16話
張良
字は子房。
劉邦を助けて皇帝まで押し上げた最大の功労者といってもいい。
その王佐の才は、三國志の曹操が荀彧を部下にした時、『我が子房也』と喜んだことでも有名だ。
神算鬼謀、最高の知略の臣。
この時代の事を多少しか知らない俺でも、様々な逸話を知っている。
項羽、劉邦に次ぐ有名人の一人だ。
壮士を探していたというのは多分、始皇帝暗殺のためだ。
確か大きな分銅だか槌だかをぶん投げて、始皇帝の馬車を破壊したという逸話の事だろう。
しかし、始皇帝の乗っていた馬車には当たらず失敗し、追跡を逃れて戦乱が起きるまで隠棲していたはず。
なんでこんな所に……。
彼が本当に張良だとして。
咸陽に行っていたと言ってたな。
まだ始皇帝暗殺を諦めていないのだろうか。
顔に似合わず苛烈というか、執念深いというか。
くそっ、そうと知っていれば、斉側に引き抜けたかも知れないのに。張良が陣営に加われば、斉の存続率は格段に高まるだろう。
いや、また会う事になると言っていたし、何とか劉邦より先にこちらに…。
「おい、中どうした、いきなり叫び出して」
田横が振り返り聞いてきた。
うっ、どう誤魔化そう。
「あの、いえ、さっきの男は咸陽から来たと言っておりましたので、何か情報を聞いておけばよかったなと」
「んん?あぁ、まぁそうだな。しかし身なりは良かったが平民であろうし、追われる身だろう。大した事は知らないのではないか」
「追われる身でありながら咸陽へ行っていたのです。咸陽で何をしていたのか。
反国家側なのは間違いないでしょう。そちら側の情報を何か持っていたかもしれません。味方に引き込んでおけば良かったと思いつき、声を上げてしまいました」
「うーむ、なるほどな…」
田横は納得したのか、していないのか微妙な表情だが、それ以上聞かず前を向いた。
なんとかなったか?
「しかし流石ですね、中殿。あれだけの会話でその様な事まで考えつくなんて」
田広が誉めてくれるが、俺は頭を振る。
「いえ、あの場で思い付かないと意味の無いことですよ」
全くだ。味方云々は抜きにしても、情報は引き出せたはずだ。
俺自身の生死に関わる事なんだ、もっと真剣に考えないとな…。
俺は自分の甘さに唇を噛んだ。
その後俺達は何事もなく旅を続け、ようやく陵墓予定地の驪山へたどり着いた。




