15話
爺さんがオロオロしていると、田広がロバを引いて戻ってきた。
良かったな爺さん、俺達がいなかったら全てを失ってたぞ。
爺さんは田広に何度も頭を下げ、荷物の中から小さな丸薬を出し、美女の様な男に渡した。
美女男は上体を起こし、それを飲み込み、
「暫く休めば、大丈夫です。ご迷惑をお掛けいたしました」
そう言って青白い顔で微笑んだ。うーむ、しかし本当に綺麗な顔だな。
体調のせいもあるのか、その微笑みは儚げで可憐だ。田広が顔を赤らめている。
田広君、そっちへ行くんじゃあない。腐ってしまうぞ。
馬車で男を休ませていると、田突が役人を連れてきた。
「田横殿、病人と聞いたのですが」
役人は男の方を見やる。
男は体調が悪そうに、手を額に当て俯く。ん?
「すれ違い様に倒れたので休ませている。先に行ってくれ、すぐに追い付く」
「わかりました。今日は次の邑で休む予定なのでそこで落ち合いましょう」
「うむ、わかった」
真面目そうな役人は田横にそう告げると、早足で戻っていった。
「貴方達はどこへ向かわれているのですか?」
暫くの後、少し体調が良くなったのか、男は顔を上げ話し掛けてきた。
「俺達は狄県から賦役の引率で咸陽まで行く。そちらは?」
田横が答え、男に問う。
「私は咸陽で小用を終え、下邳へ帰る途中です」
そして男は目を細め、
「狄の田横殿と言われると、田儋殿、田栄殿と合わせ田氏の三兄弟と名高い方ですか?」
「田儋は従兄になるが、そう呼ばれることもあるな。しかし下邳の方まで名が知られているとは思わなかったな」
田横は苦笑いの表情だが、やや警戒したようだ。
男は微笑みを絶やさず、
「私は以前、壮士を探して旅をしておりました。その中で狄の田氏のことも伺っておりました。義と仁を持つ旧斉の王族が狄にいると」
「ほう、お褒め頂き光栄だな。何のために壮士を探していたのか聞いてもいいのか?」
男は田横の問いには答えず、笑みを深めた。
「先程役人から顔を隠したのはそれが理由ですか?」
隣でやりとりを聞いていた俺も問う。
役人につき出そうとは思わないが、お尋ね者を匿って一緒に捕まる様な事態になったら目も当てられない。
男は一瞬真顔になったがまた笑みを作り、やはり答えない。
「さて、体調もよくなって参りました。お暇しようと思います。大変ご迷惑をお掛けいたしました、孟。」
男は馬車から降り、老人が引いてきたロバに乗る。
そして、
「狄の田氏が噂通り、仁に篤い方で安心いたしました。またお会いする事になるでしょう。
そして、そちらの少し変わった方も」
田横に礼を言い、こちらに笑みを向ける。
なんか怖いなこの人、綺麗な顔が逆に怖い。
「シボウ様、参ります」
爺さんが男に声を掛け、ロバは歩き始めた。
こうして、美女の様な男は去っていった。
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「何やら変わった御仁でしたね」
田広がため息混じりに溢した。
そうね、別れるまで大した時間ではなかったが、強烈な印象を残して去っていったな。
「しかし、本当に役人に追われているのですか?何をしたんでしょうね、虫も殺さないような顔でしたが」
そうね、君も笑顔向けられて赤くなるほど美人だったね。
しかし、確かに顔を隠したし、それを問うた時のあの顔は恐らく当たりだろう。
「そういえば名前を聞いてませんでしたね。従者がシボウ様と言っておりましたが」
そうね、名前聞いてなかったね。まぁ教えてくれたかも微妙だけどね。
シボウ様ね……。
志望?脂肪?死亡?しぼ………。
「あああっーーーーーーーーーー!」
突然の俺の叫びに田横は肩を竦め、田広は腰を抜かす。田突は吃驚して暴れる馬を宥める。
子房、か?
あれ、張良子房だったのか?
用語説明
壮士
強者、勇者。行動力のある人物のこと。




