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33話

「私が思いつくのは一つ。やはり上郡を目指します。趙高の出した詔よりも速く扶蘇様に会い、真実を知らせること」


「それだけでは」


 田広の言葉を遮り、続ける。


「そして扶蘇様と蒙恬殿と北方の軍をもって咸陽へ攻め入ること」


「それでは趙高の企み通りの反乱ではないですか!?」


 家宰が声を荒げる。


「意味合いがまるで違います。趙高の悪謀を暴き、正道を取り戻すための軍事行動です。この事を喧伝しながら、咸陽へ向かうのです。

 内乱を起こすことになりますが、今あの翼の生えた毒蛇を討ち果たさねば秦という国全体が、奴の毒で死に絶えます」


「内乱だなんて……」


 誰かが不安げに呟く。

 だろうな。


 罪のない多くの人を巻き込む事になる。


 しかし俺の頭ではこれが限界だ。


 このままでは蒙家一族、皆処刑されてしまう。

 この先の事を考えても、趙高を討っておくべきだろう。


 俺は自分に言い訳をしながら話を進める。



 ……いつか出会った張良なら、もっといい策を思い付くのだろうか。





「横殿、凶事が起きたのはどの辺りですか?そこからここまで、どれくらいかかりましたか?」


「ああ、()の辺りだ。そこから咸陽まで馬を飛ばして一ヶ月はかからん程だった」


 趙高達は大人数だ、動きはそう速くないはず。

 しかし先行する隊を出しているだろう。


「詔が先に届くと、軍をおこしても開き直りの反乱とみられるでしょう。扶蘇様や蒙恬様は詔を信じないとは思いますが、周りは疑心暗鬼に陥るかもしれません。

 こうしている間にも、趙高の魔の手が伸びて来ていると思います。ここにも、上郡にも。

 急ぐ必要があります。

 そしてこの話を蒙恬様に通すためには、蒙琳殿、貴方にも来ていただけなければなりません」



 これまで言葉なく俯いて聞いていた蒙琳は、泣くのを我慢していたのか、赤い目をこちらに向け、


「それで父上の仇が討てるのなら……国が救えるのなら……!」


 そう言って頷き、唇を固く結んだ。


 ……ごめんね、蒙琳さん、お父さんが死んだのに悲しむ暇も与えず……。



「皆さんもよろしいですか?では急ぎ準備を!家宰殿、家僕(かぼく)の方々は連れていくのに限りがあります。選抜して下さい」


「はい、連れていかぬ者達や客には路銀を渡し、郷里に帰します」


「あ、でしたら説客には趙高が蒙毅を(おとしい)れ皇帝を暗殺し、胡亥を傀儡にしようとしていると触れ回るようお願いしてください」


「心得ました」


 家宰は家僕と客を集め、同行希望者を募り始めた。



 俺達は準備のため、広間を出る。


「横殿、突殿」


 俺は廊下で田横と田突を呼び、他の者に聞こえないよう二人に伝える。


「正直、詔より速く着くかは分が悪い賭けです。最悪狄へ走ることになるでしょう。突殿、狄へこの事を報せてください。そしてできたら……」


「わかりました」


 田突に必要な事を伝え、彼はすぐに出るのつもりなのだろう、自室へと走っていった。


「中」


 田突を見送りながら、田横が話し掛けてきた。


「さっきは、その、すまなかった。目が覚めた、礼をいう」


「いつも助けられてばかりですからね。

 蒙毅様の事、よっぽど堪えたのでしょう。田横殿は身内に酷く甘いからなぁ。俺と一緒でね」


 そしてお互い力無く笑う。


「減らず口を……。そういえば、いつもあんな砕けた口調でかまわんぞ。俺の方が歳下だしな」


「俺も焦っていました、お許し下さい。こっちの口調の方が楽な事が多いので。まぁ、考えておきます」


 この口調は俺にとっての鎧であり、剣でもある。

 田横に対して武装する必要はないが、今さら変えるのもな。


「そうか、では後でな」


 田横は大股で歩いていった。

 やっと元に戻ったかな。





 そして一人になり、俺も準備に向かおうとした時、


「中様」


 振り返ると蒙琳がいた。


「蒙琳殿……」


 蒙琳は赤い目をしているが涙を流さず、気丈に振る舞っていた。


「蒙毅様の事……残念でした」


「父上には敵が多く、このような事を覚悟しておけと言われておりました。私も蒙家の女です。……でも……」


 蒙琳の身体が近付き、その美しい髪が俺の胸に触れる。


「少しだけ胸をお貸しください……」


 そして俺の胸にすがりつき、静かに震え、泣いた。



 俺は何も出来ずただ突っ立ったまま、蒙琳が泣き止むのを待った。


 ~~~~~


 どれくらいたったのか、そう長い時間ではなく蒙琳は泣き止み、準備をして参ります、と去っていった。




 俺は部屋に戻り、準備をしながら蒙毅を思った。


 真面目で厳格。融通がきかない不器用さ。しかし優しくて。見た目はダンディなのに親バカで。


 出会ってたった四ヶ月くらいだったけど、父親ってあんな感じなのかな。俺の親父、俺が生まれてすぐ死んじゃったからなぁ。


 あんな親父だったらよかったなぁ。




 そして俺は少しだけ、泣いた。




 ~~~~~


 皆の準備が整い、外へと出る。

 馬車は四台。一台は荷物を乗せ、他の三台に別れて乗り込む。


 城門は蒙家ということですぐに開けてもらえた。

 まだ伝わっていないようだ。



 東の空が白み始めた。




 少しずつ明るくなる中、俺達は馬車で駆ける。


 北へ向け、馬は駆ける。

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