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124話

明けましておめでとうございます。

漫画版「項羽と劉邦、あと田中」1,2話がコミックPASH!様にて公開されております。

是非お読み頂けたら嬉しいです。

 秦の敗残兵を掃討するため、田横を中心に編成された軍は東阿を西から北へ巡る。


 散り散りにさ迷う小集団を追い、降伏を呼び掛ける。


 呼び掛けに応じて降伏する者も多いが、章邯に対する忠誠からか、破れかぶれに反抗する者も少なからずいる。


 その章邯の求心力は、やはり歴史に名を刻む英雄の一人だと証明しているかようだ。



 確か章邯の兵の大半は奴隷や罪人なんだよな。

 辛い賦役(ふえき)で無為に磨耗する中、章邯に生きる希望を見出だしたのか。


「粗方終えたか。仮にまだ潜んでいても脅威となる数にはならんだろう」


 田横が戟の柄で二、三度肩を叩き、捜索を打ち切る。そして兵全体に聞こえるよう、高らかに言い放つ。


「我らも帰ろう、臨淄(りんし)へ」


 よく通るその声を聞いた兵達の歓声が、澄み渡った空に溶けていく。



 帰っても問題は多く残っている。

 これからのことも考えなきゃいけない。


 でも帰れる。やっと帰れる。


 田広、蒙恬、臨淄の皆が待っている。


 そして蒙琳さんが。

 俺の嫁さんが待ってる!


 俺は逸る気持ちを抑えて、手綱を強く握った。


 ◇


 とまぁ、意気揚々と帰った訳だが。



 田安達に攻められ、蒙恬が守り抜いた臨淄は既に平常を取り戻していた。


 しかし斉の政治の中心である臨淄の城はそうはいかない。


「叔父上! 田中殿!」


 自宅で一息つく暇もなく城へ赴いた俺達を迎えたのは田広だ。


「よくぞご無事で! っと、……父上達がお待ちです。すぐに議が開かれましょう」


 王不在の城内は重苦しい雰囲気に包まれており、再会を喜ぶ言葉も少ない。


 会議の場に通された俺達を待っていたのは、田栄、蒙恬など主だった将や官。

 そして田栄の隣には、青く固い表情で口を真一文字に結んだ田市がいた。


「戻りましたか」


 田栄に抑揚のない声を掛けられる。


 なんか、田栄……?


 いつもの冷静で知的な雰囲気は変わらないが、その中にある柔らかさが感じられない。

 感情を殺しているような、そんな……。


 疲れてんのかな?

 田栄は臨淄を出てから、ずっと気を張っていただろうし、田儋のことで責任も感じているだろう。

 そして今も、先のことで頭を悩ませているはず。

 その気負いからか?


 心労で倒れなきゃいいけど……。



「横が戻り、各位が集まるこの場で様々な事案を決定しなければなりません」


 田栄の声が場に響き、会議の始まりを告げる。


「先ずは新たな王を立てねばなりません」


 その言葉に田市の肩がビクリと跳ねた。


 田栄は隣の田市の動揺に気づきながらも、それを無視して語る。


「太子市様を新たな王とし、先代の信念を受け継ぎ、斉の未来を紡ぎます」


 栄、横兄弟が事前に話し合った通り、田市を次代の王に立てると田栄が宣言する。


 古代中国にあって長子継承は古来よりの常識であり、王政の混乱の芽を摘む重要な慣習だ。

 この時代から見て過去、そして未来、この慣習を覆そうとして起きた混乱は枚挙に暇がない。



 亡くなった王、田儋の長子であり、既に太子とされていた王位継承について、何か含むものはあっても誰も異論は挟まない。


 田市本人も。



 田栄は皆の沈黙を是とし、頷く。


「市様、いえ王よ、王はまだ若い。一族から儀政や儀に精通する補佐を付けましょう。どうかよく学び、先代のように正義と仁政を」



「う、うむ」


 田市は田栄の冷たい圧から逃れるように身じろぎし、一言だけ応えた。


「とはいえ王は喪に服さねばなりません。暫くは我ら臣下が国を動かさねばなりません。武官は横や蒙恬殿など優将がおり、文官にも優れた者が多くおります。どうかご安心を」


 そうか、父の亡くなった田市は喪に服さねばいけないのか。

 確か三年間質素に暮らして、政務にも関わらないとかだったはずだが、今は簡略化されて一年間で禁欲生活も形式的なものになってきてるんだっけか。


 まぁ、この混迷の時代に三年もやっていたら親どころか国が亡くなるよな。



 政務に関わる猶予があると知った田市は、あからさまにホッとしたようで、少し緊張を解いた。


 そして臣下の顔ぶれを見渡すと、口の中で何かを唱えたが声にはならず、ただ無言で頷いた。





『負けたではないか』



 今、そう言った気がした。


 ……いや。

 そんな風に口が動いた気がしたが、俺の邪推だろう。

 田市は俺には厳しかったが、田横や田栄を慕っていたし、父田儋を特に尊敬していた。


 そんな父親や叔父を蔑むようなことを言うことはないだろう。


「臣下一同、新王の元、外敵の脅威から国を守り、この斉に安寧をもたらすために。この身を削り、勤めることを誓いましょう」


 新王田市に向けた、田栄の深い揖礼に続き俺達臣下も一斉に手を組み頭を下げた。


「わかった……励んでく、うっ」


 新王は居心地が悪そうにまた身じろぎをして頷き、短く応えたが次の言葉が出るより先に口元を隠して咳き込んだ。


 というより吐き気を催しているようだ。



「少し気分が悪い……。(のち)のことは皆で話し合ってくれ」


 そう言って席を座から立ち、よろめくように退室していく。


 ……大丈夫か?


 仕方ないよなぁ。

 例えるなら町長の息子として育ってきたのに、いきなり国王だもんな。

 その上混迷する情勢に、叔父や歳上ばかりの部下から重圧を掛けられて。


 ストレスが半端ないだろう。


 しかし大きなストレスを感じているということは、国の頭領としてやらねばいかんという自覚があるってことでもある。


 その自覚を上手く導いて、王としての責任と自信を持ってもらいたい。


 皆で支えなきゃな。


 ここには優秀で篤実な人物が多くいる。

 先代のように、とは言わず田市は田市として最善の王を目指せばいい。


 うつむき気味に歩く若い新王の背中を、皆がなにかしらの想いを載せて見送る。



「……続けましょう。判断すべきことはまだ多く残っています」



 そんな余韻が残る出口を見詰める俺達を、田栄の淡々とした声が現実に引き戻した。

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