4 休息
重いからだをもう一度起こしてマリを抱えたおっさんを追いかける。
二手に分かれた通路を左へ進み、ゆっくり、ゆっくりと進んでいく。この世界に来てからずっと裸足のままで足の裏がヒリヒリと痛みを上げていた。
歩き始めて数十分後、戦闘の音がぱたりと止んだ。すなわちそれは戦闘の終了を表していた。
そこからまた数分、開けた場所にたどり着いた。
多くの人影が見える中、マリを抱えていった男の姿を捉えた。ゆっくり追いかけていく。
何度も人とぶつかり、こけそうになる。それでもその男を必死に追いかけた。
「おーい!おっさん!ゴホッゴホッ。」
大きな声を出したことで喉に痛みを感じ、咳をしてしまう。しかしそれは功を奏した。
「おっ!兄ちゃんじゃねぇか。良く生き残ったな。あいつを倒したのか。」
「あぁ。倒した。それより彼女は…。マリさんは。」
徐々に意識がもうろうとしていく中、マリの安否を心配する。
「大丈夫だぜ。今は治療スペースで冒険者に治癒してもらってるんじゃねぇか?」
「良かった。で、治療スペースってのは?」
「ここから少し奥に行った冒険者組合の近くにある。冒険者組合の場所知ってるか?」
男が指をさしながらマリの居場所を教えてくれる。
しかし、その話すら聞くほどの体力、精神が残っていなかった。
「お、おい!坊主、大丈夫か!どうした!」
「あ、あぁ…。すま、ねぇ。」
ゆっくりと体が前のめりに倒れていく。それと同時に意識を失いつつある。男の呼びかけにも掠れた声しか返せない。
「坊主!しっかりしろ。」
おっさんに体を支えてもらいながら言葉を続ける。
「おっさん。名前は…。」
「俺はスコットだ。それよりもだな…」
――スコットか。ありがとよ…。
スコットの言葉をよそに意識との接続が切れる。
その切れる瞬間にリアナの姿が一瞬だけ見えた。
――――――――――――――――――――――
体のあちこちから響く痛みで再び意識を取り戻した。
目を開いたときに入ってきた光の量から現在は昼ごろと推測できる。
コロンは地面に白い布を敷いただけの場所で寝かされており、地面と布越しに接触する部分が特に痛みがひどいことが分かった。
「いてぇなぁ。」
痛む体を起こし、周りを見渡すとコロンと同じように寝かされている人が何人も居た。しかし、本格的に傷を負った者や人とは少し違う容姿をしている者も居た。
――こっちにも居るのか。亜人。
『亜人』とは人間と違う種族に属しており、独自の文化や生活スタイルを持っていることが多い。全世界における人間と亜人は七対三程度で亜人の方が少ない。容姿の違い他にも身体能力が段違いであり、兵士として無理やり連れてこられたり、子を産まされたという過去を持つ。それでも人間と和解し、現在は共闘する仲にある。しかし、和解した方法は現在も不明である。
――ってのが、公式HPにあった文面。
「おう!兄ちゃん良く起きたな。」
「おっさ…。スコットさんか。」
「今完全におっさんって言おうとしたな。まぁいい。ガハハハッ!」
豪快な笑い声をあげながら近づいてくるスコット。大きな図体を器用に使い、多くのけが人を避けつつ近づきコロンの横に腰を下ろした。
「今思うとなかなかな図体してんだな。」
「まぁそうだな!商人やってりゃ盗人も出てくるからな。懲らしめるためよ!」
太陽に白い歯を輝かせながら笑うスコット。名前の割にはがっちりした体はコロンの二倍程度はある。腕回りも太く、脚も太い。ただ足の部分が体の割に小さかった。
「あんた商人やってんのか。意外だな。」
「よく言われるな!人は見かけによらないって事だ。キッチリ覚えときな!」
「そうだな。それと昨日はありがとうな。」
「おうおう。手伝えたみたいで嬉しいぜ。ぶっ倒れてたけどな、お前。ガハハハッ!」
「そんだけやばかったって事だ。あのヘルハウンド戦はマジで死ぬかと思ったわ。」
「一人で倒せるなんて十分だ。あの大襲撃のせいで結構な人がケガしちまってるんだから。にしても昨日のは強すぎるよな。」
話の最後になるにつれて重い顔つきになるスコット。コロンも徐々に真剣な顔つきになる。
「あいつらと遭遇したのは初めてなのか?」
「いや、この街に来てから結構経つがあんな事は初めてだ。何より防護壁が破壊された。それ自体が初めての事だったからな。」
「そうか…。」
自然とうつむいてしまうコロン。
あの黒球がヘルハウンドを仕向けたのは恐らく自分のせいだろうと予測している。NPCとは言え、多くの人を傷つけてしまったかと思うと気が気でない。
「なんだ兄ちゃん。何か意味ありげな顔してんな。」
「そ、そうか?
なぁ、あんたは黒い球を見た事があるか?」
それをいとも簡単に見抜かれた事に驚き、つい考えていた黒球の事を喋ってしまう。
「黒い球か。知らねえなぁ。すまねぇな。」
「いやいいだ。こっちこそ悪い。」
少し気まずい空気に飲まれながらも手を遊ばせる事でその空気を薄めようとした。しかしそう簡単にその空気感が消える訳がない。
――気まずいな。なんかねぇかな。
少しの時間が経過する。お互いにそろそろ限界を迎えそうな頃合いにあの少女が舞い戻る。
「コロンさーーーん!!」
「リ、リアナ!?」
突然聞こえた少女の声に衝撃を受けつつ返事をする。それを見たスコットは『じゃあな。なんかありゃ店来いや。』と言い残して立ち去ってしまった。
「ここに居ましたか!良かったです。」
「相変わらずだな。」
へらへらと笑いながら飛んでくるリアナ。文字通り、『飛んで』である。
少女には似つかない黒いローブをひらひらと揺らしながらけが人の上を飛行していく。それなりに距離があったはずが一瞬で無くなってしまう。
「急いで来ました。昨日は本当にごめんなさい!」
スコットが座っていた場所の反対側に器用に着地し、その場で謝罪する。
「ちょ、ちょっ。大丈夫だって。結果的に大丈夫だったんだから。オッケー?」
「でも私昨日は急にログアウトして…。マリさんを先に見つけたので話を聞いてきたんですが本当にごめんなさい!」
「いいから。大丈夫だから、オッケー?」
これだけ説得しても『でも…。』と食いついてくるリアナ。
これ以上説得し続けることは無意味だと分かりリアナの感じている罪悪感を消すためお礼を要求する事にした。
「じゃ、じゃあ靴買ってくれる?安いやつでいいから。」
「靴…ですか?」
「そう靴。」
自分の脚を指さしながら言ってみる。
自分よりも年齢の低そうな彼女に物乞いする様で心が痛むが、短時間で解決するための方法だと自分の良心を抑え込む。それに靴がない今、移動の際に不自由で仕方がない。
「分かりました。今回のお礼として靴を購入させてもらいます!」
「よし!ありがとうな。」
「そ、そんな。」
変に意気込んでいるリアナを横目に空を見上げるコロン。そのコロンにリアナが話しかける。
「どうかしたんですか?急に空なんて見て。」
「いや、綺麗だなと思って。」
「そうですね!」
同調してくれるリアナだがコロンの認識はリアナと違う。
確かに『ニュートレーションゲーム』にも空は存在していた。どれだけ意識を制御できるからと言っても空の再現まではそこまでリアルではなく、平べったい感じがあった。
しかしそれに比べてこちらはちゃんと立体で本物の空のようだった。
「さ、マリさんのとこ行くか。」
「大丈夫なんですか?何かケガしてたり…?」
「あぁ大丈夫。ちょっと体が重いぐらいかな。ついでに靴も買いに行こうか。」
「そうですね!買いに行きましょう、靴!」
「はいはい。」
白布の上に立ち上がり、風を浴びる。短い髪だが風に揺れ心なしか気持ちよかった。
――でも体は重いな。
リアナと周りを見渡しどこへ行こうかと喋っている時、ある人物が二人へ近づいていた。しかし二人とも気づかなかった。
「おいNPC!えっとコロンとか言うの!今すぐ寝てなさい!」
「え…?声だけ?」
「チッ。」
「グハァッ!」
「コロンさん!?」
コロンは突如参加してきた女の声の発信源はどこかと見渡す途中で尻に攻撃を受け、その場に倒れこんだ。躊躇なく放ったそれは木の杖で尻をフルスイングされたことだと分かった。
それも攻撃を受けて倒れこんだ先で知るのだが――
「もう一度言うわ。そこで寝てなさい!えっと…コロン!」
そう言った女性、否、幼女は赤髪のツインテールで白い衣装を身にまとっていた。さらに赤いワンポイントのリボンや、ミニスカートが幼女感を増幅させていた。
もちろんその右手には彼女の体よりも長い杖を持っていたのだが。
「は?」
「何見てんのよ!」
「赤なんだね。何がとは…」
「チッ!」
下から見上げるように少女を見るコロン。何がとは言わないが赤だった。
しかしそれを言う途中で盛大な舌打ちとともに例の杖の攻撃というプレゼントを貰う。
「痛い!痛いから!」
「はぁ!?あんたが最初から私の言う事聞いとけば良かったのよ!」
「最初もクソも、小さすぎて見えなかったんだろうが!」
「あんた、人が気にしてる事を!!」
もう一度杖が振り上げられ、今度はこれまでの比ではない攻撃が来ると身構えるコロン。
しかし、コロンと幼女の間に割り込む人影があった。
「ちょっと!コロンさんに何するの!?」
それはリアナだった。二人の間に立ち、殴ろうとするのを阻止する。
「あんたどきなさい!そこのボケNPCに鉄槌を下すのよ!」
「そんな事したらダメでしょ!それにあなた誰なの?」
「ハッ。私は治癒士よ。そこのボケを治療した、ね。」
「は、はぁぁぁぁああああ!?!?!?!?」
コロンの大きすぎる叫びが治療スペースへ木霊した。
「うるさい!いい加減寝てなさい。あんたも邪魔するなら躊躇しないわよ!」
本気で獲物を狙う目になり、その目にコロンとリアナはどちらも射抜かれ幼女に従う事になった。
「あんたはそこで寝てなさい。」
「はい。」
「あんたは好きなようにしてたらいいわ。でもこのNPCを起こす様なことをすれば…分かってるわね。」
「はい。」
二人に指示を飛ばし、早々に立ち去ろうとしたところをコロンが呼び止めた。
「あの、質問していいすか。」
「何?できるだけ短くして。忙しいから。」
「どうして俺はここで寝てなきゃなんねぇの?ケガなんてないぜ?」
「ホントにボケNPCね。あんたは昨日MPを使いすぎたのよ。」
「MP?」
「MPぐらいは分かるでしょ。」
「うん。で、それがどう関係するの?」
幼女が振り返り、杖をうまい具合に扱いながら胸の前で腕を組み真剣な顔つきになる。
「一度に消費されたMPの量が自分のMPの八割以上になると意識を失うとか、そういう症状を引き起こしちゃうわけ。HPの方はあんまり聞かないけどね。」
「じゃあ昨日はそれで…」
「分かった様ね。じゃ、そういう事だから。」
食い込み気味に返事をしてその場を立ち去ってしまう幼女。結局知ることが出来たのは昨日の気絶の理由だけだった。
――それでも上出来か。にしても八割以上って…。あれやっぱりスキルだったんだな。
脳内で昨晩の事が再生される。自分の拳から溢れた光は見覚えがあった。それはスキル使用時に現れる光だったのでスキル無意識に使ったのだとは思ったが、使用MPが自分の持つMPを八割も使うとは思わなかった。
「あのコロンさん…?」
「どうしたの?」
「痛くなかったですか?」
「そりゃ痛かったよ!?」
コロンの顔色を伺いながら話しかけるリアナに気が抜けてしまった。
「それより買いに行けねぇな。せめてマリさんのとこまで行きたかったんだが。」
「そ、そうですね。でも今はあの人の言う通りにしておきましょう。」
「そうだな。」
そうして、その日は丸々体力回復に充てることにしてリアナと別れた。リアナはまたマリの元へ行きコロンの無事を報告するのだそうだ。
一人になった時にふと思った。
――にしても…。悪くなかったなぁ。
この日、コロンは新たな感覚を覚えた。
2018/03/24 本文、改稿。
2018/03/27 本文、改稿。