54話
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明朝、まだ日も登りきらないうちに沛へと着いた。
昨日の雨はあがっているが、今日も空には厚い雲がかかっている。
劉邦達は城壁から見えない所で待機している。
そこで門が開け放たれるのを待つ。
俺と田突、華無傷の三人は、辺りが明るくなるのを待って、固く閉じた門へと馬車を歩かせた。
「すみません、開けて下さい!」
俺は城壁にいる門番に向かって叫ぶ。
門番は城壁の上から顔を出し、応える。
「何者だ!今この邑は非常時だ、門は開かん!」
「旅の者です。隣の胡陵の邑からこの邑におられる呂公へお届け物を預かって来ました。昨日の雨の中、夜通し駆けてここまで来たのです。お願いしますよ!」
門に来る前に未だ濡れている草の上に寝転び、髪も濡らした。
お陰で気持ち悪いし、風邪をひきそうだ。
「何、呂氏だと?ちょっと待て!」
門番は顔を引っ込め、下に降りてくるようだ。
やがて門が少しだけ開き、
「急いで入れ!」
と乱暴に門の中へと促される。
ふぅ、第一関門突破だ。
しかし複数の門番に囲まれる。
「おい、届け物とは何だ、誰からの物だ」
その中の年嵩の一人が尋ねてくる。門番の長だろうか。
「いえね、胡陵の酒家で沛に寄るって話をしていたら頼まれましてね。急いでくれって、銭もたんまりくれました」
「見せてみろ」
門番長が手を出す。
俺はわざとらしく身を捩り、懐を隠す。
「あ、いけません。呂公ご本人以外見せちゃならないって約束です」
「やかましい、いいから見せろ」
「あ、あぁ、やめてください、そんな無体なぁ、あぁ」
門番は俺を羽交い締めにし、無理矢理懐に手をつっ込み、包まれた一枚の布を取り出した。
「あぁ、そんな、返してくださいぃ」
田突と華無傷は俺の迫真の演技に白い目を向けている。
演技派でしょうに、何でよ。
「こ、これは」
門番長が布を広げる。そこには文が書かれていた。
「劉邦からの物資の催促だ。あやつら芒と碭の間の山にいるらしい。県令に知らせろ!」
門番の一人が走っていく。
門番長はそれを見送ると、俺達に向き直り、己の手柄を誇る様に尊大な笑みを浮かべる。
「ご苦労だったな。おかげで罪人の居所を掴めた。もう出ていっていいぞ。と、そうだお前、銭をもらったといったな。証拠として押収だ」
何の証拠になるんだよ、それ。懐に収める気満々じゃねえか。
手を出す門番長に、仕方なく銭の入った袋を出す。
俺の小遣い……。
袋をぶん取った彼は、重さを確かめるように上下に振り、その音をニヤニヤと聞いている。
「雨の中夜通し駆けて来たんですよ。少し休ませてくださいな。服を乾かさなくちゃ。腹も減ってます」
俺が非難がましくいうと、
「こんな時間にメシを出す所があるか。自前で煮炊きするなら迷惑にならんよう気をつけろ。休んだらとっとと出ろよ」
彼はめんどくさそうに応えた。
「はぁ、ではこの邑の長老のお家を教えて頂けませんか。ご挨拶と煮炊きしてもいい場所を聞きます」
「ふん、随分礼儀正しいんだな。そこの部下に聞け。俺は証拠の確認に忙しい」
そういって、袋の中を覗きながら去っていった。
「というわけで教えて下さいますか。銭はかかりますか?」
俺は隣にいた門番に皮肉混じりで聞く。
「はぁ、まったくあの人は……。銭はいらんよ」
彼はため息混じりに教えてくれた。
~~~~~
俺達は門番に偽の文を奪わせ、本当の文を持って長老の家を訪ねた。
「劉邦殿からの文です」
俺は文を見せ、事情を話すと長老は他の地区の長老にも声をかけ、会合を開いた。
因みに長老というのは、髭の長いいつから生きているかわからん様な爺さんではなく、その地区の長、いわゆる町内会長さんの様な人達の事らしい。
「どうするか……。本当にあの劉邦に任せて大丈夫なのか」
「県令よりはマシなのではないか」
「いやいや、劉邦が主となると無法者が大きな顔をするのではないか」
劉邦のおっさん、信用ねぇな。否決されそうですよ。
「お待ち下さい。その文には蕭何殿と曹参殿のご署名もございます。お二人の様な清廉な方が付いているのです。この沛に無法が蔓延ることはないでしょう」
「おお」「蕭何殿なら」「あの方々なら」
蕭何さん、アレは薄いけど信用は厚いね。何がとは言わんが。
「その蕭何殿達が主と仰いでいるのです。そして反乱軍の手も伸びて来ております。戦となれば無頼達を従わせる事の出来る男が必要でしょう。
毒を以て毒を制すと申します。綺麗事だけでは生き残れますまい」
「毒を以て?」「言うか?」「聞いたことないぞ」
あー、もうくそ。もっと先の時代の故事かよ。
「我が故郷で使われている言葉です。秦の圧政、反乱軍の脅威という毒に対抗するのに劉邦という毒を使うということです。使い方次第では毒も薬となりましょう」
「なるほど」「確かに」「しかし毒は毒だぞ」
うーん、もう少し。
「劉邦殿は確かに仕事も不真面目で、馴れ馴れしく、口が悪いし、強引で人任せ、女たらしで、だらしのない男です」
「そこまでは」「あんた仲間じゃないのか」「ちょっと可哀想」
仲間じゃない、被害者です。
「しかし、様々な人を惹き付ける魅力と、諌めれば聞き入れる度量をお持ちです。蕭何殿や曹参殿と共に舵を切れば間違った方向へは向かいますまい」
「ううむ」「そうだのう」「あの方達がおれば安心か」
長老達はガヤガヤと相談し、やがて答えが出たのかこちらに向き直る。
「我ら沛の民は秦の圧政から脱し、反乱軍に飲み込まれぬため、劉邦殿に協力することにしよう」
そういって頭を下げる。
ふぅ、よかった。よし、後は県令と門だな。
「ありがとうございます。では県令を排し、門を開けさせましょう。長老方と住民の方々と県廷へ陳情という形で行きましょう。華無傷殿、出番ですね頼みますよ」
「お任せください」
華無傷は背を伸ばし、その胸を叩いた。
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