25話
あれから数日後、俺達はまた蒙家の門を叩いた。
蒙毅に呼ばれ、面会できる事となったのだ。
ここで認められれば、蒙毅の客になれる。
出迎えたのは田横に打ち負かされた護衛達。
笑顔で田横と「またお相手を」などと話し合っている。
田横の人柄に惹かれた者がまた増えたようだ。
談笑していると家宰が迎えにやって来た。
家宰に先導され広場を抜け、その先にある大きな屋敷に入る。
客間に通されるとそこにはすでに一人の男が待っていた。
四十代後半から五十代前半だろうか、細身で背が高く、少し垂れた目が柔和な印象を受ける。白髪混じりの渋いナイスミドルって感じだ。
この人が蒙毅か。
思っていた人物像と全然違うな。勝手にゴツい爺さんを想像していたが、よく考えたら兄が現役の将軍なのだから弟が老人な訳ないな。
「よく参られた」
深みのある低い声が響く。
「そなた達の事は家宰から聞いた。私は家宰の人を見る目を信頼している。これ以上試す気はない。田横」
「はっ」
「我が護衛二人を瞬く間に打ち倒したそうだな。
兄と違って私は荒事に向かん。私の敵は多いが、中でも一際大きな蝮がいる。其奴から護ってくれ」
「承りました。必ず振り撒かれる毒を払ってみせましょう」
田横は両手を組み頭を下げて拝礼した。
「うむ。そして田中」
「はっ」
「家宰との交渉はそなたが行ったそうだな」
「はい」
「人を引き込み、畳み掛ける弁舌、と家宰が言っておった」
「あ、ありがとうございます」
それ、誉めてんだよな。
「私の客には多くの法家がいる。そちらの田広と共に法を学び、狄への土産とし地方に正義を立ててくれ」
蒙毅は優しく微笑む。
「はっ」
俺と田広は共に拝礼した。
見た目もそうだが、凄く意外だな。
真面目で厳格って聞いていたから神経質で頑固な人物を想像していたけど、滅茶苦茶いい人っぽい。
こんな人が上卿にいて、何であんな圧政になるんだ?皇帝にも気に入られているんだろ?
その蝮とやらに邪魔されているのか?
「失礼ですが一つ質問よろしいでしょうか?」
目上にこちらから話し掛けるのは失礼らしいが、聞いておかなきゃいけない。
「うむ、何だ」
「先程仰られた『一際大きな蝮』の事です」
蒙毅の眉間に深く皺が寄る。こりゃ相当大物か。
「蒙毅様を護り通すためにも、その蝮の事を知っておきたいのですが。顔の知られていない我ら田家の者なら、不穏な動向を探れるかも知れません。」
蒙毅は顎に手を当て思案していたがやがて
「……そうだな。知っておいた方が良かろう」
そう言って蝮の正体を語り始めた。
「其奴の名は趙高、主上に仕える宦官だ」
マジか、趙高って…。
始皇帝の皇子胡亥を擁立し、太子扶蘇を自殺させ、その後二世皇帝胡亥を裏で操り、専横の限りを尽くした男。
実質秦の最後の支配者だ。
そういえば扶蘇を自殺に追い込んだ時、蒙毅の兄の蒙恬も捕らえて殺されるんだっけ。蒙家の天敵だな。
「趙高は皇子胡亥様の教育係だったが、やがて主上の寵愛を受け側付きとなった。
法に詳しく、その網を上手く潜り抜け私腹を肥やしていたが、ある時私が奴の大罪を暴き、法に則り官職を剥奪し死罪とした」
胡亥との繋がりはここで既に出来ていたのか。
「しかし主上の恩赦で罪は許され復職した。
復職はしたが、死罪を求めた私を趙高は怨み、裏から手を回して殺そうとしている。もちろん証拠を残さぬようにな」
そこで趙高が処刑されていれば、秦の歴史は違ったものになっただろうに……。
法治国家の主である皇帝が法を曲げるから滅亡するんじゃない?
田横も不満顔だ。
田横の気持ちを察したのか、蒙毅は首を静かに振り皇帝を擁護する。
「主上は唯一の法の超越者だ。その方が赦されるなら否はない」
そういうもんかね、まぁ独裁者だもんな。その気になれば法なんてその場で変えられる。そして意見する者もいない。
意見すれば太子ですら遠くへ飛ばされるんだ、首が飛んでもおかしくないか。
蒙毅も皇帝のお気に入りである趙高を告発したのは、勇気のいる事だったろう。だが皇帝に対しては何も言えず従うのみ、か。
「わかりました。趙高を見張らせておきましょう」
田横は気を取り直して言った。
「趙高は用心深く、ずる賢い。決して無理はさせるな」
蒙毅はそう言うと一つ手を叩き、
「さて、これで田家の者達が客となった。先ずは部屋を用意させよう。今日は宴を開く。後ほどまた会おう」
笑顔で部屋を後にした。
こうして俺達は、晴れて蒙毅の客となった。
用語説明
法家
古代中国の学者、学派の一つ
儒家が徳による政治を説くのに対し、法という一定の基準によって国家を治める法治主義を説いた
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