19話
前の話に少し加筆しました。話筋は変わっておりません。
俺は少し仮眠をとり、田横のところへ向かうと田突が帰ってきていた。
もう日も暮れている。
「これから突の報告を聞くところだ」
田横はそう言い、田突に話を促す。
田突は頷き、話し始めた。
「蒙毅様の人となりですが、大変真面目で仕事熱心な方だそうです。法に詳しく厳格で、皇帝に大きく信任されております。
しかし厳格過ぎるせいか、敵も多いようです。実際何度か襲撃されております」
田横は腕を組み、ため息を吐いた。
「不正を働く者、皇帝に取り入りたい者にとっては邪魔な存在という事か。まったく、宮中には毒蛇が蔓延っている。そしてそれに気付かぬ飼い主も飼い主だ」
しかしこれはチャンスじゃないか?
「横殿」
「なんだ」
俺が声を掛けると田横はやや不機嫌に返事を返してきた。
「横殿の剣の腕は咸陽の兵と比べてどうですか?」
「ふむ、実際やってみんことにはわからんが、今日見た門番程度なら何人来ようが問題ない」
大した自信だね。しかし口だけの男ではない。俺と違って。
「では蒙毅様に護衛として雇ってもらいましょう。上手く行けば宮中にも入れるかもしれません」
田横は不敵に笑った。
「なるほど、いい案だ」
「しかし、横殿が蒙毅様の今の護衛より強くなければなりませんよ」
「任せておけ、必ず護衛となってみせよう」
そう言うと彼は突に向かい、
「明朝、蒙毅殿の家に行き狄の田横が面会したいと伝えてくれ。先ずは家宰でかまわん。この書簡を渡してくれ」
懐から書簡を取り出し、田突に渡した。田栄が書いた書簡だろう。
それからこちらに向き直り、
「それはそうと中、お主は明日街へ出て着物を買ってきたらどうだ?兄上のお古も随分くたびれているぞ」
田横にそう言われ、改めて自分の格好を見る。
田横の言うとおり、生地自体は良いものを使っているのだろうが、田栄のお古だし、この旅で酷使したため解れや破れが目立つ。替えのもう一着も似たり寄ったりだ。
「この銭で何着か買って来い。その格好では蒙家の家宰にも会わせられん。」
うへへ、お小遣いもらったぜ。俺は銭を受け取り、部屋を出ようとした。
「それから」
え、まだ何か?
「中、お主何かあったか?さっきとは随分顔つきが違うぞ」
「……いえ、何もありませんよ。少し眠って疲れがとれたのでしょう」
「そうか、今の方がずっといい顔をしている」
田横は先程の不敵な笑みとは違い、ゆったりと笑った。
ちくしょう、鋭いなぁ。
部屋に戻る俺の顔にも自然と笑顔が浮かんだ。
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翌朝、田広と街を歩く。
流石この時代の首都だ。人も多く、賑やかで活気がある。
旅の途中に寄った邑の多くは、人々が疲弊し、役人に怯え、税に苦しみ、まるで邑全体が色褪せたようだったが、ここに住むものはその事実を知っているのだろうか?
「一つ見栄えのするものを買いましょう。蒙毅様にお会いしても恥ずかしくないよう。後は普段使いの二、三着ですか」
田広の声に現実に引き戻された。
「そうですね。とりあえずそこの商家を覗いてみますかね」
目に付いたそこそこ大きめな商家に入ってみると、
「申し訳ごさいませんがこちらは後宮に卸す品物でして、お売り出来ないのです」
「そんな…、一つだけでもよろしいのです。どうか譲って頂けませんか?」
「宮中の厳しさはご存知でしょう。納品の数が足りないとなったら、例えでなく私共は首を吊らねばなりません」
なんだかとても穏やかではないな。




