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29話

「田中、もう身体はいいのか?」


「はい、お陰様で」


 俺と田横は蒙毅の部屋を訪れた。


「外で情報を集めている手の者から、趙高に関する重大な報告がありました。」


「何?」


 あまり嘘はつきたくないが信憑性を持たせるためだ。


 俺は皇帝の死を伏せ、趙高が扶蘇の廃嫡と胡亥の立太子を企ている事だけを話した。


「話はわかった。しかしその話、主上が首を縦に振るとは思えん」


 やはり蒙毅は懐疑的だ。


「皇帝は今、ご健康に不安があるのでは?」


「……それについては何も言えん」


 それが答えのようなものだ。正直な人だ。


「お身体が弱っているところで皇子胡亥を同行させ、献身的な態度を見せ、太子扶蘇様の讒言を吹き込みます。

『廃嫡を恐れた扶蘇様が、北を守護する蒙恬様と咸陽に残る蒙毅様と共に反乱を企て秦を乗っ取る』と」


「何だと!」


 蒙毅は心外だと言わんばかりだ。

 それはそうだろう。皇帝を献身的に支えてきたのは蒙毅、蒙恬の兄弟だ。


「胡亥の立太子に邪魔な扶蘇様と、恨みのある蒙毅様、北で兵力を持つ蒙恬様を一網打尽にできます」


「それを主上が信じるというのか」


「自らが追いやった扶蘇様は未だ許されず、北の地です。その事を皇帝はお気にされているのではありませんか?

 お身体を悪くされ、側にいる胡亥が献身的に世話をし、寵愛を受ける趙高に不安を煽られれば、その声に耳を傾ける可能性はあるのではないでしょうか」


「……」


「全ては仮定の話ですが、邪悪な蝮がこの絶好の機に何もしない事はないでしょう。あの男にこれ以上の権力を握られれば、蝮に翼を与えるようなものです。

 蒙家だけではなくこの国の民全てが奴の毒牙にかかりましょう」


「そうか……そうだな」


 蒙毅は神妙に頷いた。


「巡遊中は趙高の動きに気を配り、主上の側を離れぬようにしよう」


「ありがとうございます。どうかよろしくお願いいたします」


 俺は揖礼(ゆうれい)をし、田横と部屋を出る。


「説得に成功したのに浮かない顔だな」


 田横が隣で聞いてくる。


「趙高が皇帝の不安を煽ると言いましたが、今まさに俺が蒙毅様の不安を煽って行動させるのです。気分は良くないですね」


 他に説得の仕方があったのかもしれない。


「中、俺も巡遊に同行した方がよいな」


 気分を変えるためか、田横が話題を変えてくれた。


「そうですね。蒙毅様の動きを知り、趙高が動くかもしれません。巡遊中の事故に見せかけ、蒙毅様を襲う事もあり得ます。どうかご用心を」


「わかった」


 田横は踵を返し、蒙毅の部屋へと再び向かった。


 ~~~~~


 それから二十日後、巡遊の出発前夜、俺は蒙毅と田横と最後の話し合いをしている。


「私の護衛は田横を含め三人だ。あまり多くも連れていけぬが主上の兵がおるし、正面から襲って来ることはないだろう」


 例え皆が寝静まって密かに夜襲をかけてきても、田横がいれば何とかなるだろう。騒ぎを聞きつけ皇帝の兵が来るまでに田横がやられるとは考えにくい。


 しかしそんな分かりやすい方法を取るかな?何か搦め手で来そうだが。

 いや、それも田横なら何とかしそうだが……何か嫌な予感がするな。


「周り全てが敵な訳ではない。まぁ何とかするさ」


 そう言って田横は俺の肩を叩いた。


 そうだな、後は蒙毅と田横に任せるしかない。今さら俺が同行を願い出ても無理だろうし、戦闘になれば蒙毅以上に足手まといになる。


 蒙毅が目を光らせていれば、始皇帝が崩御しても胡亥がすぐに皇帝になる事態は避けられるはずだ。


 歴史が変わる。いや、変えるのか。



 ……何か凄いな。

 歴史を変える興奮なのか、胸がざわめく。


「蒙毅様、決して皇帝の側を離れませぬように。横殿、くれぐれもお気を付けて」


 俺は田横と蒙毅に向け、揖礼(ゆうれい)をした。


「うむ、出発は明日だ。田横、世話をかけるがよろしく頼む」


「はっ、お任せください」


 こうして俺達は、始皇帝最後の巡遊を迎える。





 この巡遊が史実よりも最悪な事態になるとは知らずに。

用語説明


 讒言 (ざんげん)

 他人を陥れようとして事実を曲げ、偽り、悪あしざまに告げ口をする行為。



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