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53話

田中(でんちゅう)といったか。それは斉の下につけってことか?

 いくら (はい)を奪うのを手伝うといっても、それはちと虫がよすぎないかい」


 劉邦が低くドスの利いた声を出す。


「ここは元々魏の領地だった地だ。斉に属する義理はない」


 蕭何も反論する。


 曹参も語りはしないが、憮然としている。

 やっぱり機嫌を損ねたかな。


「では沛を取ったとして、そのまま独立勢力として活動されるのですか?」


「っ」


 俺の質問に蕭何は言葉が詰まり、劉邦も顎に手をやり、


「まぁそりゃ状況次第だが、どっかの下につかねばならんなら、一番でかいところにつくぜ」


「確かに今は南の反乱軍が一番大きいでしょうが、扶蘇や項燕などと偽名を使う者達より、血統確かな田氏の方がこの先大きくなるとは思いませんか」


「血統で戦が勝てるのかい」


「人を集めるのは確かでしょう」


 劉邦は小さく舌打ちする。

 ヤバイな、血筋の話には劣等感を持っているのか。別方向から攻めよう。


「扶蘇と項燕の名は確かに怪しいが、確実に偽名なのか?」


 そう思っていると曹参が反乱軍の首領について聞いてきた。

 よし、話題が変わる。


「項燕は定かではありませんが、扶蘇は間違いなく。なにせこちらの陣営には、扶蘇様の最期を見届けた秦の名将、蒙恬(もうてん)様がおられます。一人が偽者なのですから、もう一人も偽者で間違いないでしょう」


「なに!」


 これには三人も驚いたようだ。


「田氏は処刑される予定であった蒙恬様を救い出し、(かくま)っておりました。そして今は客将として協力いただいております。その事も斉の将来性を裏付けることとなりませんか」


「ううむ……」


 劉邦が顎に手を当て俯く。残りの二人も黙って劉邦を見守る。


 劉邦はかなりの時間の熟考し、やがて顔を上げた。


「いや、駄目だ。下にはつかん。

 蒙恬がいることの益は十分にあるが、秦憎しの者達にとっては内紛の原因になるかもしれん。

 なにより秦の鎖を切ったら、次は斉の鎖に繋がれるってのは面白くない。沛の民も納得せん」


 厳しい目で答えた。



 くそう、やっぱり駄目かぁ。

 劉邦の手綱を握れれば大きかったんだがな。

 まぁ俺も万が一と思って言ってみただけだ。

 仕方ない、無難に収めよう。


「そうですか、残念です。しかし仰る通り沛の民の心情を考えるといきなり傘下というのは難しいですよね。失礼いたしました」


 俺は頭を下げる。そしてゆっくり頭を上げ、笑顔をつくる。


「ですが敵は共通、官軍です。協力し合えることもありましょう。我々は今はまだ弱小勢力、互いの力を合わせ、秦の悪政に立ち向かおうではありませんか」


 劉邦が(いぶか)しみ、問う。


「それは同盟しろということか」


 俺は笑顔のまま首を振り、


「いえいえ、そこまで大層なものではありません。そうですね、例えば互いの領地で徴兵や無法な略奪をしないだとか、可能な範囲での輜重(しちょう)の融通、共闘、あとは軍旅の領地通過。などですね」


「ふん」


 劉邦の鼻が鳴る。厳しい目も僅かに(やわら)ぐ。


「まぁ要はお互い喧嘩せず、協力できる時は協力する、そんなものです」


「俺達が反乱軍に加わったらどうなる」


「どうもしません。どう変わるかはわかりませんが協力可能な範囲が変わるだけです。逆に我等が反乱軍と同盟を結んでも同様です」


 劉邦は髭を撫でる。

 蕭何が口を開く。


「意味があるような、ないような」


「私の独断で出来るのがこの辺りかと。まぁ将来、我が王や将にお会いすることもあるでしょう。その時までの繋ぎと考えて頂けたら」


 秦という共通の敵がいる時はいいが問題はその後だ。

 渡りをつけとくのは悪いことじゃないはず。


 もう一人の相手のためにも。

 あっちは話を聞きそうにない印象だからな。いや、まだ叔父が頭領なら交渉出来るかな。

 いやいや、いつ会うかもわからんか。


「ふん、まぁいいか。仲良くしようってんならしてやろう」


 劉邦はもう一度鼻を鳴らし、口を歪ませた。


「とりあえずは沛を取らなきゃ絵空事だ。

 明日やるぞ。

 田中よ、そのよく回る口で長老を説得してくれよ」



 ~~~~~



 明日の打ち合わせをした後、手下に田中達を寝床へ案内させ、劉邦達三人はそれを見届ける。


「よろしかったのですか。あのような簡単に」


 蕭何が問う。


「どうせ暫くは秦とやるんだ、かまわんだろうぜ。

 だが、かつて一戦もせず秦に下った、腑抜けの斉の下にはつかん。それに斉は一族主義っぽいしな。田氏でなければ上には立てん。つくなら強兵で親族の少ないやつらの所だ。

 あんな約定、邪魔なようなら捨てればいい。これからこの地は乱れに乱れる。約束なんざ吹けば飛ぶ軽さになるさ」


 劉邦は蕭何もこれまで見たことのない、冷たい目で答え、


「しかし何が『私の独断で』だ。独断で俺達を傘下に収めようとしてたじゃねぇか。

 門を齧って開けてくれる鼠を拾ったと思ったが、小狡い狐だったかよ」


 少しだけ口元を緩めた。



 ~~~~~


 寝床に案内された俺は大きく息を吐き出す。

 はあぁ、キツかった……。


 改めて思うが、こっちが一方的に大物って知ってるのはしんどいな。変に意識してしまう。


 それを差し引いても劉邦は一筋縄ではいかない感じだな。

 軽く流しているようでもあるし、深く考えているようでもある。掴み所がないな。

 まぁ、少しは素の部分が見えたかな。



「よろしかったのですか。独断であのような」


 華無傷が不機嫌に聞いてくる。


「斉王には私から説明しますよ、勢力拡大や兵糧確保のためなどと言われて北に進まれても困りますし、多少の抑止にはなるでしょう。本当に牽制程度ですけどね」


「約定を破って進攻してきたら」


「その時は向こうの非を喧伝しながら相手をするしかないでしょうね。しかし世の評判を落としてまで北に向かう利益は薄いと思います。まずないでしょう」


「世の評判ですか」


 華無傷はわかったような、わからないような返事をする。


「評判が悪くなれば募兵も補給も難しくなるでしょうし、協力する軍もいなくなります。小規模な勢力には致命的だと思います」


「はぁなるほど」


「彼等は沛を取れますか」


 田突が言葉少なに問う。


「長老の説得を、とはいっていましたが文だけでも勝算があったのでしょう。民が味方のようですから。取らねば俺達も南へ向かえない」


 華無傷がため息を吐く。


「まったく、とんだ寄り道になりましたね」


 本当にな。この出逢いがよかったのか、悪かったのか。

 始皇帝の件もある。悪い方向へ変わらねばいいんだが。


「明日は打ち合わせ通り、日の出前から沛へ向かいます。早めに寝ましょう」


 二人は頷き、寝床に着く。

 俺も寝床に着き、明日の計画を考えながら横になった。


 早く終わらせて、反乱軍との交渉に行かないとな。

 はぁ、蒙琳さんなにしてるかなぁ。

お読み頂きありがとうございます。

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