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94話

先日のKindleのセールがなぜか値引きされておりませんでした。出版社様が問い合わせしてくれているのですが未だ原因不明のようです。

とりあえず、また後日改めてセールになるようです。

お騒がせして申し訳ありませんでした。

 劉邦は留に向かい、泗水(しすい)に沿って南に下る。


 もうすぐ留というところ、一つの集団に出逢う。

 五十程の小集団で流民には見えず、護衛の多く付いた商隊のように思えたがそうではないようだ。


 その集団は劉邦の軍を見とめると、挨拶のためだろうか数名が近づいてきた。


 その中央にいる者は従者に馬を牽かせている。集団の長だろう。

 劉邦は徐々にはっきりとしてくるその姿を注視する。悪意は見えない。



 濡れたような艶のある黒髪を結い、白く透き通るような肌で伏せがちの目が長い睫毛(まつげ)に隠れる。


「お、いい女…………」


 さらに近づく。そして挨拶に参ったと劉邦の下へ通された。劉邦の鼻の下が伸びる。


 が、間近に見た劉邦が叫ぶ。


「のような男かよ!」



 美女のような男はニッコリと笑い、


「以前もどこかで誰かにそのような表情をされたことがございます。沛公と御見受けいたします。私は張良と申します」


 劉邦は気を取り直し、張良の言葉に応える。


「ほう、俺を知っているのか。いかにも俺は沛県を預かる劉邦だ。張良といったか、お前さんは人を率いてどこから来て、どこへ行く?」


 張良は笑みを絶やさず返答する。


「私は下邳から参りました。留に楚王が居られると聞き、その端に加えていただこうと」


 劉邦は(いぶか)しみ、顎を擦る。


「下邳からならここを渡河するのはちと遠回りではないか? もっと南にも渡れるところはあったろう」


 張良はより一層の蠱惑的(こわくてき)な笑みで言葉を紡ぐ。


「私は兵法はもちろん、卜占(ぼくせん)筮占(ぜいせん)、呪、仙術。さまざまな人知を超える物も学んでおります。占ったところ、この辺りを通る人に出逢えば吉兆極まると出ましてそれに従うことにしました。そしてこうして沛公に出逢った次第でございます」


 劉邦も口角を上げて応える。


「ほう、それは偶然だな。俺も留へ向かえば善い兆しがある、と感じてここまで来たところだ。実は俺達も留へ向かうところだ。一緒に行くかい?」


 張良はやや驚いたように、半月のような形のいい目を少し見開き、


「それは願ってもないこと。ありがたくお受けいたします」



 二人は留に着くまでの短い語らいの中で思う。


 ――この美女顔が人望を得る妨げになっているのか。凄まじい智嚢(ちのう)の持ち主ではないか。それに内に秘めた激しい物がある。いいぞ、斉の少しおかしいが弁知の冴えた男は逃がしたが、こいつは奴に勝るかもしれん。


 ――雑に見えて純。横暴に見えて人の話をよく聞く。小器に見えて無限のようでもある。なにより人を惹き付ける魅力にあふれている。これは天に愛された男だ。今は(くすぶ)っているようだが、私の知恵にこの男の器があれば、秦の打倒、韓の再興が……。



 そう感じ、互いを認め合った。惹かれ合ったといってもいい。


 そして張良は留の楚王の傘下に入ることを辞め、劉邦の軍に参加することとなった。



 こうして歴史的な出逢いは果たされた。



 ◇◇◇




 田安(でんあん)達が捕まらない。

 

「田中様、どうかお身体にお気をつけて。臨淄にてご無事をお祈りしております……」


「蒙琳さんも道中お気をつけて。なるべく早く帰ります。そうしたら……」



 後ろ髪引かれる思いで蒙琳(もうりん)さんと別れ、臨淄へ戻る蒙恬(もうてん)共々見送った後、入れ替わるように現れた東征の軍と合流し、即墨(そくぼく)を目指した。


 東征軍は五千余り。

 大多数は、同じ頃出陣した斉王田儋(でんたん)が率いている。


 周市(しゅうふつ)()の旗を掲げ、その版図を広げるため(てき)の辺りまで進軍してきたという。


 両者の間に小競り合いがあったようだ。

 しかし周市は斉王の軍容に恐れをなしたのか、それとも今争うのは得策でないと判断したのか、すぐに斉王に使者を送り和平を結んだらしい。


 そこでわかったのだが、周市は魏咎(ぎきゅう)という魏の王族を迎え王とし、自身は宰相となったそうだ。

 自身が王とならなかったこの辺りが陳余(ちんよ)の言っていた己を知っているというか、抜け目ないところか。魏の正統性に異議を唱える者はなく、人の結集にも大いに差が出るだろう。



 その後、斉王はそのまま旧斉の地を取り戻すため遠征を繰り返しているようだ。

 やはりあちらは大変そうだな。どこから、誰が敵になるか気が抜けないな。


 こちらは敵らしい敵は田安達のみ。

 蒙琳さんに手を出したあいつらと、即墨で決着をつけてやる。


 と思っていたのだが……。

 即墨に着いた俺達を待ち受けていたのは僅かな守備兵だけで、田安達は田假(でんか)を連れ、すでに南へ向けて遁走していた。


 あいつら本当に逃げ足早いな……。


 そして意外なことに田安に与する者達がいる。

 門を閉ざす邑も少なからずあり、俺達の足はたびたび止まる。


 同じ斉人、なるべく戦闘は避けたいが田假達を匿っている可能性もあり、そういった反抗する邑を放ってはおけない。東方面を纏める目的もあるのだ。


 田横は時に時間をかけて説得し、時に兵で囲んで脅迫し、時に反攻してくる者を迎え撃った。


「臨淄から遠く離れ、田假達の真実を知らぬ者達にとっては俺達は簒奪者に映ろう。奴らの正統性はそれだけ高く、仕方のないことだ。それに斉王や俺に全く野心がなかったと言えば嘘になる」


 狄の田三兄弟と評判高い我らだからこんなもので済んでいるのだ、と田横は冗談まじりに、しかし寂しげに笑う。


 反抗している民は全てを知って反抗している訳じゃない、斉王の血の濃さを盲信しているだけだ。

 自国の民を斬るのは抵抗があるのだろう。


 それでもしばしば攻撃するよう冷静に決断を下す田横はやはり優しいだけの男じゃない。

 将として、人の上に立つ者として必要なものを兼ね備えた傑物だと思う。


 でも傑物だからって胸が痛まないということはないよな。隠し事が下手な男でもある。




「しかし随分と追ってきましたね」


 俺は少し話題を逸らす。


 田假達は蜥蜴の尻尾を切るように民に足止めをさせながら、南西へ逃げていた。

 即墨から南西の(きょ)へ、そこからさらに南西へ。奴らを追って、すでに旧斉の版図を超えようかというところまで来ていた。

 俺達は、とりあえずこの辺りの邑で田假達の消息を調べている。


「うむ、もうすぐ旧斉の領土から外れる。どこまで追うべきか判断せねばならん」


 これ以上西は旧魏、南は旧楚。これ以上旧斉の領地に逃げ場はないように思う。

 もしこのまま追うとなると張楚や他の勢力の地へ向かわねばならず、軍を進めるといらぬ誤解を生みそうだ。


「田横様、中殿!」


 近隣の邑で情報を集めていた華無傷(かぶしょう)が馬を飛ばして帰ってくる。奴らの行方が分かったかな?

 駆け寄った華無傷が興奮気味に語る。


「様々な情報を得ました! まず陳王が秦の章邯という将に敗れ、逃げる最中に御者に殺されたようです」


 マジか!? しまった、章邯が出て来たのか! 蒙琳さんの誘拐事件からこっち、田假達のことで頭がいっぱいで各地の情勢に気を払っていなかったな……。

 中央から離れた地への遠征ということもあり情報が届きにくいのもあったが……。


 しかし章邯か。秦から寝返って項羽に付くんだよな、確か。

 なんとかその前に斉に引き込むことが出来ないか。可能性はなくはない気がする。

 どこかで田儋に進言してみよう。



「他には」


 田横が華無傷に問う。


「魏の独立はご存じの通りですが、陳王の死ぬ前に(ちょう)(えん)もそれぞれ独立していたようです。互いに牽制しながらも秦に対抗しているようです」


 趙ってことは、張耳(ちょうじ)陳余(ちんよ)か。やはり陳勝(ちんしょう)(たもと)を分かったんだな。協力できそうか。


 そして魏か。和平を結んだとはいえ周市は油断できる相手じゃないように思う。噂では斉を離れた後、泗水郡に姿を現したというし。積極的に勢力を伸ばそうとしているようだな。

 泗水郡と言えば沛があるが……、あのおっさん大丈夫なんだろうか?

 あれ以来全然噂も聞かんが。すでに歴史が変わってこのまま埋もれるってことはないよな……?



 後は燕か……。


 燕…………全然わからん。

 誰が興して歴史的にどうなったかも知らんぞ。義兄の話に出て来たっけ?


「そうか。それらを斉王は既にご存知でなにか指示がこちらに向かっているかもしれんが、一応こちらからも馬を走らせよう。それで田假達については?」


「そうでした! それが陳勝の死後ここから南の(りゅう)県で楚王も起ったようでして」


 楚王? 項羽の叔父の項梁(こうりょう)か! 遂に項梁が来たのか!? って王を名乗ったっけ?


秦嘉しんかという者が景駒(けいく)という者を楚王に擁立して、広く人を集めているようです」


 あれ? なんか違う? 別物?


「それが田假達とどう関係があるのだ?」


「はい、どうやら田假達はそこへ逃げ込んだのではないかと耳にしまして」


 奴らも相当追い込まれたのか、とうとう国外へ逃げたか。


「ふむ……。その楚王に匿まってもらうつもりか。秦統一の前、斉は楚と仲が良かったとはいえない。その楚に助けを求めるとは……」


「恐らくは、それほど困窮しているのかと」


 華無傷の返答に田横は顎に手を当て暫く考えた後、


「……旧国同士が不仲だったとはいえ、今、留に兵を進めるわけにはいかん。ここは使者を出し田假達を引き渡すよう交渉するしかあるまい。田氏の揉め事だ。俺が行こう」


 そう言い、そしてこちらを向き、


「もちろんお主もな」


 ですよねー……。





 ……なんかすげー胸騒ぎがするんですけど。

卜占 (ぼくせん)

占い。動物の骨や亀の甲羅などを焼いてとのひびの形で吉兆を判断する。

「占」という文字は「卜」と「口」を組み合わせたもので、占いの結果を口述するという意味を持つ。


筮占 (ぜいせん)

マメ科の多年性植物である(めどぎ)からつくる(ぜい)を五十本用いて行う占い。


智嚢 (ちのう)

知恵を持った人。知恵袋。

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