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34話

 俺達を乗せた馬車は北へ向け、草原をひた走る。


 いつどこで趙高の手の者に見付かるか分からないため、道は使えない。


 道から離れた場所を走り、林の中で野宿する。

 女性である蒙琳には厳しい行程だが、我慢してもらうしかない。


 今日も林中で馬車を止め、簡単で不味い食事をとり、それぞれの馬車へ戻って休む。



 俺は馬車へと戻る蒙琳を呼び止め、話し掛ける。


「辛くはありませんか」


 蒙琳に近づく。


「あ、いえ、大丈夫です。国の大事ですから」


 そう言って、ススッと距離をとられた。



 ……え?あれ?


 俺は一歩近づく。


 蒙琳は一歩下がる。



 あああ……俺なんかしたっけ?なんで避けられてるの?嫌われた?


 あれか、この間胸で泣いてた時にいい匂いだったから、密かに嗅いでたのがバレてたのか?



「中殿!」


 田広がぶつかるように駆けてきて、俺の袖を引っ張り耳許で囁く。


(蒙琳殿は女性ですよ。ここ暫く体を拭く事も出来ない状況で中殿に近寄られたい訳ないでしょう!まったく、女性への配慮に欠けますね!)



 おぉう、そうね、そういうことね。


 蒙琳は田広の言葉が聞こえたのか、恥ずかしそうに、


「すみません、こんな時に……。でも私も一応女ですし、田中(でんちゅう)様に臭いと思われたら……」


「い、いえ、こちらこそ申し訳ありません。広殿の言うとおり配慮が足りませんでした」


 はぁ……、嫌われてなかったのはよかったけど。

 中学生くらいの子に女性への配慮を教わるとかどうなの。オジサン情けなくて、涙が出てくるよ。


 てか田広、いや田広さん、誰に教わったのその紳士っぷり。お父さん?

 こうしてイケメンの子は心までイケメンになるのか。


 項垂れながら火の番をしている田横の隣に座る。


「どうした?」


「広殿に怒られました。女性への配慮が足りないと」


 田横は苦笑いだ。


「安心しろ。俺もそれはさっぱり分からん」


「全然安心出来ませんよ。しかしあれですね、広殿は大人になったらモテモテですね」


 俺は近くの枯れ枝を火に投げ込む。


「もてもて?」


「女性に好かれるってことです」


 田横も枯れ枝を折り、投げ込む。


「ああ、今でも広は狄の女に好かれていたな。歳上から少女まで。(ふつ)がよく嫉妬していた」


 まぁ、いくら本家の跡取りの田市(でんふつ)でも、田広相手じゃ分が悪いな。


「兄上も凄かったけどな。若い時から常に女に囲まれていた」


 映像が浮かぶな。

 とっかえひっかえ……やっぱあいつら親子で爆発しねえかな。


「横殿の周りに女性はいなかったのですか?」


「俺にも一人だけ()ったのだがな、一家で狄を出た。今はどこで何をしているか」


 そう言って、また枝を折って投げ入れた。


「狄へ帰りたいですか?」


 気になって聞いてみた。


「さてどうかな、この間のは本当に参ったがな。

 今はまだ、やることがある」


「……そうですね」


「さて、もう一息で上郡だ。明日も早い、休むとしよう」




 そうだ。

 まだやることが、やれることがあるから、俺も帰れない。


 俺の帰る場所。


 どこだ。

 どうやって?



 ~~~~~



 もう秋を迎えるのに日差しが強く刺してくる。


 ――天の運行が乱れているのか。


 扶蘇は思った。


 父である皇帝に諫言してからここ上郡へと遠ざけられた。

 未だ咸陽への召還はない。


 諫言した事自体に後悔はなく、左遷された事に不満はない。

 蒙恬の元で多くを学べた。


 しかし扶蘇は悩んでいた。



 ――近年の皇帝の行動をみると不可解な事がある

 ――厳しく冷酷な振る舞いが多すぎる


 初めは老いへの不安からかと思ったが。

 もしかしたら、と扶蘇は思う。



 ――後を継ぐ私の甘い性格をみて、厳格な法治が出来ないと見越して、今のうちに締め付けたのでは


 ――そして厳し過ぎるところを私が弛めれば、冷酷だった初代から、篤実な二世になったと天下万民の評価は上がる


 もし、そうであるならば。


 ――子として親の思いに気付かず、さらには諫言するなどと、なんと孝から外れる行いだったのであろう

 ――いや、あの諫言すらも利用し、異民族との戦いを蒙恬に学び、成長させる機会としたのでは


 ――なんという神算、なんと愛に溢れる方か


 扶蘇は感動し、身体を震わせた。


 ――父の、皇帝の行いには全て意味があるのだ。私のような凡人には理解出来ないだけであり、その深謀遠慮は後世に語り継がれるだろう


 ――これからは聖人、舜に習い、例え殺されようとも親を思い、敬い、従おう。そして、もし咸陽へ帰ることが叶えば全力を上げて『孝』を体現しよう。



「太子、ご使者の方が参られております」


 感動に打ち震える扶蘇へ、従者が声を掛けた。


「わかった、すぐ参ろう。どこからの使者か」


 扶蘇は衣服を整え、使者の待つ部屋へと歩き始めた。


用語説明


 孝 こう

 儒教の教えの一つで子が親(父)に忠実に尽くさねばならないという教え。

 家族の在り方を指す『(てい)』と共に重要視され、例え犯罪を犯しても「父は子のために隠し、子は父のために隠す」という考え方。


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