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3 第二のモンスター『ヘルハウンド』

 少女のログアウト後も戦闘は均衡を保っていた。

 しかし、徐々にではあるが犬もどきのモンスターが優勢になっている。直線攻撃が連続する中、攻撃手段を持たないコロンは避ける事しかできないからである。


 幸いなことに攻撃のターゲットはコロンだけで横に居る女性――お母さんには一切見向きもしていない。

 しかし体力は有限である。最初に比べて動きも鈍くなり、避けることも困難になるだろう、そう思い始めた時だった。


「こりゃやべぇなっ!」

「コロンさんだったかしら。」


 戦闘に不干渉だったお母さんが話しかけてきた。


「ちょっと今は静かにしてほしいっ!かなっ!―えっと。お母さんっ?」

「ごめんなさいね。聞いているだけでもいいわ。名前はマリよ。」

「ふっ!よっと!」

「ここままだとあなたが死んでしまうわ。だから私が時間を稼ぐ。その間に逃げてほしいの。」

「は!?」

「ごめんなさいね。急にこんな事言って。でもこの状況だとそうした方がいいと思わない?」

「普通逆だろうよっ!えっとマリさん?が逃げた方がいい。」

「それは私がもうすぐ死ぬって事を知ってからでも言えるかしら?」

「死ぬってどういう事だよ。」


 お母さん――マリは右腕の袖をまくり上げ肌を晒した。本来、あるべきはずのないものが目に飛び込んでくる。


「これよ。」

「…。」


 戦闘の中ちらりと見ただけだったが十分すぎる程だった。

 手のひらの付け根あたりから黒いアザが広がっている。それはまくられた袖より奥にも存在しているのだろう。見ているだけで痛々しい。


「なんだよ。それ。」

「イロウェルの祝福、知ってる?」

「知らないっ。なっ!っと。おらぁ!」


 避けた隙に体を殴ったが嫌な感触だけを残して無駄に終わる。


「最近流行りだした疫病なのよ。祝福って名前なのにね。笑っちゃうでしょ。」

「あんまり笑えないけど。でそれで死にそうって事なのかよっ!」

「そうね。簡単に言うならそう。だから逃げて。」

「あんまり説得力というか、何というか。とにかく欠けてんなっ。」

「これ以上説明の必要はないでしょう。早く逃げて。」

「それには従いかねるな…。」


 マリが「どうして…。」と悲嘆する中、とうとう体力が底をつき始める。犬もどきが距離を取るため後ろへ少しづつ下がった。その時に転機が訪れる。


「あんたら何してんだ、おい!ヘルハウンドじゃねぇか!冒険者を呼んでくるからなんとか持ちこたえろ!」


 裏道に偶然通りかかったおっさんがこちらを見てくる。体はがっちりしているが、格好や言動からどうやら戦闘ができるわけでは無いようだ。

 そのおっさんが走り出そうとした時にコロンが話しかける。


「ちょっと待ってくれよ!この人だけでも連れて逃げてくれ。」

「あなた何を言ってるの!?」

「兄ちゃん、お前はどうするんだ。」

「俺はここであいつと戦う。大丈夫だ。倒せるさ。」

「でもさっきは倒せる感じじゃ…」

「早く行ってくれ。」

「お前が戦える様には見えねぇが…。」


 おっさんは疑い深くコロンの上から下までしっかりと見た。


「このカッコの事か?こりゃ異国のカッコだ。俺の国はこれが戦闘用の服なんだよ。」

「そりゃ国はまだあるだろうが…。本当に大丈夫なのか、兄ちゃん。」

「あぁ、大丈夫だ。早く行け!」

「分かった。失礼するぜ、えっと。」

「マリって名前だ。」

「そうか、失礼するぜ。マリさん。」

「あなた、このままじゃ!」

「早く行け。」

「無事を祈るぜ。」


「――あぁ。」


 おっさんがマリの体を軽々担ぎ上げる。女性を運ぶには適さない運び方だが緊急事態という事に目をつぶる。

 今思えば自分は非力すぎる。リアナや黒球に散々NPCと言われてきたが腑に落ちていなかった。

 しかし、このゲームみたいな世界に閉じ込められて勇者とか賢者とかになっている訳でもない。それが自分をNPCたらしめている事を痛感させた。


「なぁ!犬野郎、ヘルハウンドだっけなぁぁぁ!いい名前付いてんじゃねぇか!」


「来いよ。全力で殴ってやるから来いよぉぉお!!!」


 この甘さの欠片もない現実への苛立ちをすべて目の前に居る野郎にぶつける。

 その気持ちを汲みとるかのように犬もどき――ヘルハウンドが走り出す。


 一歩一歩進むたびに加速していく。それに負けじと地面を踏み込み殴り込む体勢を作るコロン。ヘルハウンドが口を開け捕食しようとする。それにコロンは横フックをかます。

 ヘルハウンドの体は吹っ飛び、横の建物に音を立ててぶつかった。

 これまでゲーム上では剣で斬るだとか、槍で突くといった攻撃しかしてこなかった。初めて体験する殴るという攻撃の嫌な感触に顔をいがませる。


「あぁぁ!いてぇ!めっちゃいてぇ!!」


 痛みを(こら)えることもなく口に出していくコロン。それを横目にヘルハウンドは体勢を立て直しまた駆け出す。


「まだ来るよなぁ!っすがに次がラストだわ!ケリつけてやらぁ!!」


 なんとなくは分かっていた。殴るだけではダメージが小さすぎるという事ぐらいは。

 それでも逃げることはできない。何がそう思わせているのかは自分にすら分からない。

 それでも結果として逃げられない。


 また距離が近くなる。今度はヘルハウンドも本気で殺しにかかる。

 これまでにないほどの加速を誇って、たった一人のニンゲンを殺すために駆ける。口を開け、第二の攻撃手段として爪を立てた。飛びかかり首元を狙う。距離が近くなった時、案の定攻撃が来た。

 しかし殴ってくるだけ。―――これまで通りなら。


 ヘルハウンドを再び吹き飛ばしたコロンの握りこぶしからは光が溢れていた。

 薄暗い裏道を十分に照らすその光はリアナの使ったフレイムと使う時にも現れた光だった。しかし光の強さが段違いである。


 コロンの拳はヘルハウンドの下顎から振り上げるように当たり、ここで初めてダメージを与えることが出来た。

 それで吹き飛んだヘルハウンドの体は黒い光をまき散らしながら消滅し、宝石のような綺麗な石を残した。


「は、はぁ…。倒せた、のか。」


 倒したことによる安心と謎の疲れが体を襲う。その場で座り込み、ヘルハウンドの残した宝石を見やる。


「これもゲームなんだな…。分かんねぇ事ばっかりじゃねぇか。」


 体力の回復を最優先させつつ、周りを見渡す。モンスターの気配はない。それに戦闘に夢中だったせいで周りの音が聞こえていなかったが、戦いの音が最初に比べて大きくなっている。


「結構ヤバいんじゃないか。」


 リアナの攻撃で全くといっていい程ダメージを与えられなかった奴だ。何かの偶然で自分は倒せたが連発できる訳ではない。ここでは完全に戦力外だ。


 通路脇にある建物の壁を使いながら立ち上がり、マリを連れたおっさんの進んだ方向へ進んでいく。


「確か左に行ったよな。」


 何歩か進んだとき、石につまずいて倒れそうになった。


 その時にまた異変が起こる。



――――――――――――――――――――――



 倒れこむその瞬間に目の前にまた黒球が現れたのである。

 いつ現れたのかも分からないそれを中心に時間という概念が失われ、色も失われる。

 それはコロンも例外ではなく、体の神経接続が次々に外れて自分の体なのに自分のものではないような錯覚を覚えてひどく動揺する。


「これで分かってもらえただろう。貴様の愚かさが。」


 真っ白な空間で初めて出会った時と同じ声が聞こえる。

――聞こえるってよりも、直接語りかけてるって感じか。


「このヘルハウンド達を動かしたのは童である。」


「―何を目的に。」


 脳で考えている事を声に変換できない現状で会話は成立しないとは思ったがそれは黒球の行動で否定された。


「貴様の理解が貧弱すぎるのだ。この世界での頂点は童を含める三人。それを教えてやったに過ぎない。恐怖によってな。」


「―ずいぶんと喋るじゃねぇか。」


「珍しく興に乗っておるからなぁ。あぁ楽しかった。恐怖に打ち勝つ者を見るのは久しぶりじゃ。」


「―お前からすればお遊びなのか。」


「当たり前であろう。これまでも、これからもお遊びよ。」


「―くそったれだな。」


「口が過ぎる。まぁ良い。三神さんしんイロウェルとこうして会話できる事を誇りに思うのじゃな。」


「―なんださんしんって。」


「これ以上はもう良い。また面白くなるであろう。今の貴様は十分に役目を果たしておる。これからも励め。」


「―おい答えろ!おい!」



 黒球の最後の言葉をきっかけに色が戻り、時間が動き始める。自分の魂だけが存在する感覚は気持ち悪い。それにしても―――。


――なんだよさんしんイロウェルって。イキりすぎたバッターかよ。



 そんな感想をよそにコケた。

 今回のお話は更新するのに少し時間がかかってしまいました…。

 それでも完成できたのは『魔法使いとして戦力外通知を受けたので鑑定屋を始めたら、呪いのアイテムばかり持ち込まれます』の作者様である『後藤神』さんのおかげです。感謝申し上げます。

 是非よろしければ、こちらの作品も見ていただければと思います。


2018/03/24 本文、改稿。

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