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60話

 俺達は今後を話し合うため、会議室へと移動した。

 少し頭が痛み、足がもつれた。何か凄く長い間寝ていた気分だ。


「俺達は、暫くはこの(はい)を落ち着かせるのに時を使う。その後は兵を集め周辺を窺う予定だ」


 劉邦(りゅうほう)が予定を語る。


「とりあえず、反乱軍は様子見だ。参加もせんし、敵対もしない。攻めてくりゃ別だがな」


「その反乱軍の情報はありませんか?首領がどこにいるとか」


 俺が問うと、


「元県令の部下から報告が入っている。が、ただで教えるわけにはいかんなぁ」


 しかしニヤリと笑い、


「だがまぁ、沛を獲ることができた借りもあるし、俺の冠の良さがわかる慧眼の持ち主には特別に教えてやろう」


 よほど竹皮の冠を誉められたのが嬉しいらしい。劉邦は蕭何に促す。


「反乱軍は南と西に別れたが、西が主力だ。その勢いは衰えず、逆に増すばかりだそうだ。今や七百近い兵車、千を超える騎兵を持ち、数万という兵力になっている」


 蕭何が大雑把な地図を指しながら説明を始める。


「抵抗らしい抵抗も受けず西行し、主力は(ちん)に入って、その足を止めた」


 蕭何が指差す陳の位置を見て、内心吃驚する。

 おいおい、陳って。もうそんなところまで行ってんのかよ。


 しかし足を止めたってことは、陳をとりあえずの本拠地にするってことか。

 大邑である洛邑(らくゆう)を臨めるし、ここから北進して各邑を落としにかかる気か。南に行った軍との中継地としてもいい位置だ。


「それから首領は扶蘇(ふそ)項燕(こうえん)を名乗るのを止めたらしい。本当の名は陳勝(ちんしょう)呉広(ごこう)という」


 やはりか。十中八九そうだと思っていたが、これで胸のつかえが取れた。

 この反乱が陳勝、呉広の乱だ。


 しかし偽名を止めたのはなんでだろう?扶蘇の死が明るみになったか?それとも、もう威名は必要なくなったか?


 まぁ、会って見ればわかるかな。行き先は決まった。

 田突と華無傷に目配せすると二人は頷く。

 では、行きますかね。


「情報ありがとうございます。我々は陳へ向かおうと思います」


「すぐに出るのかい?怪我が治るまでゆっくりしててもいいんだぜ」


 劉邦が気遣う。

 こういうぶっきらぼうだけど、ちょっとした気配りや表情が人を惹き付けるんだな。


「ご配慮ありがとうございます。しかし怪我も大したこと無さそうですし、これから準備して明日には」


 そういって、あることを思い出した。


「あ、そうだ。斉に文を出したいのですが届けてもらえませんか。どうせ様子見に人をやるのでしょう?」


 蕭何は苦い顔をし、劉邦は笑いだした。


「まぁな、いいだろう。情報提供と文を届けるので貸しは返した、ってことにしろよ」


 劉邦が顎を掻き、応えた。


  寝かされていた部屋に戻り、田横への文を書く。

 斉王へ直接とも思ったが、いきなり沛から文が来ても怪しまれて読まれないかも知れない。それに田横から語って貰った方がいいだろう。


 文字についてはこの2年近く、田横や田広、蒙琳に教えられて書けるようになった。


 この時代の文字は、象形文字と漢字の中間みたいな文字の小篆(しょうてん)と言われる書体が公式な書体らしい。

 始皇帝が正式な規格として統一した。

 ただこの小篆体は複雑で、公式証書くらいにしか使われない。

 一般的には秦の前の戦国時代から使われている隷書体(れいしょたい)が使われている。

 これが俺が現代でも使っている、見慣れた漢字の字体だ。


 なので見慣れた隷書体が通じるし、多少の違いと文法さえ覚えれば、割りと簡単に書けるようになった。漢文は苦手だったけど、必要に迫られれば人間何とかなるもんだ。


 書簡に沛で起きたこと、これから陳へ向かうこと、反乱軍の首領の正体、そして劉邦という男に最大限の注意を払うこと等を書きつけた。

 書簡を丸めて閉じようとした時、ふと思い付いた。


 懐を探り、小袋を取り出す。小袋の中から出てきたのは、黒檀(こくだん)で造られ、篆書体(てんしょたい)で彫られた田中の文字。そう、俺がタイムスリップ直前に造った判子だ。

  小篆体とは現代でいう篆書体だ。その複雑さから偽造がされにくく実印やお札、パスポートなどに使われている。


 ……この文字が創られた時代に来るとはなぁ。


 俺は筆で墨を塗り、文の最後に『田中』の判を押した。


 うん、悪くないんじゃないかな。


 俺は書簡を劉邦達に託し、明日の出発に向けて準備を始めた。



 ~~~~~



 明朝、俺達は県廷(けんてい)の前で劉邦達に別れの挨拶をする。


「わざわざお見送りありがとうございます。お世話になりました」


「なに、こっちこそ世話になったな。田中、お前とは縁がありそうだ。また会うことになろう」


「そうですねぇ。ご活躍をお祈りしておりますよ」


 不本意ながら俺もそう思うよ。

 どこまで大きくなっているかわからんが、一応は協力関係を結べた。

 お互いにいい関係のままでいたいね。


「蕭何殿もご苦労が多い様ですが、お身体に気を付けて」


 蕭何にも声を掛ける。


「ああ、そう言ってくれる者が近くに居てくれたら良かったんだが、残念だ」


 あれ、結構怒らせてばかりだと思ったが、意外と俺を評価してくれてたのかな?


「貴方は、振り回されて後始末をする者の気持ちがわかる人の気がする」


 蕭何が悲壮な顔で呟く。

 ああ……なんというか、現代にいた頃の俺を見ているようだ。


「蕭何殿……」


「田中殿……」


 しっかり手を握りあった。何なら抱き合いたい。


「では、またいずれどこかで」


 田突が御する馬車に乗り込み、動き出す。


「斉が嫌になったらうちに来いよぅ!」


 劉邦の大声を背中に馬車は走り出した。

 たった三日間の出来事だったが、強烈だったな。

 劉邦達に会ってしまった。

 この出逢いで歴史は何か変わっただろうか?いや、変えなきゃいけない。

 田氏の未来を。



 こうして俺達は沛を後にし、陳を目指して旅立った。

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