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96話

第2巻の発売が7/26に決定いたしました。予約も始まっております。

何卒よろしくお願いいたします。


 というわけで、若者を加え三人で呑むことになった。


 そういえば名前を聞いていないが、うーん……向こうも諜報活動っぽいし、聞かない方がいいか?

 こちらは言ってもかまわんが斉と楚が敵対したという情報が早々に知られるのも不味いかな?


 どのみちわかることだが、まぁ慎重に行動するのは悪いことではない。

 名乗らないし、尋ねないでおこう。




「その、それ。そこよ……私は、その、秦嘉(しんか)との話の、内容が聞きたいのだ」


「いや何度も言うがな、それはな、我らも話せんよ。国の大事だからな。とにかく奴らはろくな奴ではないよ。うむ、ろくでもない」



 机の上には空の(かめ)が散らばる。

 そして酔っ払いが二人。

 若者は同じことを何度も聞いてくる。

 田横も言葉はしっかりしているようだが、顔は紅く、同じく何度も応える。


 二人ともあんまり強くないんだな。

 そういや田横と二人で呑むことはよくあったが、ここまで呑んだことはなかったな。


 俺も結構呑んでるけど、古代中国の酒精の低い酒では酔い潰れることはない。蒸留酒とかないしな。そこそこ酒は強い方だったしな。あぁ、思い出したら日本のウィスキー呑みたくなってきた。




 少し鈍くなった頭でそんな事を考えていると、会話中の二人の雲行きが怪しくなってきた。


「お主は斉人なのか?」


 若者が少し驚いたように聞く。


「ああ、まぁ……そうだな」


 田横は国を知られ、ばつが悪そうに応える。まぁ、そのうちわかることだ。

 この若者がどこに所属しているかわからないが景駒の楚をよく思ってないようだし、そんなに問題ではないだろう。



 しかし続けて放った若者の言葉に、場の空気が一瞬に凍る。



「なんと腰抜けの斉人であったか」


「あん?」


 田横の酔って弛緩した雰囲気が消し飛ぶ。

 あれ? これヤバくね?



「そういえば斉も再興したと聞いたが斉ではなぁ」


「……どういう意味だ」


「お主は人物のようであるし、我ら真の楚が連携できればと思ったが、秦と一戦も交えず降伏したような斉人にその価値があるかどうか」


 若者は無自覚なのか残念そうに話し、盛大にディスってくる。

 天然毒舌かこいつ。


 こめかみに青筋を、口には辛うじて笑みを浮かべた田横は反論する。


「まぁ往時、斉が秦の侵攻に戦いもせず降伏したのは確かだ。しかし今の斉はそれを決めた王の血族ではない。再興を果たした斉は義と仁に溢れた王によって生まれ変わったよ」


 それを鼻で笑うように若者が返す。


「そうは言っても、国や人の性分はなかなか変わらぬもの。大事な時に尻尾を巻いて逃げられては叶わんからな。ははっ」


 田横の笑みが消える。

 田横……今日は怒ってばっかだな……。


「なるほど斉は変わったが、楚は変わらぬようだ」


「何がだ?」


「古い考えに固執し、本質を見極めようとせず、粗野で騙されやすく、考えなしに突っ込む。野の猪のままか」


「…………」


「…………」



 二人は揺らめく炎のように立ち上がった。


「そうか、喧嘩を売っているのだな」


「先に売ったのはお前だろう、若造」



 ヤバい……二人とも凄い顔してんだけど! 見ただけで失神しそうな怖さなんだけど!


 部下の方々! 止めなくていいの?!

 なんで皆、青い顔して下向いてこっち見ないの? 机の染み数えてんじゃねーよ! この兄ちゃん、無理なの? 止められないの?


「斉の腰抜けは我ら楚人の強さを忘れたようだな!」


「楚の野人は昔と変わらず、見栄っ張りで相手の強さも計れぬようだな!」


「ちょっと待って下さい! 横殿、抑えて! 酔いと若さ故の失言ですって! ね?!」


 俺は田横の腰にしがみついて止め、今にも剣を抜きそうな若者にも自重を促す。


「わかっておるが分別つかぬ若造に礼を教えるのも年長者の務めだ」


「見るからに腰抜けは黙っておけ。祖国を貶めるなら後には引けんぞ。小胆な牛よ!」


 見るからに腰抜けとか、ズケズケ言うんじゃねーよ、当たってるけど。


「先に我が国を貶めたのはお主だ。浅慮(せんりょ)(いぬ)よ!」


 俺には目もくれず睨み合う二人。

 あぁ、こりゃもう俺じゃ止められん!

 田横が負けるとは思えんが、相手の若者も相当強そうだ。

 闘えば互いに無事な訳がない。


 一触即発の二人の様子に、周りの客は無責任に煽りだす。



 煽るな! 誰か、誰か止めてくれ!




「おう、待て待て喧嘩か?」


 店の奥から救いの声が!

 なんか聞いたことある声だが、誰でもいい!この場をどうにか収めてくれ!



「いいぞ、やれやれ! カッカッカッ、酒の肴に巨漢二人の大喧嘩だ! おう、ちょっと空けてくれ、近くで観せてくれ。張良、どちらが勝つかね?」


「そうですね。……おや、あれは狄の田横殿と」


「ん? おお! お前さんは田中ではないか! 思ったより早い再会だな、おい。カッカッカッ」


 店の奥から現れたのは、面長の顔に高い鼻、太い眉の奥からギョロリとした大きな瞳が覗く。

 一度見たら忘れ得ぬ、そんな魅力を持った男。


 そしてその隣は肌色は病的に白く、深い夜のような艶やかな黒髪、半月のような形の良い目元に濡れた瞳の美女、と見紛うばかりの男。



 なんでこんなところにいるんだよ! 劉邦!

 んで咸陽(かんよう)への旅路で会った張良も!

 もう二人は出逢ったのか……ってそれどころじゃねー!

 てか劉邦、火に油注いでんじゃねーよ!

 もう色々ありすぎだろ! なんだよこれ! どうなってんだ?! 頭がパンクしそうだよ!



 劉邦はそんな混乱する俺を尻目に、今にも飛びかかりそうに向かい合う二人に楽しそうに声を掛ける。


「おっとお二人さん! 喧嘩はいいが刃物は止めとけ。後々面倒なことになるぞ。酒家での喧嘩は拳でやりなよ。んで酔いが覚めたら忘れるもんだ。それとも得物がなければ喧嘩が出来ぬかい?」


 どの口が言ってんだ。あんた酒家で竹冠を馬鹿にされて夏侯嬰を半殺しにした時、耳を刺したって聞いたぞ。お互い気にしてないのは確かなようだがな。


 しかし劉邦の言葉を聞いた二人は暫し睨み合ったが、その挑発に乗り、帯から剣を外して机に叩きつけた。


 よかった、これで命のやり取りの可能性は低くなった。

 場慣れしてるな、劉邦。後は喧嘩自体を収められれば……。


「さぁ、こんな巨軀(きょく)同士の喧嘩はそうそう見れまい! 熊と虎の対決だな! そこの兄さん方、どっちが勝つか賭けるかい? そうかいそうかい! ではこっちの皿が熊で、こっちが虎だ! さぁ急いで賭けろ! 始まっちまうぞ! カッカッカッ!」


 だから煽るなよ! 賭けにするなよ! そのまま収めてくれよ!


 二人は肩を回し固く大きな拳を鳴らす。

 おおぅ、あんな太い腕で殴られたら刃物じゃなくても命の危険があるぞ……。


 腕……。


「待った! 待った待った!」


 俺は有らん限りの勇気を振り絞り、猛獣が向かい合う間に割って入った。


「俺はもう熊みたいな方に賭けたんだぞ!」

 

「俺は若い方だ!」


「なんだよ、田中。これからって時に水を差すんじゃねぇよ」


 そんな俺に大立回りを期待した客達から野次が飛ぶ。

 特に劉邦、あいつ……。


 俺は息をふっと吐き、周囲の野次を無視して大声で二人に語り掛ける。


「例え素手でも両者の武辺っぷりからすれば怪我は免れないでしょう」


「田中、止めるな! 怪我なぞ恐れては戦えぬ!」


「やはり腰抜けか。引っ込んでおれ!」


 二人の大声に怯みそうになる。

 しかしなんとか足に力を入れて踏ん張る。


「ええ、お二人は怪我も恐れぬ胆力の持ち主でしょう。しかし怪我を負って帰った先の方々へどのように説明するつもりか! 任の最中、酒家で喧嘩して傷を負ったと報告するのですか!」


 二人は各々上役の顔が頭によぎったのか、うっ、と一瞬怯む。


「……それでも」


「引けぬ時が……」


「今さら賭け金返せねぇぞう」


 うるさいぞ、劉邦。


「こうなった以上、何かしら決着をつけねば気が済まぬのは分かります。そこで……」


 俺はグッと腕を曲げ、前に出した。


「腕相撲です」




「腕相撲?」


 まだないのか、腕相撲。あってもおかしくないシンプルな競技だけど。

 まぁシンプルだけに説明も簡単だ。



 俺は身振りを交え、二人に説明する。


「力と力の勝負です。短時間で決着がつきますし、これ以上騒ぎを大きくして衛兵を呼ばれても面倒でしょう?」


 今のところ誰かが衛兵を呼びに走った様子はない。人の集まるこの地では、このような喧嘩は日常茶飯事か。


「うむ……、衛兵はまずい」


「児戯のようだが……、こちらも衛兵は嬉しくない」


 二人は多少酔いが覚めたか、俺の声に漸く耳を傾けた。


「ほぅ、それなら賭けも成立するな。よし、やれやれ! 賭け直す奴はいるか?」


 あっちも盛り上がっている。もうそっちは勝手にしてくれ……。




 田横と若者が机を挟んで向かい合う。


「ふん、私は今まで力比べで負けたことはない」


「では今日が最初の敗北だな」


 睨み合う二人。


 はぁ……まぁ、腕相撲なら大事にはなるまい。


 机に肘を置き、両者の手が握り合われ、グッと二の腕から力こぶが盛り上がる。


「まだですよ! 力入れない! 私が三、二、一で手を離したら開始ですよ!」


 審判役の俺が二人の握り合った拳の上に手を重ねる。


「一瞬で終わらせてやる」


「こちらの台詞だ」


「カッカッカッ!」


 ……なんで俺はこんなところで腕相撲の審判してんだ?

 この兄ちゃん何なの?

 田横も凄く熱くなってるし。相性良さそうに見えたが、悪いのか?

 何故か劉邦もいて、事態を引っ掻き回すし。


 今日は一体何なんだ? クソッ!


「いきますよ! 三、二、一、ゴー!」


 あ、ゴーって言っちゃった。

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