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11話

 さて、とうとう咸陽へ向けて出発する日がやって来た。

 田栄家の前では田広とその母親が涙を流し、別れを惜しんでいる。

 やっぱ美人だよ。くっそ、田栄くっそ。


 そして別れを済ませた田広、田横とそして賦役に向かう田家の者達と共に県の役所、県廷(けんてい)へ向かった。


 県廷は既に多くの人が集まっており、その中に先に来ていた田栄、田儋の姿があった。

 田儋は役人に名簿らしき竹簡(ちくかん)を渡し、役人はそれを元に名を呼び、戸籍と照合していく。


 その作業を手持ち無沙汰に見ていると、一人の中年の男が近づいてきた。

 短駆肥満な体型に大きな顔が乗っており、その顔には嫌味な笑みが浮かんでいる。


「田横。この度は引率をしてくれるそうだな」


「これは県令殿」


(この男が県令です。叔父上の剣技を恐れ、特に目の敵にしています)

 隣にいた田広がそっと耳打ちしてくれた。


「そしてそのまま咸陽へ留まるとか。(てき)の田舎暮らしが嫌になったのか?それとも兄嫁に手を出して追い出されたか?」


 絵にかいたような嫌な奴だ。

 この県令は咸陽から赴任して来て、横領なり賄賂なりで儲けようとしたのに、地元の名士の田氏が目を光らせているので思うように出来ずにいる。説明ありがとう田広。


「いえ、従兄や兄の助けになるように剣術だけではなく、学も付けなければと思いましてな。咸陽なら高名な学者も多いでしょう。しっかり学んで、この愛する狄へ帰って参りますよ」


 流石田横、嫌味をサラリと躱して、あ、こめかみがひくついてる。


「ふん、野蛮な田舎者と門前払いされるのが目に見えるわ。それより人夫は必ず期日に遅れぬようにせよ。遅れれば許さんぞ」


 あ、またこめかみがピクピクと…。


「さて、私は田家の者達の引率ですからな。全体を率いるお役人殿に言って下さい」


「そんな事はわかっておる。お前達田家の者が一番問題を起こしそうだから言っているのだ!」


 こめかみのピクピクが止まりません!こんなところでキレたらアカン。

 どうにか諌めねばと慌てていたが、田横はフゥーと長い息と共に怒気を吐き出し、県令に笑顔を向けた。


「期日に遅れれば人夫は皆死罪、引率者も罪に問われる。俺もその辺りはしっかり理解しておりますし、県令殿の顔を潰すようなことはいたしませんよ」


「ふ、ふん、分かっておればいいのだ。おい、照合はまだか、早くせよ!」


 急に笑顔を向けられ戸惑ったのか、県令は役人に怒鳴り、行ってしまった。



 ふぅ、俺は胸を撫で下ろして田横に話し掛けた。


「よく我慢しましたね」


「これから大任を果たすのだからな。あんな小者と関わっていられん。

 とはいえまだまだ俺も我慢が足りんな。義姉上のことを言われて頭に来た」


「確かに美人ですものねぇ。栄殿の奥方」


「ああん?」


何でもないです。



 ~~~~~



 人夫の照合作業も終わり、いよいよ出発の時が来た。

 田儋、田栄が見送る。


「横、道中気を付けよ。咸陽に着いたら頼んだぞ。

 何かあれば(とつ)を走らせろ」


 突というのは田突(でんとつ)。田一族の一人で同行する従者の一人だ。

 母方が騎馬民族の出らしく、馬を走らせたら田家で一番らしい。


「お任せ下さい」


 田横は田儋をしっかりと見据え、揖礼した。


「広をよろしく頼みます。広、必ず帰って来るのですよ」


「はい!行ってまいります!」


 田横が頷く隣で、田広のはっきりとした声が響く。既に弱気な部分は改善されつつあるんじゃないかな。


「中、御主も頼んだ。横や広を助けてやってくれ」


 田儋が俺にも声を掛けてくれた。


「は、はい。身に余る大任ですが、精一杯勤めます」


 そんな期待されてもなぁ…。


「では、暫くお別れです。従兄、兄上行ってまいります」


 田横の晴れやかな笑顔と共に、俺達は咸陽へ向けて出発した。

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