35話
今年はお盆休み返上で仕事してます。ストックがどんどんなくなっていく…。
咸陽を出て十数日、俺達は上郡まであと少しの所まで来ていた。
強い日差しの中に、上郡の高い城壁が見えた。
城門の辺りが騒がしい。
俺達は少し引き返し、林の中へと馬車を入れた。
「偵察しましょう」
俺と田横は林を抜け、邑へと近づく。
草むらに隠れ、城門を窺う。
道の両脇を野次馬だろうか、多くの人が無秩序に連なりその隙間から兵士の姿が見えた。
やがて野次馬の列は途切れ、道を行く兵士達の全容が明らかになった。
先頭に文官らしき男が馬車に乗り、その後を五十人ばかりの兵が続いている。
兵士の中ほど、一人の男が縄をかけられ連行されている。
男は壮年で体格がよく、縄をかけられているにも関わらず、迷いのない様子で歩を進めている。
遠いため表情を窺う事は出来ない。
「あれは、まさか……」
田横が隣で唸る。
「……蒙恬様でしょう、恐らく」
「扶蘇様は……」
俺は田横の問いには答えなかった。
兵士達が遠くへ去り、野次馬も邑の中へと戻っていく。
疎らになった人混みの中、一人の男を見付けた。
「突殿がいました。行きましょう」
草むらを抜け、田突の元へと近づく。
田突もこちらに気付き、辺りを見回してからこちらへ駆けてきた。
なぜ田突がここにいるのか。
以前、咸陽から狄へ走ってもらった。
その時、田突一人の往復では時間がかかりすぎ、こちらの人員が削られる事を懸念して、田栄が洛邑を中継地として人を置いてくれたのだ。
田突には洛邑まで馬で駆けた後、そのまま上郡へ先行して、様子を窺って欲しいと頼んでいた。
「横様、中殿」
田突が固い表情のまま合流する。そして皆が待つ林へ向かった。
「先程の隊は」
田横が問う。
「……蒙恬様は捕らえられ、咸陽へ送られる事に。扶蘇様は……自害されたと噂が……」
田突は悔しそうに報告した。
「そんな、伯父上まで……」
蒙琳が嘆く。彼女には辛い事ばかりだ。
やはり間に合わなかった……扶蘇は詔を信じたのかよ。
これで史実通りになってしまった。
くそ、どうする。ここは諦めて狄へ一旦帰るか?
趙高と胡亥は暫くは内側を固めるために力を注ぐだろう。
時間はある。
それに蒙家の一族を探すとしても残りは蒙琳一人だ。兵を出すにしても少数だろう。
狄でなら守り通せる。
反乱まで狄で時期を待つか……。
っ……くそ!扶蘇と蒙恬も助けれず、蒙毅の仇も討てない。
……なんでもっと上手く出来ないんだ!
頭を抱えて、掻きむしる。
「中、俺に策がある」
田横の言葉に俺は顔を上げた。
「あの隊を襲って、蒙恬を奪還する」
皆が田横を見る。そんな無茶な。
「襲うといっても戦えるのは横殿と突殿、蒙家の従者の数人、いくら横殿が強くても五十人には」
「こちらも数を揃える」
「今から狄へ走っても間に合いません」
「狄ではない。兵を借りる」
借りる?
「ここから南に行った所に安邑という邑がある。その近辺を縄張りとする彭越という大賊の首領がいる。そやつに手下を借りる」
彭越、そうか彭越か!盗賊から王になったこの時代の梟雄だ。それしか知らないが、とにかく歴史に名を残す有名人だ。
味方につけられれば、心強い事は間違いない。
「しかし賊などと……」
田突は田家の名が傷つくのを心配しているようだ。
「賊といっても秦の圧政に抗い、公官しか襲わん義賊だ。その噂は周囲に広がり、今や手下は千を超すという」
「妙手ではありますが、彭越が手下を貸してくれますかね」
捕らわれたとはいえ、蒙恬は秦の将軍だ。敵であった人物を助けるために人を貸してくれるか?
「対価次第ではないかと思う。それに俺とあの男は知り合いだ。若い頃ちょっとな」
そう言って田横は悪戯そうに笑う。あぁ、その笑顔久しぶりだな。
よし。
「わかりました。その策で行きましょう。彭越との交渉お願いします」
「任せろ。お主も付いてくるだろう?」
えっ、あー、よしっ。
「もちろん、行きますよ!」
行ってやろうじゃないか。口八丁田中をなめんなよ!
田横と俺はニヤリと笑った。
用語説明
梟雄 きょうゆう
残忍で強く荒々しい人、また悪者の首領。
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