7 しばしのお別れ
走っていたのも最初だけで、今となっては歩いている。それは体力の事もあるし、安否確認ができているという安心からだった。
しかし、マリの家に近づくにつれて戦いの跡は色濃く残っている。
誰かしらの血痕や壊れた剣、割れた窓など、十分すぎるほど戦いの惨劇を物語っていた。
「大丈夫だよなぁ。」
自問自答を始め、その結果――
「ちょっと急ぐか。」
少し回復した体力を使い走り出す。
そこから数分、家が少し見えたとき、安堵の声をあげた。
「よかった。家はちゃんとある。」
多少壊れてている部分はあるものの十分、人が住める程度に留まっていた。
「コロンさん?」
「あ、はい!」
家を眺めていると、その家の主が声をかけてきた。その人こそ、マリである。
「伝言が伝わったみたいね。どうぞ、入って。」
マリはコロンを家の居間に案内し、お茶を出す。
「あの無事で良かったです。」
「そうね。昨日はありがとう。昨日言ったこれの事はリアナには内緒にしててね。」
マリの指は自分の腕を示しており、『イロウェルの祝福』の事を言っているのだろう。
「そういえばリアナは?」
「あの子は今、冒険者組合に行ってるわ。クエストが発生してるみたいだしねぇ。」
「クエスト、ですか。」
「そうね。あの子からしたらお金を稼げるいい機会だもの。」
「それって昨日のモンスター関係って事ですか?」
「そうよ。昨日みたいな襲撃が本当にあるとは思わなかったけどねぇ。」
「スコットも言ってましたが襲撃って普通は無いものなんですか?」
「普通は無いわよねぇ。いつもの流れだとね――」
「まず、冒険者組合に襲撃の前情報が流されるの。それで襲撃が行われる前に敵の攻撃力を削って、これまではそれで全部倒せてたんだけどねぇ。」
「今回はその前情報が無かったって事ですか?」
「リアナも知らなかったから、そうなんじゃないかしら。」
「そうだったんですか。それで、その前情報って誰が流してるんですか?」
「それは分からないんだって。この前リアナも言ってたわぁ。変な話よねぇ。」
「そうですね。」
コロンはマリの意見を肯定するような相槌を打ったが、実際は違う。
その前情報を流しているモノには心当たりがある。
あの黒球だ。
自分でヘルハウンドを動かした、と言ったり時間や概念までを消すあの力。何者なのかは分からないが恐らくは――
「それよりもコロンさんが無事で良かった。ヘルハウンドなんて倒せたものじゃないもの。」
「まぁ、そうですね。強かったです。」
「これからの予定はあるの?良かったらうちに泊まっていかない?お礼もしたいし。」
「いえ色々あってですね、あの今後の予定でお話があるんですけどいいですか?」
「えぇ。いいわよ。どうするの?」
「これからなんですけど王都へ行こうと思っています。」
「王都に、ねぇ。何か用があるの?」
「少し会ってみた人が居まして。その人が王都に居るらしいので向かおうと思ってます。」
「そう。リアナにも言っておいた方がいいかしら?」
「そうですね。お願いします。」
「出発はいつになるの?」
「僕の準備が出来たら出発しようと思ってます。取りあえずはこれから、コレで靴を買いに行こうと。」
ズボンのポケットから取り出したのは数個の紫色の宝石。昨晩、ヘルハウンドと対峙したときに得たものである。
「あら。それだけあれば十分でしょうね。もう買いに行くの?」
「その予定です。リアナに会えないのは残念でしたけどね。」
「多分また会えるわぁ。」
「そうですね。」
さっぱりと別れの挨拶を告げ、マリの家を後にする。
心配していることもないことも無いが、コロンにも急がねばならない事もある。天秤にかけたとき、それはコロンの方へ傾く。
「あれ。コロンさんじゃないですか?」
「お。リアナか。」
バザー街へまた向かっているとマリの予想通り、リアナと出会った。
「どこ行くんですか?バザーですか?」
リアナがコロンに近づいてくる。それも懐いた子犬のような雰囲気で。
「ちょっと靴買いに行こうとな。」
「え、え!?靴は私が買う約束じゃないんですか?」
「いや、まぁそうなんだけど。」
「じゃあ行きましょう!コロンさん!」
コロンの手を掴み、バザー街の方へと足を進める二人。
その道中、王都へ行くことになった事や、その目的についても話した。もちろん元プレイヤーであるという事は隠して。
「どこで買いますか?」
「そうだなぁ。」
通りの真ん中で考える二人。
実際コロンには店の候補があった。しかしそれをリアナが認めるだろうか。
「なぁリアナ。あそこの店で買わないか?」
「あそこ…ですか?」
そう言いながらコロンが指さした店はスコットの店だった。
「あそこってスコットさんのお店ですよね…?」
「うん。何かあるの?――って大丈夫か!?」
リアナの方を見たコロンは事態が一変したことを悟った。
リアナの顔が青白く、額に汗を浮かべている。そして全身の力が抜けたようにその場に座り込む。
コロンは少女を反射的に支えた。
「あの…あの…。」
リアナの呼吸が荒い。汗が落ち、地面に当たる。
「どうした。何が起きた。」
リアナが顔を起こし、コロンの顔をじっと見る。
その目は強い何かを訴えていた。
「―――あの…。あそこ、めっちゃ高い…。」
そう言い残してリアナの顔が下を向く。
コロンが息を吸う。それは自分の気持ちを落ち着けるためなんかではなく――
「心配させんじゃねぇえええええええええええ!!!」
「ひっ!ひいいいいいいいいいいいいいい!!」
バザー街の中心で叫んだ二人に周囲の人間から疑惑の視線が向けられた。
周囲を何とかなだめ、何もなかったかのように振る舞う二人。
「なぁ、これ使ってもあそこで靴って買えないもんなのか?」
「こ、これ使うんですか?」
マリにも見せた宝石をポケットから出し、リアナに見せる。
それを見たリアナは驚いた顔をした。
「こ、これがあれば何とか買えるかもしれませんね。でも靴に使っちゃうんですか?」
「まぁ武器とかの方がいいのかもしれねぇが靴なしってのが地味にきつい。」
ある程度舗装された道のある街だったから良かったが、これがもし荒れ地だったとすればゾッとする。
「そうですか。じゃあ買いに行きましょう!」
「おう。」
そこからまた数分、スコットの店に到着した。
マリの家へ向かう途中で来た時よりは客足が遠のいていたがそれでも客は多い。
少し待たないといけないな、と二人が会話していた時だった。
「おお兄ちゃん。来てくれたか!」
「スコット!ちょうど良かったぜ。」
「まぁさっきは目立ってたしな!それとなく分かってたぜ。ガハハハッ!」
スコットが二人に近づき、会話を始める。
「この人がスコットさんなんですか?」
「そうだぜ。俺がスコットだ。ここの店の店長さんやってるぜ!」
ドヤ顔を披露しているスコット。それに憧れの目線を送るリアナ。コロンはその光景をただ眺めていた。
「コロンさん分かってますか?このスコットさんの作る装備はすごく良いものばっかりなんですよ!」
「へ、へぇ。」
「嬢ちゃんにそんなに褒められるとなんか照れるな。」
「そんな事ないですよ!それに今日は、コロンさんの靴を買いに来ました!」
「そうか!よく来てくれたな。じゃあこっち来い。俺が直々に選んでやるよ!」
スコットとリアナの熱量に付いていけず置いて行かれるコロン。
――俺の靴、買うんだよな!?
スコットの案内で二人は店に入り、奥へ進む。
「昨日の襲撃のせいで装備を強化しておこうって奴が集まってるんだ。多分今日はどこの店もこんな感じだろうな。」
「そういやクエモさんのとこの店もこんな感じだったな。」
「兄ちゃん、クエモさんを知ってるのか?」
「まぁ知ってる。会ったのもついさっきだけどな。」
「うちの店はあの人が居なきゃ成り立たねぇ。よろしくって伝えといてくれや。」
「おう。」
「それでこれはどうだ?」
会話の最中、物色していた様子のスコットが一つの商品を選び出した。
「これって結構普通の靴じゃねぇ?」
「そんな事言うなよ。性能は折り紙付きだぜ。」
その選び出したものは真っ黒なランニングシューズのような靴だった。
「ちょっと履いてもいいか?」
「もちろんだぜ。その辺歩いてみな。」
靴下無しで靴を履くのには少し抵抗があるがそんなことを気にしていられないので履いてみる。
「お、おぉ。」
「履いた違和感とかがないだろ。」
「すげぇ。」
「ちなみに言っとくと、蒸れるような心配もないし、水が中にしみ込んでくるようなことも無いぜ。それにお手入れは必要なし。」
「す、すげぇな。」
スコットの言う通り、靴を履いている様な感覚がない。
羽毛の中に足を突っ込んだみたいな。これならどれだけ歩いても歩けるような気がする。
「じゃあ歩いてみな。」
「お、おおううううぅぅぅ!!」
一歩踏み出しただけで理解した。この靴はヤバイ。と。
心地よい歩き心地、それは程よい反発から来ているのだろうか。よく仕組みは分からないが凄く良い。
「これを買いたい。買わせてくれ!」
「あぁもちろんだぜ。金貨五枚だ。あるか?」
「リアナ、どうだ?足りるか?」
「大丈夫ですよ!私の分だけで支払いきれます!」
喜ぶリアナ。それを眺めるスコットもまたニヤニヤしていた。
「じゃあ靴はもう履いていくか?」
「おう。ありがとな。リアナ。」
「いえいえ。これもお礼です!」
「ほい。ちょうどな。ありがとよ。」
スコットに金貨四枚と銀貨十枚を手渡すリアナ。
「じゃあこれで。
あ、そうだ。俺、王都行くから当分帰ってこれないと思う。」
「また急な話だな。気を付けて行けよ。今は何かと物騒だからな。」
「分かった。気を付ける。それじゃ。」
「ありがとうございました!」
スコットに礼を言い、店を出る二人。
「じゃあ俺は直接、クエモさんのところ行こうと思ってるんだけどどうする?」
「じゃあそこまで送っていきます!」
「でも、マリさんの家と反対方向だぜ?」
「いいんですよ!行きましょ!」
スコットの店まで二人で向かう。その道中、購入した靴の効果が半端でなく歩くことが楽しく感じたほどだった。
会話も弾み、あっという間に着いてしまった。
「じゃあ私はここで。気を付けて行ってきてくださいね!」
「おう。色々ありがとな。楽しかったよ。」
「こちらこそです。また帰ってきてくれると嬉しいです。」
「そうだな。それじゃ。」
「はい。行ってらっしゃい。」
「行ってきます。」
会話を交わし、店の扉を開くコロン。
扉を閉めるまでリアナは小さく手を振って微笑んでいた。