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66話

引き続き田横視点です。

田假(でんか)達を逃したとはいえ、こうして臨淄(りんし)を我ら斉の元へと取り戻し、我は王としてこの城を登ることが出来た。そしてこれからまた、ここで新たな斉の歴史が記されることとなる。そのことを祖霊と其方達に感謝する」


 抵抗する者のいなくなった城へ斉王と兄上達を迎え、その謁見の間で王の言葉を受け、皆が揖礼(ゆうれい)する。



「それにしても、隠し通路か……」


 王が考え込むように呟く。


「通路は途中で崩れ、土砂で埋まっておりました」


 通路を見つけた後、灯りを持って内部へ向かったが、大して進まぬうちに通路は掘り進むのも難しい程、石と土に埋もれていた。



「恐らく、王族と極近い親族にしか伝えられていない逃走用の通路でしょうね。追跡されないために一部を崩す仕掛けが施されていたのでしょう」


 兄上が推測する。


 田假、田安(でんあん)達が先に遁走し、田都(でんと)が時間を稼ぐ。

 頃合いを見て、兵を捨て駒に田都も逃走する。最初からそのつもりだったのだろう。


高陵君(こうりょうくん)、奴らの行く先に心当たりはありませんか」


 控えている高陵君へ視線が集まる。

 一歩進み出た高陵君は、静かに拝手し、


「申し訳ありません……。しかし彼らは元王族でこざいますれば、斉へ執着し国内からは出奔することはないと、愚考いたします」


 皆が頷く。高陵君はさらに続ける。


「彼らは、臨淄を中心に旧斉の遺臣、民を牛耳っておりました。この度の戦いで多くの配下を失い、地方へ隠れてもその影響力は矮小なものかと」


 ふむ、一理あるが。

 今度は俺が一歩出て発言する。


「確かにその可能性はありますが、放っておいて良いことはごさいますまい。それに地方では奴らの悪評も広まっていない所もありましょう」


 俺に兄上も同意する。


「うむ、私もそう思います。逆に地方の方が旧王族としての影響力があるかもしれません。息を吹き返す前に見つけ出さねばなりません」


 高陵君は、


「浅慮でございました」


 と頭を下げた。気分を害した様子はない。

 それから捜索についての話し合いとなった。


「臨淄より北はすでに我らが抑えております。北以外と考えるのが妥当でしょう」


 蒙恬殿が意見を加える。


「そうですのう。加えて南は、反乱軍が近い。飲み込まれるようなら影響力が薄くなるやもしれん。西か東が本命ですかな」


 蒙恬殿も意見を出す。兄上は皆の意見を一通り聞き、考えを纏める。


「私も北はないかと思います。しかし南は奴らが反乱軍に協力を仰ぐ可能性もあり、全くないとはいえません」


 なるほど、あの傲慢な田假達も切羽詰まれば、力を持つ勢力に頭を下げることは、あり得ぬことではない。


 しかし、反乱軍にはあやつが行っている。

 あの男が挨拶だけで帰ってくるとは考えにくい。

 そうなれば田假達に兵を貸す可能性は低くなるだろう。

 もちろん、不確実なことなので王達には言えないが、俺はそう期待をしている。


 ふと蒙恬殿に目をやると、ニヤリと笑われた。俺の考えていることがわかったようだ。

 俺は少し気恥ずかしくなり、一つ咳払いをし、兄上に編成を提案する。


「では東と西へ多目に、南へもある程度出しましょう。北へは各邑へ注意を促すということでよろしいですか?」


「うむ、それでよろしいでしょう。協力する邑が現れ、力が大きくなる前に叩かねばなりません」


 兄上が王を見やる。王は躊躇せず頷く。


「田假達は遺恨の鼠だ。放っておいて根をかじられ続ければ、大木とて倒れることになるやもしれん。生死問わず、迅速に見つけ出すよう指揮せよ」


「はっ」


 俺達は拝手する。



 謁見の間を出、長い廊下を渡る。

 蒙恬殿が追い付いてくる。


「面倒なことになったのう」


「そうですね。しかし王が仰られた通り、奴らは反乱の種。芽が出る前に見つけ出さねば」


 個人的にも、まんまと逃げられた田都とは決着をつけたい。

 次こそは、あの人を舐めきった口を塞いでやる。


「叔父上!蒙恬殿!」


 廊下の向こうから田広が俺達を見つけ、大きな声で呼ぶ。

 布のような物を握り、それを突き出しながら駆けてくる。


「田広、城内は静かにな」


 俺の小言に「すいません」と一言謝り、しかし性急さを抑えきれない様子で、


(ちゅう)殿から叔父上宛に文が。狄に届き、こちらに送られてきました」


「おお、もう反乱軍と面会したのか?随分早かったのう」


 蒙恬殿が、相好を崩しながらも眉を顰める。

 確かに早い。それに王ではなく、俺宛なのも疑問だ。


「まぁ、読めばわかるでしょう」


 俺は田広から布を受け取り、拡げる。

 そこに書かれている文字は、練習に付き合った、紛れもないあの男が書いた文字だ。

 なかなかの達筆である。

 祖国の文字とあまり変わりがないと言っていたな。


 俺は文を読み上げる。


『私は今、沛にてこの文をしたためております。そちらにお変わりはありませんか。臨淄は落とせたでしょうか。

 実は、私達は劉邦という男に強引に誘われ、沛での旗揚げに協力することになりました。

 私達は沛に潜入し、策を謀り、沛は独立を果たしました。

 沛の主となった劉邦軍と協力関係を築きましたが、油断できない人物です。詳しくは帰国後にお話しますが、最大限の留意を。

 さて、反乱軍の首領ですが、劉邦から情報を得、陳にいることがわかりました。やはり偽名で首領の名は陳勝と呉広ということでした。

 これから向かいます。

 少し怪我をしましたが私は元気です。蒙琳殿にもご心配無きようお伝え下さい。

 皆様に再会する日を心待ちにしております』



 読み終えた俺達は、時を止められたように固まる。


「……なにやっとんじゃ、あやつは」


「中殿……」


 蒙恬殿と田広が呆れている。


「はっはっはっ!」


 思わず笑ってしまう。

 どうせ巻き込まれたのだろう。あやつらしい。本当に退屈せぬ男だ。


「叔父上、城内はお静かに」


 田広に小言を返されたが、その顔にも笑みが溢れている。


「すまんすまん。王と兄上に報告してこよう。田広も一緒に行こう」


「はい!」


 田広が明るく返事をする。

 蒙恬殿はため息を吐き、苦笑いを浮かべながら、歩き出した。


「わしは先に行って、捜索の組を編成しておくぞ」


「よろしく頼みます」


 その後ろ姿に声をかけ、もう一度文に目を落とす。



 文の最後に、小さいが出来のいい『田中』という印が押されていた。

 その印があやつらしさを表しているようで、また笑みが溢れた。

次回から田中視点に戻ります。

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