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129話

お待たせいたしました。本日から再開いたします。

 章邯が篭る濮陽(ぼくよう)を囲う楚軍の近くまで無事やってこれたのはいいんだが。


「おい、この先は我が楚軍が陣を張っておる。従僕も連れておらぬような貧乏商人が売れる物などなかろう。あ、いや食い物位は持っておるか。わしが買ってやろうか? 見せてみよ」


 楚の兵達に絡まれている。


 どうも商人に見えたようで、兵の一人が犬でも追い払うように手を振る。

 貧乏て。まぁ、使用人も雇えない貧乏商人に見えなくもないか。


 これどうすりゃいいんだ。

 身分を証明する物がないわ。てか今の身分、無職で確かに貧乏だわ。


 いきなり武信君に会わせて下さい、なんて言っても絶対無理だろうし、俺のこと知ってるお偉方つったら、項羽と劉邦と龍且(りょうしょ)辺りか。


 ……項羽はちょっと気まずいか。できれば龍且がいいな。いい人そうだったし斉に友好的な気がする。

 劉邦でもいいが、あのおっさんに捕まるとなんか面倒くさそうだ。


「いや、待て。確かに貧乏そうな顔だが、さすがに一人というのは怪しいぞ。秦の間諜ではないのか?」


 俺が色々考えていると、話が失礼な上に勝手な方向に。


「いえ、私は商人ではなくてですね……」


「やはり間諜か! こやつ観念して吐きおったぞ、捕らえろ!」


 待て待て待て! 短慮が過ぎるぞ!


 必死の静止を余所に兵達は俺を捕らえようと取り囲む。


「お待ち下さい! 私は斉の方から来た者です!」


 あ、なんか消火器を売る消防署の()から来た人みたい。


「私は斉の外交に携わっていた田中と申します。どうか劉邦将軍か龍且将軍、項羽将軍でも……いや、いずれかにお目通り願いたく参上いたしました」


 俺の怪しい言葉に取り囲む何人かが反応し、構えた武器を下ろす。


「斉で田姓となれば、まさか王族の方……ですかい?」


 いいぞ、その勘違い。他国の王族に武器を向けたとなれば大問題だからな。

 武器を下ろして一旦落ち着いて話そうね。


 しかし尋ねた者に血気盛んな男が肩をぶつけて、武器を構え直すよう促す。


「愚か者! 王族が一人で来るわけなかろうが! 斉に田姓なぞ幾らでも居るわ。こんな貧相な王族がおる訳なかろう。世に聞こえる将軍の名を出せば、誤魔化せると浅知恵を働かせおって」


 早とちりなクセになかなかの洞察力。

 でも旧国、皆没落してんだから貧乏な王族だっているかも知れないじゃねぇか。実際、楚の王だって羊飼いしてたんだろ。


 そう反論しようとしたが、火に油を注ぐ気がして口をつぐむ。


 ヤバいな、もう一層のこと一度捕まってから面会を頼むか?

 いや、多分捕まえた者の要求なんて通らないだろう。拷問なんてされたら……。


 彭越の拷問を思い出して背筋が凍り、全身が泡立つ。


 駄目だ、絶対に捕まりたくない。

 足の指、大事!



 取り囲む兵達の輪がジリジリと近づく中、


「何の騒ぎか」


 知った顔が割って入ってきた。逞しい体格の落ち着きのある男。


「お主は田中殿ではないか」


 その男は少し驚いたように俺の名を呼び、


曹参(そうしん)殿、助けて!」


 俺はすがるようにその男の名を呼んだ。


 ◇◇◇


 陣を巡回中であった曹参に助けられ、俺は劉邦との面会を頼んだ。


 面会を待つ間、曹参に東阿(とうあ)救援後の楚の動きを尋ねる。



 楚軍は城陽と定陶(ていとう)の攻略に別れた。

 城陽攻略を任された劉邦と項羽は易々と城陽を落とし、さらにその周辺の城を落としながら濮陽に迫ったそうだ。


「今や沛公は城攻めの達人としてその名を轟かせている」


 野戦で無類の強さを誇る項羽と攻城の巧者の劉邦。

 この二人が揃えば破れぬ陣はなく落ちぬ城はない、と言われているらしい。


 項羽はわかるが、あの劉邦がねぇ……。

 負けてばっかだったと記憶していたけど、戦上手なんだな。

 まぁ本当に戦下手なら最後まで勝てないか。項羽がそれほど強かったということだろう。


「その間に武信君は定陶を陥落させ、濮陽に集結したところだ」


 定陶は北に済水が流れる交通、物流における要所の堅城で、劉邦達が数城を陥落させるより時間を要したようだ。



 やがて許可が下り、曹参に連れられ一つの営舎へたどり着いた。


「おう田中、一人らしいな。田横殿はどうした、追い出されて俺に仕えに来たのかい? ならば歓迎するぜ」


 そこには両手を拡げた劉邦が人好きする笑顔で待っていた。


 冗談が冗談じゃないから笑えない。探っているのか。

 変に鋭いから、油断できないわ、ホント。


「お久しぶり……というほどでもありませんが、ご拝謁賜り感謝いたします」


 劉邦は今や楚の二大将軍だ。無職の俺はへりくだって頭を下げた。


「よしてくれよ、俺とお主の仲じゃねぇか。以前通りで構わんよ」


 どんな仲だよ。



 俺は劉邦と向かい合い、色々と言葉を濁しながら武信君への繋ぎを依頼する。


「少し思うところがありまして。身軽な無位無官で動くことにいたしました。どうか武信君にお口添えをお願いしたいのですが」


 劉邦はにこやかな顔だが、それに似つかわしくない鋭い目を向けた。


「斉のためかい」


「両国のためです」


 劉邦は顎の鬚を扱き、話題を変えた。


「さすがに秦の主力だけあって濮陽の守りは固い。一度は勝ったとは言え、章邯と正面から戦えば濮陽を抜くだけで何年掛かるかわからん。斉軍が参加していれば、という声もちらほらある」


 ……斉に批判の声が上がるのは仕方がないことだろう。


「武信君に直接弁明できればと思っております」


「無位無官のお主が斉を代弁してもいいのかい?」


 劉邦の笑みに皮肉の色が載せられる。


「私が職を辞したのは暫く楚へ留まるため。宰相田栄の許しを得て、この場におります」


 勝手にしなさいって感じだったけど、無理矢理拡大解釈して好きにやれってことにして動く。


「人質としては不足ですが、斉との繋ぎとしてはそこそこかと自負しております」


 一応、斉の中枢に居たしな。


「そこそこ、ね」


 劉邦はふんと鼻を鳴らし、それから重そうに溜め息を一つ吐き出した。


「武信君もここで斉と険悪になることは望んでいまい。お主とは面識もあるし、願い出れば拝謁も叶うだろうよ。ただし、匿われている田假達についての話は無しにしろ。機嫌を損なうだけだ」


「しかし、それでは……」


 国交断絶を避けるためが第一だが、その交渉も重要な案件なんだが。


「武信君は楚の力となるなら斉の王が誰であろうと構わんと考えている。この件については盱眙(くい)の意向が強い。前にも言ったが、あの方にあちら(・・・)と揉めてまで他国の王位に首を突っ込む暇などないよ」


 劉邦は顎を上げて盱眙のある方角、南東を指し示す。


 最前線で戦っている者を面倒な外交で煩わせるなよ、と付け加えた劉邦は自身も面倒くさそうに顔を歪める。



 うーむ、がっつり釘を刺されたな……。

 すぐにこの話題を出そうとは思っていなかったが、項梁を味方に付ければ楚王への交渉はかなり有利なはずなんだがなぁ。


 今は心象を悪くするだけか。


 斉との連携で友好をアピールしつつ、田横が援軍を連れて来てくれるタイミングでこの話題を振るか。

 秦との戦争が一段落して、政争が本格化するまでに主張しておきたい。

 これは長期戦になりそうだ。


「わかりました。今はその時期でないということですね」


「焦りは禁物だ。物事には流れってもんがある。この戦乱で俺も身に染みたぜ……」


 劉邦は頷き、つくづくといった風にそう語った。


 このおっさんも飄々としている風に見えるが、色々苦労してんだな。


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