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62話改訂

11/29 63話と併せて改訂いたしました。大筋は変わっておりません。

陳余の独立を正当化するような台詞を削除。含みを持つ程度にしております。

「協定か」


「はっ、我らの敵は共通して(しん)にございます。王も秦打倒を目指し西征されることと存じますが、斉を通ることもございませんでしょう。斉も張楚(ちょうそ)との争いは避け、秦討伐を目指す所存でございます」


 陳勝(ちんしょう)は俺の言葉に眉を顰め、視線を外した。


「う、む。……だが秦を倒すにはまだまだ兵が足りぬ。今ここ陳から各地に兵を向け、増強を図っている」


 おい、各地って。


「王よ、各地というのは(せい)にも兵を向かわせたのですか?」


 思わず語気が強くなった俺に、陳勝は慌てて否定する。


「いや、斉には向かわせていない」


 外している視線が伏せられる。

 には、か。


「俺は、秦の様に歩く歩幅まで指示するような治め方はしない。細かなことは将に任せている」


 それが余計に心配なんですがね……。


「まぁ、斉とは争わん様に言っておこう。それでいいだろう。次の引見もある。ここまでにしてもらおう」


 そういって陳勝は座を立ち、出ていった。

 これで終わりかよ、早すぎだろう。仮にも一国の使者だぞ。



 俺は退出を促され、廊下を歩きながら考える。

 傘下に入らんと分かってから、興味が完全に失せたようだった。

 これじゃ建国と王即位の祝賀のために来たみたいだ。まさかそれが狙いでもなかろうが、結果としてそうなってしまったな。


 そして派兵先が気になる。

 斉には向かわせていないのは本当だろう。

 しかし『争わないように』とは言ったが、どうも言葉が軽いな。


 陳勝は将の判断に任せている、ということだったけど、実は掌握しきれていないのか?

 というより農民から急に成り上がったから戦略的な能力が追い付いていないのかも知れない。

 丸投げされた各々の将がバラバラに考えて動いているのか。


 陳勝と連携して章邯(しょうかん)に当たればとも考えたが、あの様子じゃ厳しいか。陳勝はこの(ちん)に腰を据えたように思う。もう彼自身が前に出ることはないかも知れない。



「使者殿」


 突然の声に驚き振り返ると、謁見の間にいた二人だった。


 一人は小柄だが眼光鋭い壮年、いやすでに老年といってもいい年齢の男が現れた。老年といったが背筋は伸び、矍鑠(かくしゃく)としていて、どこか自信に満ち溢れている。


 そしてもう一人は、三十代半ばか、細面に大きな丸い目が目立つ、厳格な雰囲気を持つ男だった。


「少し話をしないかね」


 若い方の男が厳しい表情で誘う。その表情とは裏腹に口調は柔らかだ。俺を、いや斉をか、敵視している感じではない。


 俺は別室に案内され、二人と共に座る。

 老年の男が話始めた。


「わしは張耳(ちょうじ)、こっちは陳余(ちんよ)だ。今この地で政務の補佐をしている」


 おお、あの話好きの会話に出てきた有名人か。聞いててよかったな、恥をかかせずにすんだ。あの男に酒の一杯でも奢りたい。


「ご高名はかねがね伺っております。斉の田中です」


「ほう、斉の方でもわしの、いやわしらの名は通っておるようだな。まぁそれもそうだろう。なんせわしらは……」


 張耳は相好を崩し、得意げに語り始めようとするが、


「張さん、それよりも」


 陳余がそれを止める。そして、


「この場は公にあらず、我らと使者殿の三人だけ。どうか腹を割って語ってもらいたい。我らも話せることは話そう」


 張耳が咳払いをして、本題に入る。


「あ、あぁ、そうだな、使者殿よ。率直に聞くが、斉王の目指すところはどこかね。往年の領土を手に入れ、各国が並び立つ列強の時代を求めるか。それとも秦に代わって、この中華全てを治めようとしているのかね」


 いきなり切り込んできたな。

 うーん、そうだな……。


「斉王の心のうちを全て存じ上げているわけではありません。しかし我が王は義と仁徳のお人です。まずは斉国の安寧。それが第一でしょう。そして秦の悪政に苦しむ民を助けるため、皇帝を討つ。その時協力した国を襲うような不義はしないでしょう」


 斉王の考えは、はっきりとはわからないけど、全土統一は目指してないと思う。少なくとも田横はそうだろう。


「ふむ、皇帝を討つというのは、秦を滅ぼすということかな」


 陳余が問う。


「皇帝を討つことによって秦が滅びるか、帝位を廃し、また列国の王として存続するかは秦の出方次第ではないでしょうか。王はどうお考えで?全土統一を目指しておられるのですか?」


 同じ質問を二人に問うと彼等は顔を見合せ、張耳がため息を吐く。


「うむ……。あのお方も中華全土は望んでおられるわけではない。というよりも……」


 張耳は言葉を濁す。

 謁見の間で感じた冷めた雰囲気は、この二人か。

 この二人と陳勝とは温度差があるのかもしれん。


「そういえば、仮王(かおう)呉広(ごこう)様は?」


 俺が話題を変えると、二人も気を取り直し、


「呉広様は三川(さんせん)郡の滎陽(けいよう)を攻撃するために西へ向かっている。滎陽は郡守が守っている。その郡守の李由(りゆう)丞相(じょうしょう)李斯(りし)の長子だ。動かせる兵も多く、堅固な滎陽の城、一筋縄では落ちん」


 陳余が眉間に皺をよせる。

 丞相李斯の息子か!軍事の能力に乏しくてもそれを補う部下がついているだろうし、権力と財力は一級品だろう。難敵なのは間違いない。


「そこで呉広様が自ら軍を率いて攻略することになった。あの方は仲間思いで兵に人気がある。士気は高い」


 呉広は仮王になっても前線に出るのか。自ら攻めねばならんほど、滎陽は激戦になると予想しているのだろう。しかし、そうなると余計に陳勝が日和って見えるな。


「王は各地に派兵すると言われていましたが、他には」


「魏へは周市(しゅうふつ)という者が行く。本当は魏の臣下であった我らが行きたかったのだが、この地に来て日が浅いからな。まだ兵を預けられるほど信用されておらん」


 張耳が面白くなさそうに応える。

 高名なこの二人が行けば、攻略は容易いと思うが……。やはり陳勝の信用を全面的に得ているわけではないということかな。


「我らは武臣(ぶしん)殿の校尉(こうい)として、(ちょう)へ向かうことになった」


 一旦言葉を切り、二人は視線を交わした。


「そこでだ。ここからが本題となる話だ」


 張耳が襟を正し、俺に鋭い眼差しを向けた。


「使者殿は陳勝様をどう見たかね?王の器に相応しいとお思いか」


 いやいや、んなこと言えるわけないでしょう!そこまで腹は割れんよ。


「それは、私が評する事ではございません」


 そういえば、この人達は陳勝や呉広の事を一度も王とは呼んでいない。陳勝の王即位に対して思うところがあるようだ。


 張耳が俺の様子を見て、僅かに口角を上げる。


「ふむ、傘下はまだしも正式な同盟の話も持ち出さんかったのは、斉の方針か?それとも使者殿の判断か?まぁそれは置いておくか」


 何も言えない。が、俺が微妙に陳勝に失望したことは見えたのだろう。

 くそう、会話の主導権握られっぱなしだな。


「先ほど申した通り、我らはこれから武臣殿と趙の地へ向かう。趙の平定の暁には斉と隣接することになる。互いに協力出来ることもあるかと思う。どうかよろしく頼む」


 陳余の頭が軽く下げられた。張耳も隣で頷く。

 ……随分含みを持った言い方だな。


「それは……」


 陳余が続ける。


「貴国のように血統明らかな国と手を結べば、我らは箔がつき、他勢力との交渉もしやすくなる。貴国も一国孤立は望むところではないであろう?」


……確かにそうだが、『我ら』がどこを指しているかが微妙だ。わざとぼかしてる気がする。


 ああああ、もうこれ、俺だけじゃ判断できんぞ。下手に返事はできん。


「あ、あの、お考えはよく理解いたしました。ご提案いただいた件につきましては一度国へ持ち帰り検討いたしますので、改めてご連絡いたします」


「……そうか」


「ううむ、まぁ仕方ない」


 俺はサラリーマンの伝家の宝刀、『お持ち帰り』を口にして、その場をしのぐ。

 とはいえ、このまま受けの一手ばかりじゃ、なんのための使者か。一矢を報いたい。


 俺はふぅ、と小さく息を吐いて、心を落ち着かせた。

校尉 (こうい)

佐官。将を補佐する軍官。将校の「校」の由来。


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