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27話

本日から4章になります。よろしくお願いいたします。

「ですから、法を司る者が独立した権限を持ってないと。平民同士の争いならまだしも、相手が官吏だったら絶対官吏有利な判断になりますよ」


「うーむ、しかしそれでは裁く者の権限が大きくなり過ぎるのでは?」


「えーと、だからさらに裁く者を裁く機関をですね……」




 俺達が蒙家の客となって三ヶ月余りが経っていた。

 季節は厳しい冬を超え、柔らかな陽射しが降り注ぐ春を迎えている。


 俺は今、蒙家の説客と激論を交わしている。最初の数ヵ月は大人しく聞いていたが、余りに一方的な法支配に違和感を覚え、二、三意見した。

 さすがは法家達、それだけで興味を持たれ食いついてきた。


 そして俺のうろ覚えの現代日本の法知識を披露する羽目になり、粗をツッコまれ、また論じ合う。

 三権分立とか司法の独立性とか中学レベルだが、この時代の法家にしたら新鮮らしい。


 しかし始皇帝は、今の法の礎を築いた商鞅(しょうおう)韓非子(かんぴし)など性悪説的な思想を採用して厳格な法で縛っているので、現代日本の制度とは相性が悪いみたいだ。


 因みに商鞅や韓非子はここの客に教わった。


 (てき)へは一度、報告のため田突を走らせた。

 帰って来た田突によると狄周辺では賊が増えたらしく、自警団という名目で人を集めているそうだ。



「田中、お主の思想は少々危険だが、斬新で面白い。法家達も新たな風が吹き込み、活気づいている」


 今日は政務が忙しくないのか、蒙毅(もうき)も議論の場に顔を出していた。

 田横に護衛されてから今日まで、趙高(ちょうこう)の手の者か確たる証拠はないが二度襲われ、田横が瞬く間に敵を打ち倒し、それ以降襲撃は鳴りを潜めている。

 諦めたのか、機会を窺っているのか、不気味な静けさだ。


 蒙毅と廊下を歩いていると、向かいから蒙琳(もうりん)が従者と共にやって来た。


「中様、父上」


「出掛けるのかね」


 蒙毅は慈しむような表情を我が娘に向ける。


「はい、少し商家へ」


「気を付けるのだぞ」


 蒙琳は頷き、こちらにも笑顔を向けてくれ、その場を去っていった。控えめに言って女神だな、うん。

 

 蒙毅が一つ咳払いをする。


「お主が来てから娘に笑顔が増え、見違える程明るくなった」


 空いている時間を見つけて蒙琳とお話したり、一緒に花を愛でたり、幸せな時間を過ごさせてもらってます。


「我が祖父の代に遥か西方の民族の血が入った。そのせいかあの髪色に生まれ、一時は部屋に閉じこもっていたのだが……こうしてまたあの子の笑顔が観られるようになった。礼をいう」


「いえいえ、そんなわた「しかし!」


 オゥ。


「嫁入り前の娘と!あまり親密になるのはどうかなと思うがな!私は!婚約者でもないのに!そういうのは不埒だと思わんかね!えぇ!?んん!?」


 怖え、あの柔和なナイスミドルの影も形もない。


「い、いや、あの、お会いする時は琳殿の従者の方が常におりますし、私の方も大体広殿を連れてますし、二人きりで会っている訳では……」


「ちっ」


 あー、今舌打ちした!この似非ナイスミドル舌打ちしやがった!


「娘に手を出したら解っておるな?(どんな手を使ってでも死罪にしてやる)」


 おい!法の番人!真面目で厳格な法の番人!聞こえましたよ!心の声が漏れてますよ!何だか親近感!



 蒙琳さん、貴女は髪色のせいで行き遅れなんじゃなくて、親バカで嫁に行ってないようですよ。



「近く主上の巡遊(じゅんゆう)が行われ、これから政務が忙しくなるのだ。余計な心配を増やさんでくれ」


 あんたが勝手に心配してるんでしょうよ。



 って皇帝が巡遊?


 もしかして、これか?

 始皇帝の最後が来るのか?


「蒙毅様!」


 俺のいきなりの豹変に蒙毅はたじろぐ。


「な、なんだね」


「その巡遊はどちらへ?目的は?ご同行者は?蒙毅様はご同行されるのですか?」


「どうしたんだ急に。

 行き先は東南方面、秣陵(まつりょう)県。

 主だった同行者は、皇子の胡亥(こがい)様と丞相の李斯(りし)殿だ。もちろん私も同行する。趙高もな。ここまでは公表されるだろう。しかし目的は言えん。」


 間違いないだろう。この巡遊で始皇帝は死ぬ。




 斉の国を復活させるにはこのまま黙って行かせればいい。

 胡亥が皇帝となり趙高の専横が始まり、陳勝(ちんしょう)呉広(ごこう)の乱が起こる。それに呼応して田氏が起てばいい。




 しかし、そうなると目の前にいる蒙毅は。


 蒙琳は。

 



 宮中を牛耳った趙高は、蒙毅に罪を被せるなんて簡単だろう。

 田横の武力でどうこう出来る話ではない。



「顔色が悪いぞ。少し休め」


 蒙毅が急に青ざめた俺を気遣ってくれる。


「少し疲れたようです。申し訳ございません、失礼いたします」


 俺は蒙毅に謝りフラフラと部屋へと向かった。



 どうすればいい?


 部屋に戻った俺は頭を抱えた。


 胡亥が皇帝にならなければ斉の再興は無くなるかもしれない。

 しかしそれを許せば蒙家が滅ぶのはほぼ確実だ。


 斉の復興と蒙家、どちらかを選ばなきゃならないのか。



「どうした、中」


 答えが見付からず悩む俺の前に現れたのは


 頼もしい大岩のような身体と優しい目をしたいつもの男だった。

用語説明


 商鞅 しょうおう

 法治主義を基に秦の国政改革を断行し、富国強兵を実現。秦の中華統一の礎を築いた。しかし急過ぎる改革に貴族達から恨みを買い、逃亡するも殺害された。

 逃亡の際、宿へ泊まろうとしたが旅券を持たない者は泊めてはならないという法が有ったため、商鞅はどこにも泊まれず嘆いたという。




 韓非子 かんぴし

 法家の代表的人物で『韓非子』の著者。

 荀子(じゅんし)に師事し、その著書は当時秦王であった始皇帝を心酔させた。

 しかし同じく荀子の弟子であった李斯が自分の地位を危ぶみ、秦王に讒言(ざんげん)され自殺に追い込まれた。

 儒家の道徳性に基づく政治を批判し、客観的に明らかな法を定め、厳格に適用することが国家の安定に繋がると説いた。



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