12話
少しストックができたので連日更新いたします。よろしくお願いいたします。
鉛色の雲が空を覆い、強い風は落ちた葉を流していく。
秋の深まる頃、咸陽への旅が始まった。
まずは陵墓予定地の驪山、宮殿予定地の阿房へ人夫を連れていく予定だ。
そこから咸陽へは程近いらしいので大方の道中はこのまま大人数での旅となる。
引率の役人が乗る馬車と俺達の馬車、その替え馬、何台かの人力の荷車、徒歩の者達、おおよそ百人程の集団である。
徒歩のペースに合わせて馬を歩かせる。練習がてら御者は俺だ。
道は想像していたより悪くない、というか立派な道路だ。道幅は広く、土ではあるがしっかりと固められている。
田横に聞くと、始皇帝の政策で大規模な道路網を整備し、馬車の車輪幅を統一したらしい。おかげで轍が同じ所を通り、交通の便が格段に良くなったそうだ。
道が良いと流通が増え経済が回るし、軍の行軍速度も上がる。
俺の中では始皇帝は、猜疑心が強く冷酷で残虐な人物ってイメージだが、実際はただの暴君というだけでは無さそうだ。
そりゃそうだよな。初めて中国を統一したくらいだから、有能な人ではあったのだろう。
「そういえば中、お主は歳は幾つだ?
かなり若いような、話すとそうでもないような」
田横が暇潰しがてら聞いてきた。
「多分横殿より歳上ですよ。三十一歳です」
「何?二十一じゃなくてか?俺より四つも上か?」
馬を牽いて前を歩いていた田広と田突も振り返って驚いている。
日本人云々とか、俺が童顔だからとかではなく、古代人と現代人を比べたら、見た目年齢は全然違うだろう。食べてる物が違うし、平均寿命も大きく差があるはずだ。
「敬語、使おうか?」
いいよ、今更。
「…お主の故郷、不老不死の薬ないよな?」
ないよ。
~~~~~
皆黙々と進む。
日が傾きかけた頃、役人の先導で邑に入り広場を借りる。
どうやら今日はここに泊まるらしい。
野宿か…。まぁ集落の中だし、賊の心配がないだけマシか。
何組かに別れ、それぞれ食事の用意を始める。
田家組は多いのでそれだけで一組だ。
火を起こし、鍋の中に野菜と小麦をぶちこみ、後は塩、以上。
ワイルド。泣ける。
塩の売買は国で管理されているが、旧斉は産地だけあって、あるところにはあるようだ。
「叔父上、中殿」
鍋が煮えるのを楽しみ、ではなく待っていると田広が話し掛けてきた。
「我々は無事咸陽までたどり着けるのでしょうか?」
「というと?」
田横の問いに、田広は声を潜め、
「あの役人達が襲ってきたり、県令が手配した人夫が逃げて、連座で我らを罪に落としたりするのではないかと」
なるほど。流石田栄の息子だ、色々考えてる。
しかし、
「その可能性は全くないわけではないが、まぁ大丈夫だろう」
田横はこちらを見て先を促す。え、俺が説明するの?
「えーと、出発前の横殿との会話から推測するに、県令は出世して中央へ戻るか、もっと稼げる所の令になりたいのでしょう。自分の評価が下がるような事はしないと思います。
それにあの役人達は、県令に疎まれている人達じゃないでしょうかね。人夫が欠けたら引率の役人もただではすまないでしょう。いなくなってもかまわない人選かと」
合ってます?
田横は頷き、
「それに俺を襲うには人数が足りんよ」
そう言って田横がニヤリと片頬を上げた。
ニヒルな顔が様になる。
確かに初めて出会った時、五、六人の賊に対して剣を鞘に納めたまま、誰も殺さず、大した怪我もさせず、瞬く間に追い払ってくれたな。
そしてあの時田横は、
「服を血で汚したくない」
って言っていたけど、あの賊達、今考えると素人っぽかったな。
俺は一人きりだったし、問答無用で斬られて埋められてもおかしくなかった。
もしかしたら近隣の食いつめた農民だったのかもしれない。
田横はそれを分かっていたのかな。
…分かっていたんだろう。
これで四つも年下だもんなぁ。
敬語、使おうか?
もう使ってますね。