18話
ようやく俺達は咸陽にたどり着いた。
流石首都だけあって、高い城壁に囲まれた巨大な街だ。
城門には多くの人が並んで街へ入る手続きをしている。
俺達もその列に並び、街へと入った。
「うわぁ」
目の前に広がる街の光景に、田広が声を洩らした。
狄の邑とは比べ物にならない数の家屋が並んでいる。行き交う人も多く、活気に溢れている。
田広はキョロキョロと辺りを見回しながら歩いている。危ないぞ。
田舎者丸出しである。
まぁしょうがないよな、現代人の俺からしても大きな街だと思う。
「とりあえず宿をとろう。」
田横はそう言い、田突達従者が先行し宿を探し始めた。
そうだ、宿だ。いい加減草の上以外で寝たい。
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俺達は従者が見付けてきた厩舎のある宿に入り、旅装を解く。あぁ、やっとゆっくり休める。
一息ついたところで田横が話始めた。
「皆長旅ご苦労だった。しかしゆっくりもしていられない。これからが俺達の仕事だ」
それを聞いた皆は、疲れた顔を引き締める。俺も内心は別として真面目な顔を作る。
「早速だが、蒙毅殿の家を探し出してくれ。とりあえず、家を確認するだけでよい。面会の約束などはまた後日だ。」
田横は従者の一人に指示を出し、彼は足早に出ていった。
「さて中、少し相談がしたい」
えー、もう今日は休みましょうよ。せめてその従者が帰ってくるまで、ね?
そんな願いも虚しく、田横が話し始めた。
「蒙毅様の信用を得たい。そして出来れば蒙家の客となりたい。蒙家の懐に入れば宮中の情報が手に入りやすい。何か手はないか?」
上卿である蒙毅の客になるか……。
上卿って現代でいう大臣クラスか? その客となると相当難しいだろう。俺が田横の客になったのとは訳が違う。
うーん……。
「蒙毅様の人となりや性格、噂などの情報が欲しいですね。どういった人材を好まれるのか、現在何か必要とされていないか、など」
「うむ、そうだな。突」
田突が静かに近寄る。
「聞いていたな。酒家や商家を回って噂を拾ってきてくれ」
「畏まりました。夜には戻ります」
おお、田突が喋った。
彼は田横から幾らかの銭を受け取り、宿を出た。
「では突達が帰ってくるまで休むとしようか。」
そして俺は、ようやく寝床に倒れ込むことができた。
寝転がりながら今までのこと、これからのことを改めて考える。
流されるまま咸陽まで来てしまったけど、俺はこれからどうすればいいんだろう。
このまま田家に協力していていいのだろうか。
正直、積極的に協力する気はなかった。
歴史が変わるかもしれないからだ。
田家に協力するという事は、大きく歴史を変えようとする事だ。
中国の歴史を変える。
それは現代に影響を及ぼすことにならないか?
多分影響を受けるのは、現代中国だけじゃない。日本はもちろんアジア全体、もしかしたら世界全体に影響を及ぼすことになるだろう。
そんな大それた事をただの一般人の俺がしてもいいのか?
田横達に始皇帝の死を伝えたのは、たいして影響がないと判断して伝えたが、それすら大きな歴史の改変に繋がるかもしれない。
俺の最大の目的は現代日本に帰ること。
張良と知り合えたあの時は、思わず田氏の味方に引き込めたらなんて思った。
しかし冷静に考えたら、史実通り劉邦の部下になってもらって、その伝で俺も劉邦側につけるかもしれない。
劉邦の影に隠れ、ひっそりと統一の時を待つ。それから現代に帰る術を探す。
それが一番安全なやり方だろう。
斉は、田氏は最後には滅びるのだ。
田横や田広の顔が浮かぶ。田栄や田儋も。田市は……まぁいいか。
彼らが創る国だ。きっといい国なんだろう。
しかしその国は劉邦に滅ぼされる。
俺はそれを劉邦の後ろから見てるのか?
この二ヶ月弱ずっと一緒に旅をしてきた田横や田広が死ぬのを?
……無理だよなぁ。
今さら彼らの敵にはなれないよな。
田横は命の恩人だし、たった二ヶ月だけど俺の人生の中で、一番記憶に残る二ヶ月間だった。
……歴史って変えられるのかな。
俺の中途半端な知識にそんな力があるかな?
未来の事はわからない。
しかし田横が旅の最中に言っていた。
「あまり先の事を考えてもしょうがないぞ」
「まずは人が動かねば加護も得られまい」
そうだよな。
まずは今出来ることをして、その後は天に任せよう。
その結果が、俺の天命ってヤツだろう。




