表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/169

50話

「はぁ」


「またため息ですか」


俺は今、南の反乱軍への使者として馬車に揺られている。



俺の隣にいるのは華無傷(かぶしょう)という男で、田儋(でんたん)が付けてくれた従者だ。

古くから狄の田氏に仕えている華一族の若者である。


馬を操るのは田突。寡黙に手綱を握っている。



「賊が横行している中、俺達だけで不安なのはわかりますがね。反乱軍の親玉にその書簡を渡して、さっさと帰るだけではないですか」


華無傷は楽天家なのか、考え無しなのか、事も無げにいう。


「そう簡単にいうけどね……」


まずその親玉がどこにいるかわからん。


反乱軍の動きは広がっているようだ。噂では西に進む軍と東南に向かう軍に別れたらしい。


うーん……東南の軍は後方を確保して挟まれない様にと、補給のためかな。


咸陽を狙うなら西の軍が主力だよな。


とりあえず反乱のあった大沢郷(だいたくきょう)まで行って、そこから西に向かうか。その辺りまで行けば反乱軍に出会えるかな。いや、それより西の大邑を目指したほうがいいか。


道々噂を拾いながら行かなきゃな。



俺が眉間に皺を寄せ、思案していると華無傷はまだ不安がっていると思ったのか、


「大丈夫ですって。いざとなれば俺がこれで蹴散らしてやりますよ」


そういって腰の剣を叩く。


軽いなぁ。

まぁ俺とは気が合いそうだけど。


苦笑いしながら自分の腰を見た。


そこには華無傷と同じように剣がぶら下がっている。

田横が行き掛けに持たせてくれた物だ。


『護身用に持っていけ。だが斬り合おうと思うなよ。お主は剣が下手ではないが、人を斬れんだろう。守るか逃げるかに使え』


よくご存知で。


早いところ覚悟を決めなきゃいけないのはわかっているんだけどな。

狄の蜂起の後、県令達を処刑した時も足がすくんだ。今回は吐きはしなかったが。


これから先、自分が戦わなきゃならない時が来るだろうか。



俺はまた、ため息を吐いた。



~~~~~



俺達は泗水(しすい)郡に入り、河沿いを南下する。

空は厚い雲に覆われ、今にも降りだしそうだ。


「雨が降りそうですね。もうすぐ(はい)(ゆう)があります。少し早いですが今日はそこで休みましょう」


田突がそういい、馬車を少し速める。


はいはい沛ね。

ん?沛ってなんかあったか?

なんだっけ。



そろそろ沛が見えようかという時、パラパラと雨が降り出した。

田突がさらに速度を出そうとした時、一人の男が手を振って道の真ん中へ出てきた。


男は四十過ぎくらいで、長く見事な髭と、夏の草原のように濃い眉、合わせたら逸らす事が出来ないような大きく力強い目をしている。


その一度見たら忘れ得ぬ顔に人懐っこい笑顔をたたえ、


「兄さん方、俺もちと乗せてくれ」


男はそういうと、俺達の返事も聞かず馬車へ乗り込んでくる。


「ほらほら詰めてくれ。いや助かった、もう少し持つかと思ったんだが降ってきたな。御者さんよ、やってくれ」


田突が判断に困り、俺の顔を見る。

強引なおっさんだな。しかしその笑顔のせいか、なんか憎めないな。

仕方がない、というかもう乗っちゃってるしな。

田突に頷き、出発を促す。


「送るのは沛でよろしいのですか?」


俺が問う。


「いや、ん、ううん?」


おっさんはいきなり俺に詰め寄ってきた。そしてそのギョロリとした目で俺を見つめる。

え、なに。なんなのこのおっさん。ヤバイの?ヤバい草でも食ってるの?


「兄さん、なんかあんた変わってるねぇ」


いや、おっさん。あんたの方が絶対変わってるよ。


「沛まででよろしいので?」


俺はおっさんの言葉を無視して繰り返す。


「いや、そこの山まででいい。今はそこが寝床でな。兄さん方は沛まで行くのかい?」


狩人、には見えないが。山賊か?


「ええ、今日は沛で宿を取ろうと」


おっさんはその言葉に、何か考えるように顎を掻き、やがてニヤリと笑い、


「そりゃちょうどよかった。一つ沛に届けて貰いたい物がある。それに乗せてくれた礼もしたい。山へ寄ってくれ」


「どうせ沛には行くのでお届け物は吝か(やぶさ)ではありませんが、礼は結構です。先を急ぎますので」


居場所のわからない反乱軍の本隊を探さなきゃいかんしな。

どうもこのおっさんは面倒な匂いがする。


「まぁそういうなよ、兄さん。雨の中では馬車でもそうは進めんぞ。ちょっと雨宿りして行けばよい。お、迎えかな、あいつは俺の手下だ」


そういっておっさんは雨の中を指し示す。

そこには山の前で、逞しい身体つきの男がこちらに向けて両手を振っていた。


「おう、(えい)。出迎えご苦労」


おっさんは手を振っていた男に声をかける。


「ご苦労、ではありませんよ。どこに行かれていたのですか、こんな時に。県令の手下に捕まったらどうするんですか。蕭何(しょうか)殿も赤い顔で怒鳴りながら探してましたよ」


男の言葉におっさんは苦い顔で顎を掻きながら、


「山に籠ってばかりでは、気が滅入る。県令は自分の身を守るのに精一杯だろうよ。邑に籠っているだけだ。

それに出掛けたお陰でいい策も拾った」


そういっておっさんは俺達をニヤニヤと見た。


あ、これ絶対面倒事だわ。

あとどっかで聞いた名が出てきたが、気のせいだよな……。


「ん、あれ兄さん、急に顔色悪くなったぞ。雨に打たれて冷えたか?こりゃいかん、ゆっくり休んでいけ。

で、少しお話しようぜ、な」



い、イヤだ。お話って何?

このおっさん……いや、知りたくない!

感想、ご指摘、評価、ブックマーク頂けたらとても嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ