表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/169

32話

「……きろ。……ちゅう」


 誰かに呼ばれている。

 寝ていた俺は目を擦りながら、頭を起こした。


「中……」



 そこには田横がいた。

 なんだ横殿か。こんな時間に何の……。


 違う。何で田横が今ここに?巡遊から帰って来たのか?

 暗い中よくみれば髭も整えておらず、衣服はボロボロだ。そしてかなり疲れた様子だ。



「横ど…」

「やられた」


 え?



「蒙毅様が討たれた。皇帝も殺された」


 蒙毅が?

 討たれた?

 殺された?皇帝が?病死ではなく?


「横殿、落ち着いて。分かるように頼みます」


 俺は横殿を座らせ、水を用意する。


「すまん」


 田横は謝り、差し出された水を一気に飲む。

 そして低い声で話し始めた。


「深夜、宦官に呼ばれ蒙毅様は皇帝の寝所に向かった。

 そこで待っていた趙高と『詔が下る』と二人で寝所へ入った。

 暫くすると『蒙毅が皇帝を弑した』と叫びながら趙高が出てきた」


 まさか、そんな……。


「俺は趙高を捕まえようとしたが、皇帝の護衛に阻まれその隙に逃げられた。

 その後皇帝の寝所へ入ると、胸に短剣が突き立てられ横たわった皇帝と」


 趙高、そこまでするのか……。


「……背中を刺され、膝立ちになった蒙毅様がいた」


 こんな風に歴史が変わるなんて……。


「蒙毅様は趙高が皇帝に手をかけた事、そして最後に『北へ』と……。俺は兵が近づくのを感じ、闇に乗じて馬を奪い、逃げた。他の護衛の者達もどうなったか、分からん……」


 田横は項垂れ、


「……すまん」


 もう一度謝った。



 田横だけの責任ではない。


「顔を上げてください。横殿だけの責任ではありません。俺も趙高を見誤りました。まさか皇帝に手をかけるほど悪逆とは思っていませんでした」


 とにかく、今後の事を話合わなければ。北へか。


「しかし、俺はあれだけの大言を吐きながら護れなかった。遺体すら持ち帰ることも……」


 田横は項垂れたまま手を組み、拳を震わせている。

 泣いているのか?




「横殿、これからの事を」


 田横は動かない。


「横殿、今後の事を。横殿、田横!!!」


 俺は田横に掴みかかった。

 岩のような大きな身体はびくともしない。


 しかし、顔は上がった。その顔には涙の跡がついている。


「しっかりしろ!田横!おい!狄の田横!狄の田家の男は世話になった人の死に際の言葉を反故にするのか!?蒙毅はお前に任せたのだろう!託したんだろう!?」



 田横は立ち上がり、やがて胸ぐらを掴んだ俺の手をゆっくり外し、大きく息を吐いた。



「中、どうすればいい?」


 涙の跡が残る目に少し光が戻った。


「まず皆を起こし広間へ。あんたはまず身体を拭いて、身なりを整えろ。それで気を取り直せ」



 ~~~~~



 田広、田突、家宰、蒙琳、その他家僕達、皆が広間へ集まった。皆田横がいることに驚いていたが、俺は話し始めた。


「巡遊中、凶事が起き横殿が報せてくれました」


 俺は田横が語った事を皆に伝えた。



「父上……」


 蒙琳が言葉を失う中、俺は続ける。


「蒙家に危機が迫っています。皇帝暗殺の連座で一族を処刑しようと、趙高の手の者がこちらへ向かっているでしょう。宮中に無罪を訴えても、今や全てを掌握した趙高に太刀打ち出来ません」


「そんな……主の汚名は晴らせぬのか!?」


 家宰が悲痛の叫びをあげ、顔を覆う。自分の事より主の名誉か、この人も立派な人だ。


「蒙毅様のご遺言通り北を目指します。蒙毅様の兄上蒙恬様と扶蘇様のいる上郡(じょうぐん)へ」


「そうか、太子の扶蘇様へ訴えれば真実が明らかに」


 家宰が顔をあげるが、俺は首を横に振り、


「先程もいった通り、趙高は全てを掌握しました。皇帝の言葉もです」


「どういうことですか?」


 田広が尋ねてくる。


「趙高の筋書きはこうでしょう」


―――――


 病に倒れた皇帝は、蒙毅と趙高を呼び扶蘇を廃嫡し、胡亥を太子とする詔を下した。

 かねてより蒙毅は廃嫡を恐れた扶蘇から、密命を帯びていた。


『機をみて皇帝の命を断て。そして事が成れば、私は蒙恬と共に北方の守備兵を使い、咸陽へ攻めこむつもりである』


 そして皇帝暗殺は起こった。


―――――


「……皇帝を守る事は叶わなかったが、皇帝を暗殺した蒙毅は討った。後は皇帝の最後の詔として、反乱を企てた扶蘇と蒙恬が出頭、若しくは自害させる。こんなところでしょう」


「なんと悪辣な!」


 田広が憤りに震える。


「しかし皇帝の寝所で起こった真実を知る者は、今や趙高しかいません。趙高の言葉が全てとなるのです」


 俺の言葉を聞いた皆は怒り、不安、絶望、様々な反応だ。


「中、趙高の企みを打ち砕く手は?」


 田横が力強く聞いてくるが、まだ表情が固い。

感想、評価、ブックマーク頂けると大変励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ