府」


「……」


 男から返事はない。


「少府……。章邯(しょうかん)殿!」


 男はビクッと肩を震わせ、漸く目を開けた。


「ふぉ、おぉ、司馬欣(しばきん)殿。少し深く考え事をしていて気付かなかった」


 中肉中背の、これといって特徴のない外見。しかし着物は所々皺が寄り、襟元も崩れていて全体的にだらしなく見える。

 そのだらしない男、章邯は目頭を揉み、何度も目を(しばたた)かせる。


「……寝てましたね?」


 背の高い、司馬欣と呼ばれた男が片眉を上げ、問う。


「寝てません。考え過ぎて意識がとんでいたようですな」


 章邯は悪びれもなく応える。


「それを寝てるというのでは?ところで今日の仕事は終わったのですか?」


 秦の時代は十月が正月であり、今は九月。つまり年末であり、官吏には忙しい時期となる。


「寝ていません。司馬欣殿、部下を育てるのも上司の務めですぞ」


「部下に丸投げということですか、物は言い様ですな。それよりこの由々しき事態をどうお考えですか」


 司馬欣はため息を吐き、章邯の向かいに座る。勝手に椅子に座るほどには、二人は気安い仲だ。


「はぁぁ、反乱軍のことですか」


 章邯は大きく欠伸をし、やる気無さげに返す。司馬欣が顔をしかめる。


「そんな他人事のように……。反乱軍は(ちん)を本拠に各地へ軍を向け、滎陽(けいよう)へも大軍を発したそうですぞ」


 さらに険しくなった顔で司馬欣は続ける。


「主上へ大規模な反乱が起きたことを報告した者は、功を得るため虚偽の報を遣わせたとして、獄に繋がれてしまいました」


「ああ、聞いております。虚偽の報で主上の心を惑わせたとか何とか。その後は主上へ直接注進できず、宦官(かんがん)趙高(ちょうこう)殿を通さねばならなくなったとか」


 司馬欣は章邯へ顔を寄せ、声を落とす。


「これでは趙高の都合の良いようにしか、主上へ伝わりませんぞ」


「まぁ、そうでしょうな。主上は、何をするにも『趙高、趙高よ』ですからな」


 章邯は、腰を浮かし近づいてきた司馬欣から、逃げるように顔を上げた。

 それを追うように司馬欣の顔が付いてくる。


「章邯殿、何かいい手はないですか。このままでは国家の存亡に関わる」


 今度は章邯が顔をしかめる。どこまでも付いてくる細面が嫌なのか、それとも面倒な質問が嫌なのか。


「これから北の守備に就いている三十万の主力を呼び寄せても、間に合うかどうか。しかも動員できて、十五万でしょう。対する反乱軍は膨れに膨れて今や四十万とも五十万とも。素人の集まりだとしても倍以上では……」


 近づく司馬欣の口から不安が漏れる。喋る度に章邯の顔に息がかかる。

 それを躱すようにしながら章邯が応える。


「何故私に問うのですか?私は少府。山沢の税を司る官ですよ。将軍でも何でもない」


 その言葉に司馬欣は、目が爛々と輝き、鼻と鼻が付きそうなほど顔を近づけた。


「皆は目立たぬ章邯殿が、幸運で九卿まで上ったと思っているようですが、ここぞという時の判断、計策の鋭さを私は存じておりますぞ」


 章邯は、熱く語る内容と生暖かい吐息に限界を感じ、司馬欣の顔を押し退け座らせる。

 そしてため息を吐く。


「ふぅむ、宦官の犬になるのも御免被りたいですし、乗っている舟が沈むのを黙って見ておく訳にもいかんしな」


「では」


 司馬欣の腰が再び浮く。章邯は開いた手を突き出し、その動きを制す。


「待った。もう顔は近づけなさんな、その癖直しなされ。まぁ、一つ考えていることはありますが、もう少し切羽詰まらんと通らんでしょうな。主上に直接申し上げられる機会を待ちましょう。それに滎陽は難攻不落といわれる城。ここで押し返せるかもしれん。少し様子を見ましょう」


「様子を見る、などと言ってなるべく働きたくないのでは?」


 司馬欣は、浮かせた腰を降ろす。章邯は苦笑いを浮かべ、


「それも無きにしもあらず。しかし、まぁ随分私を信用してくれているようですな。……そうそう、実は先ほどもその事を考えていたのですよ」


「うむ、章邯殿は神謀の持ち主だと確信しておりますぞ。そして先ほどは寝ていたと確信しておりますぞ」


「……寝ていませんて。信用してください」


「確信しておりますぞ」



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