9話
3時頃、間違って投稿してしまいました。すみません、改めて投稿させていただきます。
プロローグの『一月程前』の部分を『二月程前』に改編しました。
田横と秦の首都、咸陽に同行することが決まった俺は今、馬の練習をしている。
「お主、馬車の御者か乗馬はできるか?」
そう田横に聞かれ、できない事を伝えると、
「では覚えてもらおうか。軽く走らせる程度でいい。急ぐ時は俺がやるし、乗馬も念のためだ。
旅では何があるかわからんからな」
怖いこと言うなよ。
しかし田横の言うとおりだ。できるに越したことはない。
田本家に馬車を借りにいく。
この時代、馬も馬車も高級品らしく、分家にも一台あるが、生憎今日は田栄が使っている。
馬車は想像していたのと違い、二輪でその上に箱の様な座席がついているだけであった。
これ大丈夫?スピード上げたらバラバラにならない?
邑を出て、城壁の周りをカッポカッポと馬を歩かせる。
これは…。
この馬車にサスペンションなんかない、跳ねる跳ねる。
延々と尻を蹴られているようだ。
尻が四つに割れそうな程馬車を歩かせた後、
「次は乗馬を練習しよう」
馬車から馬を離し、鞍を着ける。
そして田横はひょいと馬に股がった。
鐙もなしによくそんなに簡単に乗れるもんだ。
この時代の馬は、現代のサラブレッドのように大きくはないが、それでも苦労してよじ登る。
「太腿を締めながら進めよ、落ちるぞ」
これも尻痛いし、太腿吊りそう。
やっぱ鐙がほしいな。自分で簡単な物が造れないかな。
「戦でも騎馬ですか?」
ふと気になって聞いてみた。
「いや、基本的に俺達は兵車だな。騎馬はまだ異民族が多い。しかし、これからは騎馬が重要な戦力になるだろう」
おおよそ百年程前に、趙の武霊王が騎馬と騎馬民族の服の形式を採用し、短弓を持たせた胡服騎射を行ったが、かなりの反対があったようだ。
その後武霊王は内乱で包囲監禁の末、餓死したらしい。
内乱の直接的な原因は後継者問題だが、胡服騎射で燻った物があったのかもしれない。
だが騎馬隊の有用性は認知され、騎馬民族を傭兵に雇うだけでなく、徐々に自前の騎兵も増えているらしい。
しかし古来より王公貴族豪族の間では、車右と呼ばれる近接攻撃役、御者の車御、指揮と弓担当の車左、この三人一組で兵車に乗るのが戦のやり方である。
それを捨てて、格下扱いしている異民族の文化を取り入れるのは抵抗があるようだ。
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尻と太腿の痛みに耐えながら練習を終え、馬車を本家に返しに行く。
厩舎の者に礼を言い、馬と馬車を返していると、後ろから声を掛けられた。
「お前が田中という者か」
振り返ると十代後半と十代半ばだろうか、若者が二人立っていた。
年上の方は体格もしっかりしていて、大人にも見劣りしないように思える。
良く言えば堂々と、悪く言えば尊大に、腕を組んで構えている。
「はぁ、私が田中ですが。貴方がたは?」
二人とも身なりが良く、使用人には見えないので下手に出てみる。
「我は田本家家長、儋の長子、巿だ。こっちは栄従叔父上の子、広だ」
広と呼ばれた少年は線が細く、どこか自信無さげな薄幸の美少年という感じだ。うん、親子ともども爆発すればいいと思うよ。
市と名乗った若者はがっしりした身体つきと四角い輪郭が田儋によく似ている。
大きなギョロリとした目も似ているがその目にあるのは嘲りだろうか、こちらを見下した感じだ。
「横従叔父上の客になってるそうだな」
田巿が問いかけてくる。
田広は後ろで居心地悪そうにしている。
「はい、賊に襲われているところを助けていただき、宿までお借りして感謝が絶えません」
「本当に襲われていたのか?田中という名も怪しいものだ。この田家に取り入るための偽名ではないのか?」
偽名ではないよ。本当に田中です。
…読みが違うけど。
「滅相もありません」
「ふん、どうだかな。父上も従叔父上達も人が良すぎる。
我々は斉王の血を引く高貴な一族だ。集りに来たのなら許さんぞ」
「はぁ」
フンッ、と鼻を鳴らして田巿は帰っていった。田広はこちらに少し頭を下げ田巿の後を追う。
どうやら田巿は元王族という意識が強いようだ。
それに俺はよく思われてないらしい。
田広の方は一言も話さなかったな。父の田栄と違って引っ込み思案かな。
それにしても…。
田儋はわかるけど田栄にも子供がいたのか。
田広の美少年っぷりから察するに、嫁さんも美人なんだろうな。んで若い娘の噂の的だと。
…けしからん、実にうらやまけしからん。
用語説明
邑 (ゆう)
古代中国の集落。村、郷、町、街