61話
書籍の発売が2月22日に決定いたしました。
イラストレーター様は獅子猿様です!
詳しくは活動報告にて書かせていただきます。
沛からの道中の邑は、すでに殆どが反乱軍の傘下に収められ、活気というか殺気立っているというか、物々しい雰囲気の中、俺達は陳を目指す。
十日程経ち、俺のたんこぶが目立たなくなった頃、漸く当初の目的である反乱軍の首領のいる陳へとたどり着いた。
「これは……」
俺は呆れとも感嘆ともいえない呟きを漏らす。
俺達が目にしたのは、陳の門に並ぶ長蛇の列。
「恐らく反乱軍に参加するために集まった者達でしょう」
田突も呆れ混じりに話す。
列に並ぶ者達の格好から察するに、農民、賊崩れ、中には兵士もいる。
皆秦の支配からの脱却を夢見ているのか、それともただ食いつめてここに来たのか。しかし、この者達が反乱軍の力になっているのは間違いない。
「列に並ぶしかないですね」
華無傷がため息を吐く。
どうやら別の窓口もなさそうだ。
俺もその嘆息に、ため息で返し列の最後尾に回る。
「あんた方も反乱軍に加わりに来たのかい?」
列の前に並んでいた男が話しかけてくる。退屈なんだろう。
「ええ、まぁそんなところです」
「察するにどこかの豪族か名士かね。将か側近狙いかい?しかし生半可な名じゃ幹部にゃなれないぜ。なんせすでに名のある人達が多く集まっているからなぁ」
お、いいね。この男、噂好きの話好きだな。ちょっと聞かせてもらおう。
「ほうほう、例えばどんな有名人が?」
男は心得たとばかりに得意気な顔をして、話始めた。
「そうさなぁ、まずは孔子の子孫の孔鮒だろ。それに上蔡から来た房君って言われている蔡賜がいる」
男は指を折りながら話続ける。
「後は楚の大将軍項燕様の占役であった周文。それから忘れちゃいけないのが張耳と陳余だ」
「張耳と陳余?」
「おいおい兄さん、張耳を知らないのかい?若い時、あの戦国四君の信陵君の客となり、やがて魏に仕えたが滅亡すると、陳余と共に秦から危険人物と手配され、十数年の隠伏生活。しかし漸く訪れたこの反乱を好機と、打倒秦を掲げて陳勝の元を訪れたってわけだ」
講談師か、この男は。しかしなかなか聞かせてくれる。
戦国四君とか信陵君とか全く知らないけど客になるだけで自慢できるほどの有名人なんだろう。
それに十数年の潜伏は凄いな。心が折れて、そのまま埋もれてしまってもおかしくないのに、反乱に参加するのは執念を感じる。
話好きの男とそんな話をしながら時間を潰し、陳の城門をくぐった。
邑の中も溢れるほどの人だ。しかしやはり兵というよりは流民、難民という雰囲気の者が多い。
これだけの人数を食わすだけでも大問題だろう。反乱軍の歩みが速いのはそういったこともある気がする。食を確保するために襲い、また兵が増え、また襲い。止まれば飢える、そんな風になっているのかも知れない。
俺たちはまず宿をとった。各地から使者も多く来ているはず、今日の今日面会できることはないだろう。
宿を出、俺達の歩く先には城が見える。陳は旧楚の首都の一つだったらしく、行政の中心にある建物は廷ではなく、城だ。
城へ赴くと、ここにも長蛇の列が。
しかしこれは兵として参加するための列のようだ。斉からの使者だと伝えると別の所へ案内された。
「陳勝殿にお目通り願いたいのですが」
俺の言葉に受付の者は、
「我が王は多忙である。謁見の日取りは追って連絡する。宿の場所を教えよ」
ちょっと待て。
「王ですか?」
文官は鼻を鳴らし、
「即位されて間もないので知らぬのも無理はないが、このたび陳勝様は張楚という国を興し、その王となられた。また副官であった呉広様は王に次ぐ仮王とされた」
それは……いいのか?今、国を興し王を名乗るのは大きな宣伝にはなるが、斉と違い正統性が皆無だけど大丈夫なの?この辺りは元は楚だろ?そこで『張楚』て。ヤバくないか?
項羽とかすげー怒りそうなんだけど。
陳勝の最期ってどんなのだっけ?倒されるのは間違いないだろうけど。秦軍にだったよな?
俺は疑問に頭を捻りながら、城を後にした。
「田中殿、どう思いました?」
宿に戻り、部屋に入ると華無傷が問うてきた。
「さすがに人が多いですね。単純に考えると、数は力です。大きな戦力を有していると見ました。ただ急拵えの組織ですし、仕方がない部分もありますが、人が集まりすぎて少し無秩序な感じがしますね。治安も良くなさそうです」
「受付も尊大だし、何か嫌な感じですね。王とはいえ、こちらも斉王の使者だ。もっと丁重な扱いでもいいはずです」
華無傷の口から不満が漏れる。
「旗立て以来どんどん仲間は増え続け、進めば抵抗らしい抵抗もなく城や邑が門を開く。この快進撃に酔っているのでしょう。張楚建国と王即位もその一つでしょうね」
それが一概に悪いとはいえない。その勢いのまま突っ走ってしまう方がいい時もある。
しかし、どこかで秦軍の章邯が出てきてこの勢いを止める。
それがいつなのか覚えていれば……。肝心なところを覚えていないんだよなぁ。
数日後、俺たちは張楚の王、陳勝に謁見できることとなった。
謁見の間一人で待つ。護衛である華無傷達は謁見できない。別室で待機だ。
側近であろう数人が中央の座を挟んで立っている。
どれほど待ったのか、かなりの時間を待たされ、男が入ってきた。
拝礼をして待つ俺達の前に現れたのは、地味な顔で素朴な印象を受ける男だった。男が中央の座に座り、話始めた。
「陳王、陳勝である。斉からの使者と聞いた」
見た感じ、田横や劉邦みたいに雰囲気のある男ではなく、いたって普通の男だ。
しかし今、類を見ない規模の反乱が起きている。その始まりにして中心が、この男だ。
「斉の田中と申します。まずは張楚建国、王への即位をお慶び申し上げます」
良いのかどうかわからんが、とりあえず祝っておこう。
「うむ、俺は自ら武器をとり、無道を正し、秦の暴政を討った。そして再び楚をうち立て、その功として王へと推挙された」
誰が推挙したんだ。そしてやはり楚か。
「王の建てられた張楚とは」
「この地にあった楚を再び興し、拡く張り巡らせる。故に張楚だ」
陳勝は自慢気に堂々と語る。
どこかで小さなため息にも似た吐息が聞こえた。満場一致の王即位ってわけでも無さそうだ。
「それで斉が建国されたのか。王は誰だ?」
陳勝はその空気に気付かず、俺に質問を投げかける。
「はい、斉の王族であった狄の田儋が王に即位いたしました」
「ふむ、で?張楚の傘下に入るのか」
王の性急で強気な発言に側近達がざわめく。他の勢力はこういう場面で常に傘下に入ってきたんだろう。
しかし斉は一緒にされちゃ困る。これからまた大国になり、この戦乱を勝ち抜くんだからな。
「斉は古来より続いた歴史ある国。その王族が復興させた国でございます。どこかの傘下に入ることはございません」
これくらいなら大丈夫か?気分を害してないかな?正当な血統とか言い出したら気を悪くしそうだしなぁ。
「本日伺ったのは我が斉が張楚を侵さず、張楚が斉の領土に侵攻しない様、不戦の協定を結んでいただきたく参った次第でございます」
「ふむ」
陳勝の表情は変わらず。ただ興味は失ったようだ。
戦国四君 (せんごくしくん)
戦国時代に活躍した政治家四人の総称。それぞれ食客を多く養ったことでも有名。
斉の孟嘗君田文
趙の平原君趙勝
魏の信陵君魏無忌
楚の春申君黄歇
信陵君 (しんりょうくん)
戦国時代の魏の王、安釐王の弟。三千人を超える食客を迎えていた。趙の平原君の依頼により、魏軍を率いて独断で秦を攻撃、撃退した。その後も趙にいたが、のち帰国し秦の侵入を防ぐ。そのため秦に恐れられ、謀略によって王にうとまれ、失意のうちに酒におぼれ亡くなった。
仮王 (かおう)
王に次ぐ地位。副王。




