40話
俺達は、蒙恬を横目に今後の話し合いを始めた。
「わしらの顔はバレてはいないが、この辺りの賊を探し回るだろうな。わしらは暫く大人しく漁師をしてやり過ごす。その爺さんは匿えんぞ」
彭越がいう。元より蒙恬を匿って貰うつもりはない。
「わかっている。蒙家の者と共に俺達と同行してもらおう。中、どうする、一度狄へ戻るか?」
田横が問い掛けてくる。
えーと、整理しよう。
俺は口に手を当て考える。
蒙恬は完全にお尋ね者だし、田横も趙高に顔を見られている。蒙毅に付いた凄腕の護衛としても調べられているだろう。
蒙恬と田横が一緒にいるのは知られていないとしても、そのうち田横を追って、狄へも捜索に来るだろう。
歴史は変わってしまったが、結局胡亥が二世皇帝になってしまう。陳勝、呉広の乱は起きると考えたい。
陳勝、呉広が立つまでどうやり過ごすかだな。
狄で兵を挙げて秦に対抗するか、どこかに潜伏するか……。
宮中が落ち着き、外へ目を向けるまでに狄へ戻り、田儋、田栄と相談した方がいいだろう。
ようやく考えが纏まり、顔を上げる。
皆がこちらを向いている。
蒙恬はイライラした様子だ。
「そうですね。一度洛邑に寄って、それから狄へ向かいましょう。通り道ですし、狄から連絡が来ているかもしれません。蒙恬様もご同行願います」
話を振られた蒙恬は鼻を鳴らし、
「わしは行かんぞ。このまま咸陽へ行き、刺し違えてもあの悪党を、三人の仇を討つ!」
蒙恬は鼻息も荒く、大声を張り上げた。
弟や敬愛した人達だものな。
しかしなぁ。
「まぁ落ち着いて下さい、蒙恬様。貴方は今、反乱者で脱獄者です。咸陽へ行ったところで門の中にも入れないでしょう。仇にも会えず犬死するだけです。どうにか咸陽に入れたとして、コソコソ忍び寄って暗殺するのですか?正々堂々とではなく?」
「う、」
「それに残された蒙琳殿はどうするのです。一人になった姪を残して刺し違えて、蒙毅様が喜ばれますか?」
「うう、」
言葉に詰まる蒙恬に、俺は柔らかく微笑み、
「聞けば蒙恬様の御祖父の時代まで斉の人でおられたのでしょう。斉には蒙家の御先祖のお墓があるのではありませんか?
ここは一つ、御先祖に敵討ちを誓い、時期を待ち、兵を率いて堂々と正面から咸陽へ入り、仇を討とうではありませんか。
もちろん狄の田家は一族をあげてご協力いたしますよ」
なぜか俺の横で田横が苦々しい顔をしている。
なんでさ、説得してるじゃん。騙してないじゃん。
「堂々……正面から……し、しかしそれでは秦という国が」
蒙恬は目を泳がせながら、反論してくる。
もうちょいだな。
「これから胡亥と趙高は悪政を繰り返し、国を破滅へと導くのは目に見えております。
汚名を残して滅ぶ国となるのか。
邪道を廃し正道へと導き、国を生まれ変わらせるか。
その結果、国の名が変わることになるかもしれません。残念ですが仕方のない事です。
なんせ生まれ変わるのですから。
二つに一つですよ」
「そう、か。二つに一つか……。そうかもしれんのう……」
視界の端で田広が顔を覆っている。
蒙琳は嬉しそうに伯父を見ている。
蒙琳さん、伯父さんの説得に成功しましたよ!
「絶望…お前……、さすがの俺でも爺さんが可哀想になったぞ」
彭越までそんな事を言い出す。
蒙恬は犬死しない、蒙琳は伯父さんと居れる、田家は蒙恬を迎えられる。皆幸せ。最高の結果じゃん?
「まぁ、わしには関係のない事だ。おい、青二才、落ち着いたら報酬の残りを取りに行く。狄へ行かせればいいのか?」
彭越の声に田横が気を取り直す。
「あ、ああ、まだ分からんが狄まで来たら連絡がとれる様にしておく」
田横も狄から出なければならない事態を考慮しているようだ。
「彭越、世話になった。助かったよ」
田横が彭越に笑顔を向ける。
「雇われただけだ。次に会うときは味方とは限らんぞ。お前らの敵に雇われているかもしれん。まぁ、官兵に尻尾を振る事はないがな」
彭越は髭面でニタリと笑い、去っていった。
「さて、では狄へ向かう準備をしましょうか」
皆が動き出す。
久しぶりに狄へ戻る。
田儋や田栄は元気だろうか。
狄を出る時には、想像もつかなかった事態になった。
こんなことになって、なんて言うだろうか。
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