57話
ストックしていたこの話を、手直し後に間違えて消去してしまいました……。
慌てて書いたのでおかしな所があるかもしれません。
申し訳ありません。
なんと地図職人の あーてぃ 様から地図を頂きました!
「田中タダシ(41)建国記」、書籍版の「リオンクール戦記」の地図を描かれた方です。
今日の夜にでも巻頭に投稿しようと思います。
お楽しみに!
(叔父上は慎重過ぎる)
項梁と郡守の会談を別室で待つ項羽は思っていた。
叔父項梁のことは父のように尊敬している。
人を使うのが上手く、政務、軍略共に明るい。
今では俺の方が強いだろうが、個人の武も強い。
知識も豊富で中央の学者にも劣らぬ。
ただ、知が勝ちすぎてか、それとも仇持ちになったせいか、慎重過ぎるきらいがある。
呉で顔役を務め、有能な者を厳選し反乱が起こるのを待った。
そして反乱が起こってもすぐには動かず、会稽の郡守に自衛のための軍を利用し、郡守も説得し部下にするという。
一歩進んでは立ち止まり周りを見回す。また一歩進んでは足元を確認する。
項羽はその歩みの遅さに歯痒い思いを抱いている。
(物事には勢いであたる方がよい時もある)
回り道をしなくとも、項梁は旧楚の英雄、項燕の息子なのだ。
ひとたび声を上げれば数千の兵が集まるだろう。
その兵をもって咸陽へと攻め上ればよかったのだ。
反乱軍にあれほど人が集まったのだ。我らが先に起っていれば、あの数万の軍勢は我らの物だったのだ。
立ちはだかる官軍なぞ俺が先頭に立ち、吹き飛ばしてやるのに。
そして咸陽の皇帝を殺し、再び王の並ぶ列強の時代へ。
その盟主の座として楚の王……いや皇帝という名を残してもよいか。
各国の王達の上に立つ皇帝。
悪くない。
その座に座るのは項梁、そして……。
「項羽」
そんな想像を頭に描いていると部屋の入口から声がかかる。
「叔父上、早かったですな。話は終わりましたか」
「予定が変わった。付いてこい」
項梁の表情は変わらぬように見える。しかしその目には剣呑な雰囲気を漂わせている。
それは常に行動を共にした項羽にしかわからないことだ。
項羽は気を引き締め、先を歩く項梁に付き従って部屋を出る。
広く長い廊下をいつもの様に項梁の斜め後ろを歩く。項梁は少し振り返り、目で項羽を呼ぶ。
項羽は足早に彼の隣に並ぶ。
「郡守を殺す。剣は門で預けたが無手で出来るか」
項梁の囁きに項羽の胸は跳ねた。
そうこなくては!楚の男はこうでなくては!
「郡守のような細首、片手で十分です」
項羽は獰猛な笑みを浮かべる。
「うむ。ではわしの後に付け」
目上の叔父と並んで入るのは不自然である。
項羽はゆっくりと斜め後ろに下がり、また項梁を守護する化身のように付き従った。
郡守の部屋に一礼をして入り、彼の前まで歩く。
「おお、そなたが項羽か。なんという巨躯、たのも……」
「項羽、行け」
郡守の言葉を最後まで聞かず。
項梁の声は大虎の鎖を解き放った。
項羽が弾かれたように動く。
巨大な鳥のように飛び、虎の牙のような指が郡守の首に噛みつき、軽々とその身体を持ち上げた。
「オ゛ェッ」
悲鳴なのか、空気の漏れる音なのか。
郡守の口から声にならない音が漏れる。
江南の者の浅黒い肌と対照的な白肌を真っ赤に染めた郡守は、口から唾を散らしながら必死に虎の腕を掻き毟る。
その抵抗も「ゴキリ」という音と共に、止んだ。
郡守の腕がだらんと下がり、口からは長い舌が力なく垂れ下がった。
「楚の名族である我らを、ならず者などと同列に語るな」
もう二度と語れぬようになった郡守に、項梁は冷たく吐き捨てた。
騒ぎを聞き付け守衛や官吏が駆け込んで来る中、項梁は郡守の証である印綬を死体から奪うと、郡守の座に座り、項羽に指示する。
「項羽、官吏を集めろ」
飛びかかって来る守衛を一撃の下に打ち殺し、その血塗れの手に剣を取った項羽は大喝する。
「皆を集めろ!新郡守様が声明を出される!」
主だった者達が集まると項梁は徐に立ち上がり、静かだがよく通る声で演説を始めた。
「この項梁が今日から会稽郡守である」
官吏達はざわめくが、それも項羽の睨みにすぐに収まった。
項梁は横たわる前郡守の死体を指し、
「前郡守は国家に謀叛を企て、この会稽郡を私物化しようとした。したがってこの項梁が天に代わり誅殺した」
一旦言葉を切り、官吏達を見回す。
「今、会稽は反乱軍の脅威に晒されようとしている。対抗するには強いだけでなく、民を纏めあげる長が必要だ。この項梁が先頭に立てば、我が父項燕を始め、楚の将軍家であった項家の祖霊が守護してくれよう。
異議のあるものは反逆の徒として討つ。従うものは跪け」
官吏達は互いを見回し、やがて一人、二人と膝を折ると波が引くように全ての者が跪いた。
「うむ、では自衛軍を編成するため我が名において募兵を行う。また各県へ郡守の交代を通達せよ。従わぬ者があれば直ちに攻める」
その暴力的で凄惨な交代劇を目の当たりにしていないこともあるが、会稽の民は項家の家名と項梁自身のこれまでの地道な活動によって得た評判もあり、この交代劇を好意的に受け止めた。
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「見てくだされ、叔父上!」
項羽は高台に登り、募兵で集まった大勢の民を見下ろす。
「うむ」
項梁は満足気に頷いた。
項梁の会稽軍は、すでに近隣の県の多くを掌握し、さらには付近の官軍も傘下に収めていた。
抵抗する県も残り僅かだ。
そして今、反乱軍に対抗するための補強として、募兵が行われていた。
「しかしこれらは素人の集まり。わしが集めた将達によって、軍としての調練を積ませねばならん。暫く時間がかかる」
項羽は梯子を外されたように憮然としたが、そのことは理解している。
項羽自身も手足の如く動かせる軍が欲しい。
「調練を積む間に反乱軍から何か接触してきますかな。それが攻撃なのか、交渉なのかはわからんが」
側にいた項伯が話に入ってくる。
「うむ、襲ってきたとして、兵として仕上がるまでは今の兵力で相手をせねばならん。それらも鍛え直す」
項梁はそういい、項羽に向かい、
「お前は各軍の調練に参加しろ。そして精鋭を選べ」
「叔父上!」
項梁の言葉に項羽は喜色を浮かべる。
「お前がその精鋭隊を率いるのだ。お前の先陣をきる武と閃きには期待している」
「ありがとうございます!私が精鋭を率いたならば十万の敵でも蹴散らしてみせましょう!」
項羽の口に獰猛な笑みがこぼれた。
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